ばらまかれた手配書(2)
「天上、巫女様?」
表通りから裏通り、それは地下街まで運ばれる。天起祭や王族の祝事葬事ではない限り、これほど多くの号外がばら撒かれる事などない。それを手にした破落戸たちは、不自然な告知にそれぞれ軍の思惑を考えた。
***
ーーー裏組織の会合。
「シオル商会への直接爆撃、その次は巫女様か」
「どうされますか?ルイド伯。この巫女様、西通りで数名の大貴族の名前を呼び捨てたとか」
「・・・それは物騒な事だ。その中に、この号外の主役の名前もあったのだろうな」
磨き上げられた卓に置かれた数枚の紙。それは早朝より軍が街中にばら撒いた、破落戸たちには難解な告知だった。二人の主役は天上の巫女と、ファルド騎士団長ヴァルヴォアールである。
ルイド伯と呼ばれる男は、〔ライド家〕と呼ばれる破落戸の頭領である。身形は貴族よりも貴族らしく、常に高価な刺繍入りの礼装を身に纏う。
「天教院信者を装い、貴族から奴隷を奪って逃走したとか」
「奴隷横取りに手間も費用も掛からないな、今度から、俺らもその手を真似るか?」
周囲からは下卑た笑い声。主は貴族を装うが、集う者たちは見た目でそれと分かる破落戸である。厳つい人相で笑う男たちに比べて、就学中の好青年の様なアウスは詳細な内容を付け足した。
「ヴァルヴォアール公、エスティオーサ公、ディルオート公、そしてラウド公、更にメアー・オーラ公を名から呼び捨てしたそうです。名こそ出しませんでしたが、亡き英雄オルディオール・エールダー公を周囲の貴族に突き付けたとか」
冷やかしの笑い声が静まり返る。たとえ不敬罪だとはいえ、貴族からの一方的な斬り捨ては認められないが、大貴族を公然と侮辱した者は裁きの塔で必ず有罪になる。かつてとある公家の名を冗談で貶した無知な少年が、密告に連行されて死罪となった。今回は更にそこに、生殺与奪の権利を持つエールダー公家の名が出たのだ。黒い箱車が訪れた場所では、裁きの塔に行かずとも、その場で処刑される事もある。
「そいつは、ファルド人じゃねえな。ファルドに住んだことの無い、ガキの戯言の羅列にしたって笑えねえ」
「あんたは、ラウドの本流を名指しされてるけど?ホントにこの巫女様、ご存知ないのか?」
「本流が天の何を信仰していようと、私には関係ありません」
ファルド帝国ラウド公爵家が未だ独立した公国であった頃、その家の親戚筋とされていたルイド伯爵家。ファルド帝国に取り込まれたラウド公王を侮蔑し祖国を取り戻そうと奔走したが、国賊として烙印を押された。それからは貴族を公然と批判し、彼らの財産を盗んで大きな破落戸組織を作り、今の帝国の現状に逆らい続けている。
「そもそもよ、なんなんだ、この天上人って。天に国が在るって、天教院のお伽話だろ?」
「だがそのお伽話の巫女と、あの冷血将軍が婚姻するとはどういう謎かけだ?」
大貴族は、国益のためには表情を変えずに多くの国民の命を奪う。それが当たり前の世の中で、現在の統轄騎士団長であるヴァルヴォアール公家は、その非道の筆頭に位置する。
逆らえる者など居ない。国民はそれを受け入れるしかないが、唯一大貴族の良心とされているエールダー公家には、理不尽な行いを訴える事が出来る。貴族からの理不尽な暴行、大聖堂院からの無慈悲な強奪など、エールダー公家に縋りすくい上げられた僅かな声だけが救われるのだ。
悲痛な嘆願が届き、国民の心を救う黒い箱車が通り過ぎると、その先には誰かの死が確定している。この不吉な断罪の行軍によって、良心的な国民には大貴族が味方してくれると錯覚させる。
「大貴族様のお考えは、我々のような下の者には分からんものだ。善良なる国民には、エールダーという拠り所があるが、賊だとされる俺たちを、奴らは減らしたいだけだからな」
「だからこそ、今回の大聖堂院による、シオル商会襲撃の意図が分からない」
「確かに。白狐を狙った事で、私達への一斉攻撃が始まるかと思ったが、それもなくこの婚約騒ぎだからな」
