カズヤァ!?!? 第九章
第九章 百鬼
「ふぅ、まぁこんなもんか………おーい嬢ちゃん。そろそろ場所移るぞー」
生臭い血が地につき、爛れてもう誰のものかわからなくなったような肉が地面に、家屋にこびりつく。
紛うことなき戦場。死神の住まう地の獄。
しかし、そんな場所で鏖妖組の組員である和夜は呑気に声を上げた。
その顔はまるで般若のようだが、その性格は極めて穏やかで、先ほどのように軽い感じで話してくれる。
「は、はい!そ、そうですね」
それに必死に声を上げるは、鏖妖組、頭取である高の連れであるミヤ。忙しなく動く猫のような耳と尻尾がその必死さを強調していた。
ちなみに、若干言い淀んだのは和夜の顔が怖くてビビったわけではない。この、大きな蟲のような化け物の撲死体がゴロゴロと転がって生理的嫌悪を催したからだ。気を抜いたらすぐにでも餌付いてしまいそうだ。
とはいえ、この気持ちの悪い景色から抜け出せるのだ。ミヤは、ふぅと、編んだの息を吐いた。まぁ、その瞬間、腐った血の匂いがして過去一番吐きそうになったが………。
ちなみに、その時耐えれたのは、
(私はヒロインだから。ゲロインじゃないから!)
という謎のプライドと自己暗示があったからだ。こんなプライド何のためにあるのだろうかという疑問は何だか持っちゃいけない気がした。
ミヤは、一刻も早くここから抜け出したかったため、和夜の合流を待たずに、後ろを向き歩き出した。
「じ、じゃあすぐ行きましょう。今すぐここから抜け出しましょう!」
「え、あ、わかったが………ちょっと待ってくれや!」
後方で、和夜が急いでこちらに来る音が聞こえる。
そして、和夜たちは残り数時間で襲撃してきた妖たちを撃退してしまうだろう。そのあと、高と再開して、鏖妖組の人たちにこの耳と尻尾を消してもらう。そしたら外にも出れるし、外に出れたら仕事もできる。
しっかりと自分の分は自分で稼いで、これからも高と暮らしていこう。
ミヤは明るい人生計画を思い描き、それに向かって進み出した。
………しかし、それはすぐに水の泡となった。
「………っ!!?」
ミヤは急に、全身の毛が逆立つような緊張感を覚えた。
慌てて、前方に目を向けると、そこには一人の小さな子供がいた。
性別は女の子のようだ。前髪は綺麗に切り揃えられているが、少し長いため、そこから表情を伺うことはできない。
鮮やかな赤い着物を着て、遠目から見たら、可愛らしい良家のお嬢さんといった感じだ。
しかし、それはあくまで彼女の外面だけである。彼女の内面から発せられる怨嗟、恐怖、殺気が彼女を女の子ではなく異形の存在たらしめていた。
そして、件の少女はミヤの恐る様子を見て………静かに、しかし壮絶な笑みを浮かべた。
「嬢ちゃん逃げろ!!」
後方から、そんな声が聞こえる。おそらく和夜だろう。しかし、もう、何もかもが遅い。
刹那の間に、少女は先程までいたところから消え、今はミヤの目の前にまで接近している。きっと、あと数瞬後にはミヤの首と胴はバイバイしているだろう。
ミヤは自分に確実に迫る死の感覚を覚悟し、静かに目を瞑った。
しかし、結果としてミヤが死ぬことはなかった。
ミヤは、いつまで経っても襲ってこない痛みに痺れを切らし、目を開ける。おかしい、何かが前にいる気配はあるのに。
すると、ミヤの真ん前にいたのは和夜で視界にあの少女の姿は見えなかった。
しかし、危機は去ったわけではなさそうだ。後ろの方から音が聞こえてくる。振り向いてみると、そこにはさっきの地獄を越えるような光景が広がり、ミヤはもう唖然とするしかなかった。
あの少女が、和夜が鏖殺した大百足たちの死体を凄い勢いで食べていたのだ。
その余りにも気持ちの悪い光景に、ミヤは再び吐き気が口の中を充満し、和夜もその光景を見ることしかできず、この場には少女の咀嚼音のみが響いた。
しかし、その状態もやがて終わる。
和夜が先ほどのようにメリケンサックを構えると、少女に向かって飛びかかったのだ。
「……っ往生せいや!」
そのまま、和夜の異能により強化された神速の拳は、少女の小さな後頭部に吸い込まれていった。
刹那、少女は全ての大百足を食べ終わった。
刹那、和夜の拳は少女の背中から生えてきた、百足の脚のような触手によって止められた。
和夜の拳と少女の触手は少しの間、競り合っていたが、やがて和夜が弾かれ、ミヤのところまで戻ってきた。
和夜の背中から彼の動揺がジリジリと伝わってくる。
