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第19話 メイドは冒険者を信用する

「まあ、お前に隠すことは何一つないし、いくらでも話すけど……」


 アレクサンデルはそう言ってから、シャルロットに尋ねた。


「お前の目から見て、俺はそんなに怪しかったか? 悪い奴に見えたのか?」


 アレクサンデルは少しシャルロットに対してジェラシーを感じていたものの……

 それでも好印象を抱いていた。

 楽しい奴、面白い奴だと。


 自分が好印象を抱いていた相手に嫌われていたのだとしたら、少し傷つく。


「いえ、私の目から見て、アレクサンデル様は善い人のように見えました。私が感じた通りの人柄なら、セリーヌ様のお相手として、私は何の心配も抱きません。むしろ応援したいくらいです」

「……そうかなのか? じゃあどうして……」

「アレクサンデル様はご自身の人物鑑定眼に絶対の自信をお持ちですか? 私はありません」


 アレクサンデル自身は、それなりに人を見抜く目は持っているつもりだ。

 しかし“絶対”と言われると、答えに窮する。

 心を読む能力を持っているわけではないからだ。


「人を騙そうとする人は、得てして好印象を人に与えようと振る舞うものです。自分語りになりますが、私には伯父がおりまして。その人は私に非常に親切に振る舞っていましたが、内心では我が家の錬金の技術を盗もうと企んでいましたし、様々な陰謀を巡らせていたり、人体実験で人を殺めたりしていました」


 そう言ってからシャルロットは笑みを浮かべて言う。


「ですから、私は人を信用しないように心掛けています。……セリーヌ様は傷つきやすい人です。愛した人に、好いた人に裏切られれば、今度こそ、壊れてしまうかもしれません。だから、私はあなたが本当に信用できる人が確かめたいわけです」


 そう言ってから、シャルロットは自分のケーキをフォークで切り分けて、口に運ぶ。


「ん……中々美味しいですね。……世の中、目で見たものしか信じないという人がいますが、それは実に愚かなことです。なぜなら人の目は、見たい現実しか映さないからです。もしかしたら、私があなたに好印象を抱いたのは、あなたが良い人であって欲しいという願望が入ったからかもしれません。ですから、私は主観と客観、両方を交えて物事を見るように心がけています」


(……なるほど、確かにそれもそうだな)


 アレクサンデルはシャルロットを愉快な奴だと、面白い奴だと思っていた。

 加えて言うのであれば、少しアホっぽいところがあるとも、思っていた。

 だが……

 彼女の本質はそう言うところではないように見える。

 実際はかなり理知的な人物なのだろう。


 このように、印象で人を判断するのは良くない。

 アレクサンデルとシャルロットのように、数時間の関係であればなおさらだろう。


「冒険者の社会的地位はお世辞にも高いとは言えません。冒険者の犯罪率は他の職業と比べて高く、そして前科率も極めて高い。……嫁入り金と収入が目当てで近づいた可能性を否定できません。それに……病気の知り合いがいるんだ云々、というのは詐欺の常套句ですしね」


