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第3話:狂い出す運命のカウントダウン

「ったく……! なぜこの俺があんな小娘の行く場所へいちいち付き合わねばならんのだ!」

 大学のキャンパス。爽やかな木漏れ日の中を、俺はくまさんTシャツを着た子供の姿でブツブツと毒づきながら歩いていた。

(……だが、この情けない体のままでは色々と都合が悪い。死神界の力を取り戻し、元の姿へ戻る方法がどこかにあるはずだ)

 服を脱げば、俺の胸には包丁でつけられた穴が開いている。痛むわけではないが、俺の魂の根幹と浅野紡の生命力が強力に結びついてしまっている証拠だ。

 これを解除する術を探さねば――そう思いながら歩いていると、遠くから賑やかな話し声が聞こえてきた。

「あ、紡~! 次の講義、大教室だよね?」

「うん。ノート取っといたから後で貸すね」

 地味メガネに髪を後ろで括ったいつもの「擬態モード」の紡が、友人らしき女子大生数人と歩いてくる。俺に気づいた紡が「あ」と足を止めた。

 次の瞬間、女子大生たちがドタドタと俺の周りに押し寄せてきた。

「えっ、なにこの子!? 超かわいいんだけど!」

「この子、紡の親戚の子? 目元がすっごく澄んでてイケメン風じゃん!」

「やばーい、将来絶対モテるやつだコレ!」

「なっ……!? わ、我が身に気安く触れるな人間ども! 控えよ!」

「あっ、しゃべった!」

「声まで可愛いんだけど!」

「ねぇねぇ、何歳?」

「好きな食べ物は?」

「名前は?」

「写真撮っていい?」

「触るな!」

 俺は必死に両手を振り回す。

「我は死神界第三階級・上級執行官! 人間ごときが気安く触れてよい存在では――」

「きゃー! 設定まで可愛い!」

「中二病ごっこしてるの?」

「違う!! 本当だ!!」

 わしゃわしゃ。

 また頭を撫で回される。

「やめろぉぉぉ!」

 俺は必死に威嚇する。だが、子供の金切り声にしか聞こえないらしい。

「怒った顔もかわいい~。」

「将来イケメン確定だね。」

「紡、この子預かって帰っていい?」

「ダメだよ。」

 紡は苦笑しながら俺の頭をぽんと叩く。

「ごめんねK君。この人たち悪気ないから。」

「ある! 十分ある!」

 俺はようやく女子大生の包囲網を突破すると、肩で息をしながら近くのベンチへ避難した。

 ベンチへ腰掛け、深くため息を吐く。

(……何なのだ、人間界という場所は。)

(死神界では皆、我を敬い、畏れ、道を開ける。)

(それが今では『かわいい』だの『写真撮っていい?』だの……。)

 頭を押さえる。

(王になる男が、女子大生に頭を撫で回されるとは……。)

(この姿を死神界の連中に見られたら、百年は笑い者だ。)

 夕方。大学の講義がすべて終わり、ようやく安アパートへ帰れるかと思いきや――。

「さ、次はバイトだよ、K君!」

「まだあるのか……っ!?」

 連れてこられたのは、昨日の事件の近くにあるコンビニだった。

 俺は従業員ルーム(バックヤード)のパイプ椅子に座らされた。

「店長が『暇な時に遊んでいいよ』って置いてくれたポータブルゲーム機があるから、K君これで遊んでて」

「ふん、人間の下俗な玩具など……誰がやるか」

 バカにしたように鼻で笑って受け取ったものの――ボタンを押してみると、画面の中のドット絵のキャラクターが軽快に動き出す。

(……ぬ、ぬぬ? ほう、このボタンで攻撃……ほう……)

 気付けば俺は、凄まじい死神の反射神経を発揮して画面をピコピコと連打し、夢中になってゲームのハイスコアを叩き出していた。

 そうこうしているうちに、夜。シフト交代の時間になった。

 だが、次にやってくるはずの夜勤スタッフ――田口という男が一向に現れない。

 カウンター奥の電話が鳴り、店長が出た。

「……ええ、あ、田口君のお母様ですか?……えっ、辞める……? 急にですか?…本人が部屋から出てこなくて、恐怖でバイトに行けないと……? はあ……分かりました……」

 電話を切った店長が「参ったなぁ、急に辞めちゃうなんて」と頭を抱えている。

 バックヤードの隙間からそれを見ていた俺は、冷ややかな笑みを浮かべた。

(フン……あの男、恐怖のあまり完全に魂がへし折れて部屋に引きこもったか。自業自得だな)