「それに、この噂の巫女様には、ホントかウソか、他国でも大きな名前が付きまとう」
「ガーランド黒竜騎士、オゥストロ・グールド」
「これもウソかホントか、ファルド領域上空に、鳥よりも大きな何かが飛んでいるそうだ」
ーー飛竜。
「ガーランドとやり合う前に、黒竜騎士が関わる天上を、帝国騎士団長が手に入れるとは。どう考えてもあの国への挑発だ。こんな物騒な案件、うちは関わり合わないぞ」
「・・・戦争か」
「そういえばその白狐ですが、シオル商会からのあの話、そちらはどうお考えですか?」
「・・・・・・・・」
シオル商会の総頭取である〔シファル〕。ファルド領域を白狐ソーラウドに譲渡してからは、本拠地のトライド王国へ引き下がった。その頃から、多くの武器が田舎国トライドに動いている。その意図がわかる者たちは、想像通りのシファルからの誘いに沈黙した。
各組織による、ファルド帝国内での一斉反旗。
それを再び蒸し返したライド家の当主に、獅子の会主と大蛇の頭領はそれぞれに無言で目線を交わす。近く起こる大きな戦争。その機にファルド国内で暴動を起こし、内乱として貴族界に打撃を与える。だがたとえ打撃を与えても、内乱を名目に破落戸たちが窮地に立たされるだけなのだ。
不条理な諸国統一に抗い続けてはいるが、結局は国という大きな組織を前に、ただの玉砕が目に見えている。
「そういえば、赤の連中はどうした?」
色で呼ばれる組織は一つ、〔赤い馬犬〕はかつてのエスティオーサ公国の者たちである。白狐が頭領となったファルド王都中央区、その隣り合わせであるエスティオーサ領域。そこを縄張りとしていた赤の組織は、何かとシオル商会と小競り合いをし、中央地下街で抗争を繰り返していた。だがここ暫く、噂も流れず沈黙している。
「白狐が襲われた頃から、姿が見えませんね」
大聖堂院による、シオル商会急襲。それにより新頭領の白狐が死んだと噂が流れたが、それは嘘だと見抜いていた。だが痛手を負ったシオル商会へ、この絶好の機会に何もせずに傍観していた赤い馬犬の者たち。それに他の組織は首を傾げる。
「シオル商会がやられた後、何故か奴らとも繋が取れなくなっています」
背後に控える部下の一人、ライド家の情報屋であるアウスは、途切れた会話に口添えた。
「これは調査途中ですが、第二の下っ端から盗んだ情報では、赤の奴らと大聖堂院が手を組んだという話があります」
「あり得ねえ」
凄んだ巨漢、獅子の会主にアウスは肩を竦めてみる。大蛇の頭である目付きの悪い壮年の男もそれを否定し、ルイド伯も下がれとアウスを手で払った。
「オーラの魔女。あの女が裏組織と手を組む事は、天が落ちても無い」
「・・・・、はい」
歯切れ悪く頷いた。いち早く赤い馬犬の異変に気付き、独自に情報を集めていたアウスだが、酔った第二師団の末端の兵士の言葉に、自分も半信半疑ではあったのだ。中途半端な情報を披露してしまったアウスは、重くなった空気の中、更に半歩後ろに下がってみた。
***
ーーー裏町の古びた大衆食堂。
自分の報告で集会の場を濁した憂さ晴らしに、街をぶらついたアウスは馴染みの店に立ち寄った。訳ありの者や旅客が多い、汚い飯屋はシオル商会が経営する。食事は臭くて不味くて食えた物ではないが、敵情視察も兼ねて飲みに来ていた。
「おー、アウス!」
見知った常連が昼日中から酒を飲み、数組の旅客が、飯の不味さを知らずに食事をしている。それを横目に、奥に陣取ったいつもの席に混ざり込んだ。柄の悪い男たちは見た目だけでなく、生業は人攫いや闇取引の関係者だ。組織に属さない者、アウスのように組織の一部となる者が、情報を求めてなんとなくこの場に集う。
「でもヴァルヴォアールの野郎が婚約するってその巫女、よほどの美人なんだろうな」
「攫いますか?その巫女」
「やめとけやめとけ。噂じゃ北方人だって言うじゃねえか、俺、好みじゃねえ」
「そうですか?女なんて、貴族から獣人まで、大体おんなじじゃねーです?」
「やっぱり北方人よりファルド女の方が、触りごごちが良いだろ?」
「違いねえぜ!」
