ばらまかれた手配書(1)
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天上の巫女 帰還!!
ヴァルヴォアール将軍との御婚約成立!!
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敵国ガーランド、冷酷非道なる黒竜騎士
オゥストロ・グールドにより奪われた
悲劇の巫女が、我が国が誇るファルド帝国
第九師団特殊部隊により救出された。
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ファルド帝国西領域トライドの、グルディ・オーサより五ヵ月前に攫われたのは、天上人であるミギノ・メイ・カミナの巫女。我らが帝国を裏切った魔法士四十五番の手引きにより、西方基地より連れ去られ敵基地で監禁されていた。それを大貴族ヴァルヴォアール公爵が、綿密なる救出作戦で見事救出!
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この危険な任務を遂行した特殊部隊だが、敵地での危険な潜入作戦により数多くの負傷者を出している。更に巫女の救出に編制された部隊、特別部隊の隊長、ステル・テイオン・ローラント中尉は捕虜となり、大聖堂院から編制された精鋭二名が名誉の戦死を遂げられた。
しかし彼等の功績は大きく、敵国の砦二つの急襲に成功し、巫女救出に大きく貢献したことに皇帝陛下より、三階級特進が授与される。
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現在、稀なる天上の巫女姫は、悲劇の苦難を乗り越えて、今は各地の教会を巡り、人々と天樹へ捕虜となった中尉の無事を祈っている。そして昨日、このファルド帝国に戻り、ヴァルヴォアール将軍と涙の再会を果たした。このお二人の御婚礼式が間近に迫る。
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「獣人を連れ歩いている。その中に、足場の無い外壁を上り、厚硝子の窓を破壊した者がいる。・・・と、考える事が妥当でしょう」
整えられた室内に不自然に散らばる硝子、片膝をつき破片を手にした青年、第一師団の参謀の一人クラストファル・テイルは、未だ奇麗に硝子の無くなった窓を眺める上官を見上げた。硬質な赤みがかる茶髪に薄い褐色の瞳には、飾り鎖の眼鏡がかかる。腕組みに振り返ったフロウは、膝を払い立ち上がった部下を見据えた。
「目撃者の証言では、西街の騒ぎの者の中に銀髪の子供が居たとあります。・・・私も創作書でしか見たことはありませんが、獣人の中には、銀髪で奇声で物を破壊する〔メアハ〕という者が居るそうです」
「アミノ地方出の被害者の貴族、その者も何かに鼓膜を破られたそうだ。蛇魚、それはラグー地方の海賊どもに信奉された、海の魔性の事だろう」
「そのメアハを〔海渡る人形〕だと掲げる者たち、東のエリドートでは、ファルドから零れ出た破落戸が再び数を増やしているそうです」
「東諸島ラグーも今はファルド帝国領土。極東の統治者である、エールダー公の一族が何とかしてくれる。それよりも、これはやはり、見直さなければならないな」
見下ろしたのは砕け散る硝子の破片。フロウは攫った少女を部屋に閉じ込め錠をした。そして階段を下りて使用人に言い付けていた、その僅かの刻に反撃された。
(屋敷の周囲では、追尾の気配など全く無かった)
少女を片手に門扉を潜り抜ける前、背後の通りを確認したが早すぎる刻、広大なヴァルヴォアール邸の敷地、庭木を取り囲む長い塀に近寄る人影は無い。門扉からは先の見えない曲がり角、そこに追跡者が潜んでいたとしても、高い塀を警備の目を盗み乗り越えて広い森林庭園を駆け抜け、河を背にした屋敷の上階によじ登る事など、どんなに訓練された兵士にも、フロウが階段を下りる僅かな刻では出来ないのだ。
「獣人、軍用計画ですか?」
「・・・・・・・・」
「見直す」と言ったフロウの呟きに、自身もそれを考えていたクラストファルが答えた。英雄と呼ばれる騎士団の指針、オルディオール・ランダ・エールダーが否定した獣人軍用計画。かつては費用に実績が見合わないと頓挫した計画は、軍内部では長年燻り続けている。
「やはりミギノだ。彼女が全てを運んでくる。獣人も、竜騎士も。我が婚約者は素晴らしい」
「天上の巫女救出のため、西領域から城下、更にファルド全域に手配書を散布しました。第二師団ファルド全域特殊配備、我が隊も王城守備隊以外の、全ての第九隊を城下街に投入します」
敬礼に踵を返すクラストファル。だがそれに頷いたフロウは、扉に手を掛けた部下を呼び止めた。
「一つだけ、訂正しよう」
「?、何でしょうか?」
間違いのない掃討作戦。手配書により住民からの通報情報を集め、街中に兵士を配置し誇るべき精鋭を全投入するという、正に小さな虫も見逃さない短期決戦。それに何か不備があったかと、クラストファルは眼鏡の奥の目を疑問に見開いた。
「〔手配書〕ではなく、〔婚約発表の号外〕だと、それを周知させるように」
「・・・了解」
「・・・・・・・・」
命じられた上官のどうでもよいこだわりに、彼の良くない噂を思い出す。少女を閉じ込めたとされる扉にかけられた幾重もの鎖の残骸、女性用よりも子供用の調度が多い壁紙の明るいこの部屋。実際にまだ未婚で子供の居ない上官が、なぜ別邸に子供部屋を用意していたのか。
「・・・失礼します」
繊細な刺繍が施された薄布の遮光布。それを背にした上官に再び敬礼したクラストファルは、良くない妄想を顔には出さずにその場を後にした。