「言っておくが、俺はセリーヌに金を請求したことはないぞ?」


「そうなんですか? それは安心しました。あなたへの疑惑が私の中で、少し晴れました」


「少し、か……」


 アレクサンデルは頭を掻いた。


「まあ、良い。とりあえず、俺が嘘をついているかどうかは分かるんだな? 良いだろう。すべて、本当のことを話すよ。……まず第一にだが、お前は一つだけ勘違いしている」


 アレクサンデルは真面目な顔で言った。


「俺とセリーヌは恋人じゃない」

「……本当みたいですね。じゃあ、何だと言うんですか?」

「まあ、多分親しい友人が近いかな」

「……何で、恋人じゃないのに同棲しているんですか?」

「そうだな……よし、セリーヌとの出会いから話そう」


 そう言ってからアレクサンデルはセリーヌを拾ってから、今日までのことを全てシャルロットに話した。

 そして……






「いやー、すみません。アレクサンデル様、まさか本当にただのお人好しだとは思いませんでした。ごめんなさい」


 シャルロットはアレクサンデルの肩を揉みながら言った。

 アレクサンデルは鼻を鳴らす。


「ふん、全くだ。ちょっと、不愉快だったぞ。あれこれ言いやがって」

「まあまあ……でも、本当のことでしょう?」

「世の中、本当だからと言って、言っちゃ悪いことがあるだろう」

「おっしゃる通りです。はい、すみません……どうです? この辺は」

「うん……上手いな、お前」


 思ったよりも上手いシャルロットのマッサージ技術にアレクサンデルは感嘆の声を上げる。

 疑ったお詫びに揉めと命令したのだが、まさかここまで上手だとは思ってもいなかった。


「私、見ての通り、メイドですから」

「……何で、貴族がメイドをしているんだ?」

「メイドが本業ですよ? 領主と錬金術師は副業です」

「……お前、やっぱり変人だな。ぉお……良いな、そこ」

「ここですか?」


 ゴリゴリとアレクサンデルのツボを的確に押すシャルロット。

 これにはアレクサンデルも思わず声を上げてしまう。


「いやー、しかし、本当にすみません。疑っちゃって……今更言うのもなんですが、私はできればアレクサンデル様とは仲良くしたいなと、思ってるんです。ええ、友人の友人は友人みたいなものですからね」


「今更だな……だったら、もう少しやり方があるんじゃないか?」


「セリーヌ様の安全と、アレクサンデル様からの好感度なら、前者の方が大切ですから」


 あっけからんと言うシャルロット。

 しかし冤罪云々というのは、結果論だから言えること。

 シャルロットの立場から見れば、セリーヌが騙されていた可能性が少しでもある以上、居ても立っても居られなかったのだろう。


 それを考えると、アレクサンデルもあまり責められない。 

 自分も同じことをしたかもしれないと、思ってしまうからだ。


「許してくれませんか?」

「……まあ、アンナさんの病気が治ったら、許すよ」

「それはもう! 大船に乗ったつもりでいてください。自信、あるので」

「それは結構。期待しているよ」


 アレクサンデルとしても、シャルロットは中々面白いやつなので、険悪にはなりたくなかった。

 それに恩人(アンナ)の命を救って貰えたら、些細な恨みも吹き飛ぶ。


「ところで、アレクサンデル様。本当に、何の下心もないんですか?」

「ないって言っただろ。まだ疑ってるのか?」

「いえいえ、疑ってはいません。でも、ほら……セリーヌ様、美人じゃないですか」

「そりゃあ、まあ……」


 アレクサンデルはセリーヌの容姿を思い浮かべた。

 ちょっと目は死んでいるが、それを抜きにすればセリーヌは物凄く可愛い。

 いつまでも眺めていたいくらいには。


「それに胸もお尻も大きい」

「……まあ、そうだな」

「どうです? お付き合いしたいとか、思いません? 恋人にしたいでしょう?」

「な、何でそんなことを聞くんだよ」

「聞いちゃダメですか? まあ、答えたくないなら別に良いですけど」


 シャルロットがそう言うと、アレクサンデルは少し迷ってから答えた。


「そもそも、考えたことがない」

「どうしてですか?」

「俺は“犯罪者予備軍”の冒険者だ。加えて、俺の母親は売春婦だ。父親の顔すら分からん。一方でセリーヌは将来有望な聖職者で、名門貴族の出だ。身分が違い過ぎる」


 Sランク冒険者であるアレクサンデルの稼ぎは悪くない。

 下手な下級貴族よりは稼いでいる自信はある。

 が、しかし社会的地位は金銭収入だけで決まらない。

 “Sランク”と言えば聞こえは良いが、結局のところアレクサンデルは固定収入のない、不安定な肉体労働者でしかないのだ。


 加えてアレクサンデルの母親は売春婦である。

 イブラヒム教では売春は“悪”と定められている。そのため売春婦の社会的地位は最底辺であり、その息子であるアレクサンデルは言わずもがな、だ。


 そんな下層身分のアレクサンデルと対照的に、セリーヌの地位は非常に高い。

 

「俺とセリーヌが恋仲になるということは、あり得ない。……それは犬と人が交尾するようなもんだ。まともな親なら、良い顔はしないさ。それにセリーヌの将来のためにも良くない。あいつには相応しい相手が、釣り合う相手がいるだろう」