ーーゴトリ。
「おい、これ・・・」
「店主から、常連への心配り」
アウス達の前に、無愛想な料理人が不釣り合いな言葉と共に置いていったのは、黒い何かの塊。何かの肉だと想像出来るが石の塊にも見える。
「「「・・・・」」」
「度胸試し、してみるか?」
「しねえ。仕入れ先、知ってるからな。最近、空から落ちてくるってゆー、〔アレ〕だろ?」
「竜の糞」
「ヤメロ。御下品だな。それに、飛竜って言うな。軍が飛んでくるぞ、」
「飛竜って言ってねえし。おいアウス、食ってみろ」
「おぉ?、俺、厠。」
黒々とした毒の肉から逃げようと、嘘の小用に席を立った。危険を回避し離れた席から移動して、酒瓶を取りに酒棚へ向かう。だがその通路に、見慣れない少女の姿を発見した。
**
たたたたたたたたたた。
「お手洗い、お手洗い」
「?」
『******************。プルリンガ**************、*****ツク。オゥ*****マアイエネ、プルリン』
柄の悪い男たちが集う飯屋の中、破落戸たちに混じって見慣れない小さな子供が客をすり抜け向かってくる。聞きなれない言葉と、黒髪に表情の乏しい顔立ち。麗しの天上人の話題の続きに丁度良く現れた、小さな北方人の少女にアウスは立ち止まって注目した。
(北方人の子供だ。なんでこんな飯屋に居るんだ?)
アウスをちらりとも見ずに、軽い足音は横を通り過ぎると厠の方へ曲がって行く。小さな子供の北方人は、ある筋では今でも高値で売れる。それを考え値踏みして、店内から薄暗い廊下に進み出た。
(あのガキ、一人か?)、
「っ、!?、」
[・・・・・]
少女を目で追い気を抜いた。身を当てるようにすれ違う者を寸でで躱し蹌踉めくと、他の客にぶつかった。アウスは怒りに舌打ちし、振り仰ぐと好青年の仮面を脱ぎ捨て凄んでがなり立てる。
「なんだコラ、てめぇ、・・・!!」
音も無く目の前を通り過ぎた男は、目から下を布で覆う異国の信徒。その切れ長の薄茶色の眼は、アウスを射殺すように殺気を放った。
「・・・っ、」
[・・・・・]
呼び止める事など出来ない威圧感。線が細く大柄ではないのだが、気圧されるように一歩下がると詰まる息を飲み下す。
「・・・・・・・・、」
「おい、何やってんだ、アウス」
「お、いや、・・・、」
酒瓶を調達してきた仲間にトンと背を突かれた。優男の宗教信者に気圧されたと、それを言えずに口篭もり、誤魔化して席に戻る。
「なに?なんかあったか?」
「美人?居たの?」
「ハハッ、こんな汚え店に、居るわけねえだろ。娼館の女も来ねえって!、こんな糞出す店!」
「おい!」
調理場から、今さっき人を殺してきたような顔の男が、煙草を吹かしてこちらを見ている。それに皿の異物の礼を目線で送った男は、無言で立ち去る料理人に安堵した。
「・・・・・・はは、」
笑い話に流されたが、アウスは消えない蟠りに手元にあった酒を飲み干した。それで憂さ晴らしをしたのだが、胸の支えは全く取れない。
「てかこの号外!、ヴァルヴォアール騎士団長のご婚約?巫山戯んな。祝い金!国民に配りやがれ!!」
「!!」
店内にも多くの塵となって捨てられるのは、軍によってばら撒かれた酒の摘まみ。幼女好きだと噂される将軍が、アミノ公家やロールダート公家の美しい令嬢を袖にして、得体の知れない巫女と婚約する内容。だがそこで笑われた騎士団長の名が、アウスには先ほどすれ違った北方の信徒と重なった。
背筋が凍る殺気と、身動きできない威圧感は、絶対的に上に位置する者の覇気。
それは権力と武力を併せ持つ、特別な立場の者しか発する事は出来ないのだ。アウスはそれをかつて、盗みに入ったディルオート公領地で、当主の第四師団将軍に当てられた事がある。少し離れた場所に佇んでいたのは、幽鬼のような姿だったが、疚しく潜むアウスは身動きが取れなかった。
「・・・・・・・・まさかな、」
捨てられたヴァルヴォアールの号外。客に踏み拉かれて破れるそれを、アウスは薄気味悪く見つめた。




