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群青の夜空に星を探す

 寒い冬の夜。『立春』の縁側で夜空を見上げているのは、琥珀だった。傍に矛を立て掛けて、膝の上には金の四つ目の面がある。その方相氏の面に琥珀はそっと手を触れる。

 その手つきが、咲羅にはとても大切なものにするように見えるのだ。

 

「琥珀」

 

 名前を呼びつつ近付く。未だ咲羅たちを完全には信頼していない琥珀は、突然近付くと武器を向けることがあるからだ。

 

「貴女ですか」

 

 金の瞳を向けて、半ば呟くように琥珀が返事をする。まだ一度も名を呼ばれたことはないが、出会ったばかりの数日前と向ける視線が少し違って見える。

 咲羅は、そんな琥珀の隣に座った。床に広がる、紫から橙への夕暮れ時の空と同じ色のワンピースを畳んで。

 

 まだ春の来ない夜の空気は冷たい。銀の星が散らばる夜空の意匠デザインの羽織の前を合わせて、さらに琥珀に近付く。

 

「琥珀は寒くないの?」

「ええ。ですから、近寄らないでください」

 

 いつも通りの人を寄せ付けようとしない、冷めた敬語。相手を敬っているのではなく、距離を感じさせるために使っているのだろう。

 

「ちゃんと依頼を達成できたの、琥珀のおかげよ。ありがとう」

「それは貴女の心情から来る結果でしょう。きっと僕がいなくても、変わりない結果だったはずです」

「でも、わたしはそう思うのよ」

 

 あの戦いの後、深藍や柚葉と別れた時のことを咲羅は思い出す。

 

「お前らのこと、認めてやってもいいぜ! 深藍が組むって決めた程だし、陰陽師のお前は良い奴だったしな!」

「縁があれば、また会おう。何かあれば手助けしてやるのも、やぶさかではない」

 

 『立春』の面々とは、また違った縁が彼らとの間に結ばれたような気がした。おそらく戦友という関係だろう。

 再び会うことがあれば、違和感なく共にいられる。そうであれば良いと咲羅は思う。

 

 冷たい風が一陣、吹き抜ける。春はまだ遠い冬の気配を運んでいた。澄み切った空気に夜空の星が美しく輝いているが、寒いことに変わりない。

 距離の開いている琥珀に、咲羅はさらに近付く。

 

「だから、近寄らないでくださいと言ったはずですが」

「わたしは『はい』なんて言ってないわ。それに、寒いのは嫌いなの」

 

 寒いのが、傍に人がいないのが、咲羅は何より嫌いだった。だからたとえ琥珀が断っても、咲羅は近付く。琥珀のためではなく、咲羅自身のために。

 

「あのね、わたし、家を捨てたの」

「そうですか」

 

 人間ではないからだろうか。琥珀の返事は、普通より淡々としていた。かといって、咲羅の話を適当に流している訳でもなかった。

 根本的に、人間と妖では同族に対する考え方が違うのだろう。

 

「わたしの家は資産家で、そこだけ見たらわたしはきっと恵まれていた。だけど……一人じゃ何もできないのが、どうしても嫌だったの」

 

 咲羅の家は、広い地域に名を馳せる富豪だ。今は名を変えていて、縁が切れているも同然だが。

 そのきっかけをくれたのが春雪だった。まだ『立春』が設立していなかった頃、春雪はこの建物を買う資金を稼ぐため咲羅の家へ家庭教師に来ていた。

 家族と顔を合わせる機会は少なかった。皆忙しく、用事によって入れ替わる使用人も含め、咲羅があの家でまともな縁を感じたことはなかった。そんな中初めて咲羅を見てくれたのが、春雪だったのだ。

 

「そこで、こっそり陰陽術を教えて貰ったわ。『立春』という寄合を設立することも」

 

 咲羅は、自分を連れていって欲しいと春雪に頼み込んだ。そうして、約束された跡取りの座と家族と名を捨てて『立春』の一員に加わった。

 

「その日から、わたしの名前は佐保風 咲羅。春風みたいだからって言って、春雪さんがつけてくれた」

「……貴女に、似合っていると思いますよ。その名」

「ありがとう、琥珀。嬉しい」

 

 琥珀がそんなことを言うなんて、珍しいこともあるものだ。咲羅は裏を疑うことなく素直に受け取る。それは幼少期に人を疑わず過ごしたからなのだろう。

 どんな善意も、疑えば悪意に変わる。だから咲羅は向けられた好意は素直に好意として受け取りたいのだ。

 

「琥珀にも、春一番が吹けばいいね。わたしにとっての、春雪さんみたいに。……それがわたしだったら、一番良いのだけれど」

「春一番とは、貴女のように、暖かいくせに強引なんでしょうね。まさに、いつ吹くとも知れない気紛れな春風ですよ」

「琥珀、今笑った?」

 

 咲羅が指摘した途端、琥珀の頬が染まった。一見表情が変わらない琥珀だが、それは思い込みで意外と感情豊かなのかもしれない。

 

「そんな訳ないでしょう!? 出鱈目言わないでください!」

「動揺した! わあ、良いもの見ちゃった!」

「今すぐ忘れなさい! 咲羅!」

 

 ぴたり、ふたりの動きが止まった。振り返っていた咲羅の動きの余韻で、夕焼けの紫色のワンピースの裾が翻った。

 

「やった! 琥珀がわたしの名前呼んだ!」

「……っ!」

 

 先程の比ではない程に、琥珀の顔は朱に染まる。どうやら咲羅の名は、これまで意識して呼ばずにいたらしい。

 

「春雪さーん、夕詩ー。聞いてー!」

「咲羅! 待ちなさい!」

 

 部屋の中へ駆け込んで声を上げる咲羅を、赤い顔のままの琥珀が追う。

 

 その後ふたりが組んで行動を共にするようになるのは、そう遠くない未来の話だ。

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