 急遽、別のバイトが補充され、紡のシフトもようやく終了した。

「ふぅ……疲れた~。今日もお疲れ様、K君」

 夜の住宅街。

 街灯の下を、紡と二人で並んで歩く。

 疲れ果てた紡の姿を見上げながら、俺は何気なく彼女の後頭部――その上にある『寿命のカウントダウン』へ視線を向けた。

 数十年先を示す、正確な未来の時間。

 いつも通り、カチ、カチ、と静かに刻まれている……はずだった。

「……?」

 俺は思わず、自分の目を手で固くこすった。

 バカな。そんなはずはない。

 デジタル時計の数字が、まるで砂時計をひっくり返したかのように恐ろしい速度で巻き戻り――猛烈な勢いで激減していく。

【 00 : 02 : 59 】

【 00 : 02 : 58 】

「……な、んだと……!?」

 わずか、3分後。

 紡の寿命が、あと3分でゼロになろうとしていた。

 ドクンッ! と俺の胸の穴(傷)が激しく脈打つ。嫌な予感どころではない。全身の毛穴が泡立つほどの強烈な殺気が、夜の静寂を切り裂いて迫ってきていた。

「K君? どうしたの、急に立ち止まって――」

「動くな!!!」

 俺は一瞬で警戒モードに入り、腰の装飾が施された短剣の柄に手をかけた。

 ガタガタと胸の傷が疼く。

「何が来る? 刺客か? それとも、新たな災いか?」

 だが、曲がり角の向こうから聞こえてきたのは――暴走する不快なエンジン音だった。

 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!!

 ヘッドライトの強烈な光が、夜の住宅街を真っ白に染め上げた。

 曲がり角から飛び出してきたのは、狂ったようなスピードで車線を無視して突っ込んでくる大型トラック。

 運転手はハンドルに突っ伏している――完全な居眠り運転!

 トラックの巨体が、逃げ場のない狭い道で、真っ直ぐ紡に向かって突進してくる!

「……チッ、なんだ。ただの物理か」

 俺は短剣から手を離した。こんなものに我が死神の宝剣を使うまでもない。

「ひっ……!?」

 腰を抜かした紡が、その場にへたり込む。

 突進してくる数トンの鉄の塊。本来なら人間など一瞬で肉塊に変える暴力。

 だが――我が死神の肉体に、人間界の「物理攻撃」など通じると思うな。

「フン……」

 俺は間髪入れず、紡の前に静かに立ち塞がった。

 驚くほどの余裕を保ったまま、くまさんTシャツを着た小さな右手を、前へスッと突き出す。

 ドォォォォォォンッ!!!!

 激しい衝撃音と、耳を裂くような金属の破壊音が夜の街に響き渡った。

 時速数十キロで突っ込んできた大型トラックのフロントガラスに激しい亀裂が入り、バンパーがくの字にひしゃげる。

 それらすべての運動エネルギーを――俺は『物理攻撃無効化』の死神の能力により、突き出した片手だけで、何事もなかったかのようにピタリと完全停止させていた。

 俺の足元のアスファルトがわずかに沈んだ程度で、俺自身はピクリとも動かない。まさに圧倒的な差。

 行き場を失った巨大な慣性エネルギーが牙を剥き、トラックの荷台が凄まじい勢いで浮き上がって蛇行し、そのまま横転して路上へと激突した。

「はっ……!? ひ、ひぃぃぃぃっ!?」

 目を覚ました運転手が、潰れた運転席から青ざめた顔で跳び起きた。人を撥ねてしまったと思い込み、ガタガタと震えている。

 だが――。

「ふぅ」

 俺は無傷で息を吐き、ポケットに手を突っ込んだ。

 ふと紡の頭上を見上げる。

 カウントダウンの数字は、再び何事もなかったかのように『数十年先』の正常な未来の刻みへと戻っていた。

「はぁ……はぁ……」

 背後で腰を抜かしたまま、目を丸くして俺を見つめている紡。

(……助かった。だが、なぜだ……?)

 俺の胸の奥で、疑問が渦を巻く。

 あの田口というストーカーの凶刃を防ぎ、彼女の運命は正常に戻ったはずだった。

 なのに、なぜ突然こんな大事故が起きた?

(俺が一度、本来死ぬはずだった紡の寿命を変えてしまったからか……? 狂った運命が、強引に彼女を『死』へと引き戻そうとしているというのか……!?)

 詳細な理由は、まだ分からない。

 その後、現場には警察や救急車、消防車が次々と駆けつけ、大騒動となった。

 トラックが大破したにもかかわらず、轢かれかけた少女と少年が無傷だった奇跡の事故。

「運良く電柱や壁の影にいて直撃を免れた」「奇跡的に衝撃が逸れた」と、警察や周囲の人間は都合の良い解釈をして納得していたが――真相を知るのは、俺と紡だけだった。

「ねえ……K君」

 パトカーの赤色灯が怪しく揺れる中、紡が震える声で俺の服の裾をぎゅっと掴んできた。

「君は……本当に、私の命を守ってくれたの……?」

 俺はそっぽを向き、冷たく言い放った。

「勘違いするな……。貴様が死ねば、俺も死ぬ。俺は俺自身の命を守ったに過ぎん」

 だが、そっぽを向いた俺の横顔は、自分でも分かるほどに強がっていた。

 ただの日常ではない。この女の周囲で、何かが確実に『狂い始めて』いる。

 そして――

 この時の俺はまだ知らなかった。

 これが始まりに過ぎないことを。

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