別離(中編)
最終章「別離」(中編)
天正10年(1582年) 6月1日 正午
ーーー丹波 亀山城ーーー
光秀 「出陣の徒ができ次第,各自出立。親方様の御意向より明智隊は京に赴き軍行を御目通り致す。」
家臣一同 「京に赴く!?」
家臣 「申し上げます。織田信長公,京の本能寺に入られた御様子。我らは本能寺に赴くと・・・。」
光秀 「左様,親方様の御意向である(誠は嘘だが許せ・・・)。本能寺・・・。」
家臣 「如何なされた!?」
光秀 「無用の事。進軍路を考えておった。」
家臣 「本能寺に赴くとあらば,丹波街道を通り老ノ坂,沓掛,桂川,を通り本能寺に向かうが得策かと・・・。」
光秀 「1万3000の軍勢で軍行の為,一同で動くは至難。故に3隊に分岐,家老の重臣5人を別隊に置く。儂(光秀)の隊を本隊とし5000の兵を率いて,丹波街道(山陰街道)を通り老ノ坂,沓掛,桂川,より本能寺に赴く。
継いで“明智秀満”。4000の兵を率いて唐櫃越,沓掛山を越え桂川,より本能寺に。
“明智光忠”(次右衛門)。4000の兵を率い,保津川,愛宕山を越え桂川,より本能寺へ参れ。」
光秀 「“斉藤利三”,は本隊。”藤田行政”,は“光忠”隊。“溝尾茂朝”は“秀満”隊に。
第一隊を大将“明智秀満”,副将“溝尾茂朝”。
第二隊を大将“明智光忠”,副将“藤田行政”。
第三隊に大将“明智光秀”,副将“斉藤利三“。桂川を越えて合流致す。その後,親方様のおられる本能寺に参る。」
この時,5人の重臣方は本能寺に赴く意味を心得ておられました。
然れど,まだ兵達には事を知られてはならんとの申し付けにより,硬く口を閉ざされています。
重臣方 「御意」
光秀 「大和,貴方は本隊に。利三とともに出陣を待て。」
私 「承知致しました。」
光秀 「重臣方以外は一同下がれ,大和も下がり待機せい。第一隊はこの後出立。第二,第三隊は時をずらして出立と致す。各々方,親方様に明智隊の勇ましさ特と御覧に入れようぞ!!」
家臣一同 「オォッーーー。」
光秀 「秀満は沓掛山の山腹。光忠は愛宕山の山腹にて兵に事を伝えよ。儂は沓掛,丹波街道と西国街道の別れ道にて事を伝える。それぞれの地を“別離”とし異見する者あらば斬り捨てい!!非情の決断は必然。兵に疑いあらばこの事変は為せぬ。鬼(織田信長)を討つのだ,逆賊(明智光秀)も鬼にならねばならん。」
重臣方 「御意。最早,後には引けませぬ!!」
光秀 「沓掛にて兵に事を伝えた後,明智の軍勢が京に近づき怪しまれぬよう,先に使者を送る。強敵(毛利)と対峙すべく明智隊の勇ましさを御覧入れる為,織田信長公に御目通り致すと。」
重臣方 「使者に誰を?」
光秀 「利光,御主の家臣“安田国継(安田作兵衛)”を京に先行させ,軍行御目通りの書状を持たせ,“疑うべきは斬れ”と伝える。」
斉藤利三 「作兵衛,あの者は勇猛果敢で口が硬く,武芸も達者。使者に遣わすは最もかと。」
光秀 「“安田国継”には儂から命ずる。くれぐれも“別離”までは口外なさるな。して,非情の想いで進まれよ。」
重臣方 「承知」
光秀 「京に噂を流し,本能寺におられる織田信長公の油断を狙う。秀満,第一隊で先陣し本能寺を強襲。光忠,第二隊は信長公が嫡男“織田信忠”殿を踏襲せよ。間髪入れず,儂の第三隊が本能寺に総攻撃を仕掛ける。重臣方,心してかかられよ!!」
天正10年(1582年) 6月1日 夕暮れ
“明智秀満”様の率いる第一隊が丹波亀山城を出立。
時を置き,“明智光忠”率いる第二隊も丹波亀山城を出立。
日向守様率いる,“明智光秀”第三隊も本能寺へ向け出立します。
私 (「いよいよか・・・。決して口に出来ないが御目通りとは建前。本能寺を強襲の後,織田信長公を討つ・・・。日向守様,御心は何処を想っておられるのか・・・。」)
第一隊,第二隊,第三隊それぞれが“別離”の地に差し掛かろうとしていました・・・。




