第六話
王国が反乱によって滅んでから二年後。
王国は民主制と平等主義のスーデル国として生まれ変わり、あれから様々な改革が行われている。
特に最近商業が自由化したことで、都市部はますます活発になり流通が盛んになっている。他国との貿易を行う商業組合も登場し、以前では手に入れられなかった品も容易に、そして安価で手に入れることができるようになった。
スーデル国南西部の郊外にある田舎町スルタンとはいえ例外ではない。スーデル国に支配されているこのスルタン町をひとりのやせた青年がフラフラと歩き回っていた。
「次はあの店でパン粉を買わないと……そういえばあの食材も切れそうだったか」
独り言をつぶやきながら食材屋で買い物を済ませてから店を出て、帰路に着こうとした時である。
「久しぶりですね、ブラントさん」
突然声をかけられ驚いて振り返る青年、だったが後ろには誰もいない。
「そちらじゃありません、前ですよ。前」
そう促され前を向くと、そこに乞食のようなみすぼらしい格好をした中年の男が立っていた、がその身のこなしは到底乞食のそれではなく、堂々とした体格や恵まれた体躯は彼が訓練を受けた人物であることを匂わせた。
「おや、私をお忘れですかな?」
そう言って仮面を剥ぎ取ると下から出てきたのは、国王の部下ランヌの顔であった。
青年は彼を知っている。彼は王家専属のスパイで、軍人である。会って話したのは数回だが、非常に癖のある人柄は記憶に残っている。
「ランヌさんですか、えぇ」
「立ち話もなんです、店にでも入ってゆっくりと話すことにいたしませんか」
ゆっくりと話す、とはいいつつ彼が情報を集めているというのは明白であったが、青年も彼の持つ情報に興味があった。
「いい紅茶屋を知っています。そこに行きましょう」
二年前青年は宮廷に使えるバトラーであった。主に王女に仕えていたが、二年前反乱が起こり主家は滅んだ。
「偽名を使っていたから見つけ出すのに苦労しましたぞ。お互い無事でなによりといったところですな」
「お気遣いに感謝致します。ところで何か用ですか?まさか給仕一人の安否を気遣いにこんな田舎まで来たわけではないでしょう?」
「えぇもちろんのことです。私が知りたいのは王女様の安否です」
ランヌの言葉にブラントの表情が厳しくなる。
「ご存知のことでしょうが、国王様は本国が反乱軍によって滅んだことを聞き、滞在していたバヤン帝国にそのまま亡命しております。ですが最近帝国の支援を得て、王家を再興するという大望を抱いています。……ですがその上で陛下が非常に気にかけておられるのが国に残してきたヴァラ王女様の安否です。ここ数ヶ月私はこのスーデルに潜入して確かめて回っているものの、既に亡くなられたとか、平民と強制的に結婚させられて暮らしているとか、情報が交錯しているのか正確な安否がわかりません。であれば、あの時宮廷内で一部始終を見ていたはずのブラントさんであれば知っているのではと思い、探していたのです。何かご存知ではないでしょうか」
物腰は柔らかであったが、その目からは絶対に聞き出そうという執念の炎が燃えている。よほど情報集めに苦労したのに違いない。そして、これから伝えなければならない真実を聞けば彼はどう反応するだろうか。
「結論から申し上げますランヌさん。残念ですが王女殿下は既に亡くなられました」
「……そう、でしたか。覚悟していたとは言え……辛いものですな」
悔しさをにじませながら唇を血を流すほどに噛み締めるランヌ。
「死に様を聞かれますか?」
「無論です」
「そうですか。まず、最初反乱軍のリーダー。ケマラは彼女を処刑するつもりだったようです、がしかし途中で彼女を自分がこれから行う政策の礎にできないかと考えを変えたようです」
「王女様を新制作の礎に……?一体どうやって……」
「殿下を平民と無理やり結婚させることで、です」
その言葉にランヌの顔が怒りで紅潮する。
「ケマラが作ろうとしているのは貴族も平民も王族も奴隷もない平等社会です。これまでのように身分によって仕事や住む場所や結婚相手が決まる社会ではなく、自由に働き、自由に暮らし、自由に結婚する社会。そしてその社会とは一体どういう社会なのかを示すために、かつての王族を部下の平民と強制的に結婚させる。言い方を変えれば見せしめることによって古い権威を完全に否定し――」
「もういい、もういい!」
珍しく感情的になるランヌ。
「すいません、私も無神経でした」
「ブラントさんが謝る事ではない、続きを聞かせていただきたい」
「……そういうわけで平民と結婚させられ、貧しい暮らしをすることになった殿下ですが、暮らしぶりも食事もお体に合わなかったようで、半年前に病気で亡くなられました。私は見たわけではありませんが、安らかな最後だった、と聞いております」
「そうですか」
ブラントから見ても明らかに力を落としているのが分かるランヌ。だがそれ以上に彼は怒っていた。力は落としていたものの肩には力が入っているようで怒りで震えているのがわかった。
「話しにくい話をありがとうブラントさん。ところで話は変わるのだが」
紅茶を飲んで少し落ち着いたところで話題を変えるランヌ。だが、足は立ち去ろうと出口を向いている。あまりここの紅茶の味は口に合わなかったらしい。
「王家復活に力を貸す気はありませんか。ともにその平民とにっくきケマラ一味を血祭りにあげ、王女殿下の仇を取る気はありませんか」
「申し出はありがたいですが……私は兵士ではなく給仕ですし。仇討ちとかそういうのはあなた方軍人にお任せしてこれからは私も平民らしく土を触りながら生きていこうと思っております……」
「そうですか……。無理強いはできませんな」
そう言って席を立ち、お代を払って店を出るランヌ。
去り際、
(所詮は給仕か……)
と聞こえたのは気のせいだろう、と考えながらブラントはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。




