ばらまかれた手配書(3)
街中を過ぎ行く黒い馬犬の二頭引きの箱車には、交差される稲穂の紋章が金で縁取られる。良心に咎めるところのない者は、大貴族の箱車を頼もしく見つめていたが、沿道に見送る者たちの大半は伏し目がちだ。
その中、それを不満げに見つめていたイーファは、目的の人物を見つけて人垣の中を走り抜けた。
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アラフィアを始め、囚われた仲間をエスフォロスは通りの見物人に紛れて見ていた。
黒い箱車が馬犬に引かれて進んでいく。黒衣の隊服の騎士団を先頭に、異様な行列に住民達は怯え隠れながらそれを見ているが、行列に背を向け歩き出したエスフォロスの肩を少年が去り際に叩いた。
「こっち、」
路地裏に走り去る不審な少年は、シオル商会の幹部候補だという。また複雑な通り道に案内されるかと思ったが、角を曲がると全身白色の男が立っていた。
「シオル商会、白狐だな」
顔に傷は残るが見れなくはない。だが母国の上官であるオゥストロよりは劣る。何故か色の対比に上官が思い浮かんだ。
「ヴァルヴォアールの野郎と、処刑人が乗り込んできた。ミギノは王城行きだ。思ったよりも、軍が早く動きやがった」
手短に教会での出来事を説明され、事態の急変にエスフォロスは息を飲む。白狐の話では、処刑人と呼ばれる大貴族が現れると、猶予なく刑は執行されるのだという。
「だが、処刑人エールダーというのは、メイ、巫女殿の、精霊殿の身内だと聞いたぞ」
「・・・よく分からねーけど、助けるつもりがあるんなら、あんな檻で連れてかないだろ?」
同じ騎士団の行列なのに、初めてこの国を訪れた刻に見た華やかな行軍とはまるで違う。引かれる罪人を忌避し、列を成す騎士団から国民は畏れに身を引いていた。
「どうやら、すぐにガーランドとファルドは揉めるらしい。この先、ファルドは大きく荒れる」
「開戦か!?、この状況で、・・・何でファルドが荒れるんだ?荒れるのはトライド国だろ?・・・お前たちが何かするのか?」
それに赤い瞳は何も応えなかったが、遠くから呼ぶ声に振り返った。
「もう行く。俺はこれからミギノの為に動く。あんたはどうすんだ?」
「問題ない。情報感謝する」
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「あ、皇帝だ」
「ヤメロ。名無しのクソガキ」
「あれ?教えてあげようか?俺、今は名前があるんだ」
にんまりと笑った生意気な顔の少年に、見た目は好青年のアウスは凄むのをやめた。考えなしのアウスの親が息子に名付けた名はアレウス。理由は、現在の皇帝と同じ年に生まれたからである。貴族から庶民まで、その年以降の〔アレウス〕の名の使用は禁じられたのだが、アウスの親はライド家の破落戸だった。
本名を公に呼ぶのは親だけで、幼少期からは馬鹿にされ、軍から目を付けられないように、変名である〔アウス〕で今は定着している。これをどこかで聞いてしまった、シオル商会の生意気な使い走りの少年は、会えばいつもアウスの名をからかい笑うのだ。少年には生まれた日より今まで名が無く、親に名付けられたアウスが羨ましいのだと、からかうことを放っておいたがようやく名付けられたらしい。
「お前んとこの頭、名前の付け方、変だからな。当ててやる。ファルドの塵屋でファルードだろ」
敵対組織の生意気な少年は、アウスと同じ情報を探る役を持っている。その少年の生い立ちも、弱味を握るために調べてあったのだが、少年の血族は彼の弱味にはならない存在だった。
「はずれー。皇帝のくせに、はずれー。」
目の前にある頭を叩いてやろうと手を出すが、素早く躱され鼻で笑い返された。身軽な子供に舌打ちすると、少年は勝ったと嬉しそうに笑う。
「アルス・イークルスって、知ってる?教会の一番偉いやつ」
「・・・・・あー、なんか、聞いたことあんな」
「あんたが皇帝なら、俺はその偉いやつ!」
結局は名乗らない少年は、同じ情報屋ならば自分で調べろと挑発してきた。そんな面倒な事をするつもりもないが、おそらく少年は優秀なので、そのうち嫌でも耳に入るのだろう。
「そういえば、皇帝は巫女さんに、会った?」
自分は会ったと胸を張る、そんな少年を馬鹿にし笑ってやる。アウスが天上の巫女だと探し出した北方の少女は、軍に取り囲まれ古びた教会からとぼとぼと歩き出て来た。その姿は、なんと裏町の汚い飯屋ですれ違った、値段を付け損なった少女だったのだ。
「ったりめえだ。至近距離。捕まえようと思えば出来てた」
「ふーん。至近距離?、俺、手を引いて走ったよ。助けてあげたの」
「はあ?助けられてネエ。檻に乗せられてるぞ。あれは城の塔行きだろ」
少年が不満に見送った黒い断罪の行軍は、王城の裁きの塔に向かうだろう。そこでは形だけの裁判が行われるが、判決は死刑だけしかない。
「・・・そうだね。でも、きっと、頭が、巫女さんを助けるよ」
「・・・・・・・・」
「あれ、うちの頭の女だからね。すげーだろ?うちの頭の女、天上人の巫女さんなんだよ」
「ぁあ?」
「絶世の美人じゃないけど、小さくて可愛いだろ?」
「おいおい、」
「もちろん、白の騎士団長にもあげないよ!」
無邪気に笑い走り去った少年は、すぐに雑踏の中にまみれて消える。それを見送ってしまった青年は、思い出した号外の将軍と、敵対組織の非情な真白い男を脳裏で並べた。そしてその真ん中には、汚い飯屋ですれ違った小さな少女を置いてみる。
「・・・・・・・・おいおい、マジか。」
親子にも情人にも、何の繋がりも見えない相関図。唯一ソーラウドとだけは、奴隷商と出品奴隷という関係性が頷けた。
「マジか。」
同じ言葉を何度も何度も繰り返し、当てもなくふらふら歩く好青年を、すれ違う人々は怪訝な顔で振り返っていた。