 アレクサンデルは、まるで誰かに言い聞かせるような口調になっていることに自分で気づいていなかった。


「……それに俺には初恋の人がいる」

「初恋? へぇ……その言い方だと実ってないようですね?」


 シャルロットが肩を揉みながら尋ねると、アレクサンデルは弱々しくうなずいた。


「ああ……行方不明なんだ」

「へー、ちなみになんて名前の子なんですか?」

「“セリーヌ”って名前なんだ」

「すみません、ちょっと話が見えないんですけど。どういうことですか?」

「“セリーヌ”とセリーヌは別人だ」


 そう言ってからアレクサンデルはシャルロットに“セリーヌ”との出会いを、十二年前にガリアの農村で出会った農奴の女の子に恋をして、その子のことを今でも思っていることを、否、思っていた(・・)ことを話した。


「……どうすればそんなに拗れるんですか?」


 なぜかシャルロットはあきれ顔を浮かべていた。

 そして頭を掻きながらブツブツと呟く。


「いや、“セリーヌ”とセリーヌって、どう考えても同一人物じゃないですか。何で気付かない……あー、セリーヌ様が頑なに否定しているからですか。くだらない見栄張っちゃって……。何で過去の自分と男の取り合いをしているんですか。アホにも程がありますよ……。どうしましょう、これ話しちゃダメですかね……あー、でも私がセリーヌ様に嫌われるし、下手に突っつきまわして余計に拗れると面倒だし、それにセリーヌ様が自分から白状するべきことだし……」


「どうした、シャルロット」


「知ってますか? セリーヌ様の好物は馬鈴薯なんです。蒸したやつが好物です」


「露骨に話を逸らしたな」


 アレクサンデルは眉を潜める。

 そんな逸らし方をされると、余計に気になる。


「……そうだ、セリーヌ様が休職している理由は知っていますか?」

「ん? あいつは嫉妬とか、陰謀とか追放とか言ってたが……」

「あ、それはセリーヌ様の被害妄想です。あまりあの人の言ってることは信じちゃだめですよ」


 あっさりと言うシャルロット。


「そうなのか?」


「ええ。というか、あれだけ有能な人材を放り出すほど教皇聖下は馬鹿でもありませんし、人手が有り余っているわけではありません。むしろ、セリーヌ様のことを大切に思われているからこそ、休職させてるんですよ」


「あー、アル中とか、睡眠薬とか、自傷癖とかか?」


 いくつか心当たりがあったアレクサンデルがそう言うと、シャルロットは大きくうなずいた。


「よく分ってるじゃないですか。あの腐った死体みたいな目を見ればわかると思いますが、あの人はちょっと病んでるんです。酷い時には幻聴とか、聞こえてたみたいですし。精神安定剤も手放せない様子です。まあ、そんなわけで一度仕事を休ませて、心身を休ませて貰おうという方針です。あのままでは壊れてしまいますからね」


 それからシャルロットは真剣な顔でアレクサンデルを見つめた。


「アレクサンデル様、聞いてください。……私はあなたとセリーヌ様の関係に深入りするつもりは、今のところありません。ですが、どうかセリーヌ様を嫌いにならないであげてください。あなたとセリーヌ様の関係はまだ一月です。あなたはセリーヌ様のことをよく知りません。ですから……これから生活を続けていけば、おそらくセリーヌ様の、言い方は悪いですが、醜いところを目撃することがあるかもしれません。それでも……嫌わないで、支えてあげてくれませんか?」


 さらにシャルロットは言葉を続ける。


「あの人は、本当に良い人なんです。それに彼女はここで終わるような人ではありません。教皇か、それに準ずるべき立場になるべき人間です。だからこんなところで折れるようなことがあれば、それはイブラヒム神聖同盟にとって大きな損失となります。ですから……」


 言葉を続けようとするシャルロットを、アレクサンデルは手で制した。


「分かっている。セリーヌが良い奴だってのは分かるさ。少しおかしいところがあっても、本質は変わらない。別に俺はあいつを嫌いになったりはしない」


 アレクサンデルがそう答えると、シャルロットは笑みを浮かべた。


「それを聞いて安心しました。……セリーヌ様をよろしくお願いいたしますね」


「ああ、任された」


 アレクサンデルは頷いた。

 それからシャルロットはポケットの中に手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。


「あ、これ、私の住んでいるお屋敷の住所です。もし、セリーヌ様関係で何かあったら、ここに手紙を出すか、それとも直接来るかしてください」


「ああ、分かった」


 まさか大貴族の住所を教えて貰うことになるとは。

 アレクサンデルは自分の人生の数奇さに思いを寄せながら、そのメモを丁寧に折りたたんでポケットにしまった。


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