しかし、和夜はこれまで幾度となく戦場を渡り歩いてきた鏖妖組の一員。その動揺をすぐに押し込めると、敵の弱点を分析する。
「その吸収能力………百鬼の座敷童子か」
どうやら妖の名前は座敷童子と言うらしい。
名前自体はよくわからなかったが、今までの大百足とは比べ物にならないほど強そうである。
ミヤたちの緊張を全く気にしない様子で、座敷童子は背中からさらに多くの触手を生やしていた。その数は20本、常人は絶対に対処できないであろう。和夜の背中からもまた緊張が伝わってくる。
「………嬢ちゃん、絶対に離れんといてや」
和夜が押し殺した声でそう言い終わると同時に、何本もの触手が和夜たちを刺し殺さんと襲い掛かってきた。
しかし、和夜も先程まで幾度となく大百足を屠ってきた男。冷静に、それでいて武神のように荒々しくその攻撃を対処していった。
先程のように、和夜の攻撃は弾かれることなく、むしろ座敷童子の連撃を弾き、善戦していた。
果たして、和夜は防御だけではなく攻撃もするようになり、その距離をジリジリと詰めていった。
和夜から少し離れてしまったミヤはその光景がよくわかる。和夜の凄い点は全ての攻撃を適切に見極め、それに合わせた丁寧な防御、または攻撃を行う判断力だ。相手は人の形をしているとはいえ所詮人外。頭脳戦に持ち込めばその戦力の差は絶大だ。
実際、座敷童子は10本以上ある触手をただただ振り回しているだけで威力に欠けるが、和夜は攻撃を一点に集中させることで絶大な威力を出していて、もう座敷童子の触手を7本も潰していた。
このまま順当にいけば和夜が座敷童子を圧倒し祓うだろう。
……しかし、ミヤはその予想にそこはかとない違和感を覚えた。
いや、確かにこれまでの戦いを見るに、和夜の強さは神がかっているといっても過言ではない。しかし、和夜はおそらく今、個別異能を使えない。
風牙と高の模擬戦からも一般異能と個別異能の性能は天と地ほどの差があると思う。
だから、いくら和夜が強くても、明らかに特異である座敷童子が一般異能に一方的に押されることはないはずだ。
そして、その予想は最悪の結果を伴って自身の身に降りかかってきた。
ミヤは気づいてしまったのだ。
座敷童子の触手はもともと20本あったはずだ。そして和夜が今、弾いている触手は12本。そして和夜が潰した触手は7本。つまり、触手が1本少ないのだ。
ではその触手はどこにいったのか?
ミヤは全身を針で刺されるような寒気がした。
刹那、ミヤの近くの地面が隆起し、1本の触手が必滅の殺意を含んでミヤを貫かんとしてきた。
今までとは比にならないほどの濃厚な死の直感。死神が自分の首に刃を当てているのがわかる。
その数瞬後、地面が血に濡れた。
ミヤを庇い、その腹を触手に貫かれた和也によって。
「っ!?ぅぁ?!」
あまりの衝撃にミヤは言葉を発すことすらできず、それと同時に自分の体が急激に冷め、四肢の感覚がなくなるのを感じた。
しかし、それはあくまで感じただけのようで、ミヤの体はあくまで冷静に和夜に駆け寄りその傷口を抑えていた。
「和夜さん、大丈夫ですか!?」
次第に凍っていた脳と口も動くようになり、ミヤは和夜に向かって大きく叫ぶ。
「ぃつつ………ああ、安心しぃや嬢ちゃん。そんな深い傷でもない。………それよりどうや、嬢ちゃんは無事か?」
嘘だ。触手は腹を貫通しており、その腹からは信じられないほどの血が流れ出ている。素人目から見ても、確実に重症であった。
しかし、和夜はこんな時にまで、菩薩のように穏やかに微笑むと、ミヤの無事を聞いてきた。
そんな和夜の優しさに涙が溢れそうになるが、ミヤは何も言わない訳にはいかず、歯を噛み締めやがて言葉を紡いでいった。
「……大丈夫です。……和夜さんが助けてくれたおかげで………本当にごめんなさい。……私が足を引っ張ったから―」
「それ以上は言わんといてくれ」
自己嫌悪により目の前が真っ暗に染まるミヤの言葉を制すように、和夜が言葉を重ねた。
「そこから先は嬢ちゃんのためにも俺のためにも、言わん方がいい。……それに嬢ちゃんは足手まといなんかじゃねぇよ。術師ってのは守る人がいるほど強い力を出せるっていうのが相場だ。…………まぁ、それとな………」
そこまで言うと、和夜は言葉を切り、
「……嬢ちゃん守らねえと高にどやされちまう」
悪戯小僧のようニカっと笑った。
刹那、座敷童子により再度、屋敷が血で染まった。




