第20話 冒険者はネズミに叱られる
シャルロットがガリアへ帰ってから一週間ほどの時間が経過した。
治療に関する日時は追って連絡するということだ。
正確な日時はまだ決まってはいないが、早ければ一月の下旬、遅くても二月の上旬には執り行うということになっている。
さて、シャルロットが去った後、アレクサンデルとセリーヌとの生活には変化が生じていた。
それは……
「ほら、ソシッス。これがあなたのご飯よ」
「チュウチュウ!」
テーブルの上にセリーヌが木の実が入った器を置く。
するとテーブルを大きなドブネズミ――ソシッス――が駆け上がり、器の中の木の実を齧り始めた。
そんな様子を見て、アレクサンデルはセリーヌに提案する。
「あのさ、セリーヌ」
「どうしたの?」
「そのネズミ……」
「ソシッス!」
「あー、ソシッス君のことだが、床の上じゃダメなのか?」
「だって、ソシッスは私の友達だし……」
「そうか……」
アレクサンデルは頭を掻いた。
個人的にネズミと一緒に食卓を囲みたくはない。
が、セリーヌとソシッスとの付き合いはアレクサンデルよりも長い。
二人――片方は人ではないが――の関係にアレクサンデルが口を挟む権限はない。
「チュウチュウ!」
「すまんな、アレクサンデル。二人の時間を邪魔してしまって。……って言ってるわ」
「……そのネズ、ソシッスは人の言葉が分かるのか?」
「ゲルマニア語とガリア語なら問題なく通じるわ」
「それは……凄いな」
それよりもネズミ語が分かるセリーヌの方が凄いのだが、アレクサンデルはそのことには敢えて突っ込まなかった。
「一応聞くが、ソシッスは清潔なんだよな?」
「当たり前じゃない。毎晩、お風呂に入れてるわよ。それにテーブルに上げる前はちゃんと足も拭いて貰っているから」
そう言ってセリーヌはテーブルの足元を指さす。
なるほど、そこにはタオルがあった。
しっかりとソシッスは手足を拭いてから食事をしているのだ。
(……俺よりも行儀が良いかもな)
アレクサンデルがちゃんと食事の前に手を拭くようになったのはセリーヌと同棲してからである。
食事マナーでネズミに負けたアレクサンデルは、少し自己嫌悪に陥った。
「ソシッスとセリーヌはいつからの付き合いなんだ?」
「そうね。……あれは五歳の冬の頃かしら」
セリーヌによると、二人(?)の出会いは以下の通りである。
切っ掛けは冬のある日、食糧庫に保存されていた腸詰肉を齧っていたドブネズミ(ソシッス)をセリーヌが発見したことだった。
冬の大事な食糧を奪われてはたまらないと、セリーヌは近くにあった箒でこのドブネズミ(ソシッス)に戦いを挑んだ。
が、しかしソシッスはネズミの割にかなり頭が良く、そして身体能力が高かった。
結果、セリーヌの攻撃は尽く空振りし、逆に食糧庫の棚に頭から突っ込むなど大きなダメージを負った。
ムキになったセリーヌは箒を振り回したが、騒ぎに駆けつけた両親に頭を殴られ、叱られる羽目になった。
遊ぶなら別のところでやりなさい、と。
その時、ソシッスはセリーヌを見てチュウチュウと鳴いた。
当時のセリーヌはネズミ語は分からなかったが、バカにされていることだけは理解できた。
ネズミにバカにされて悔しくない人間はいない。
元々負けず嫌いのセリーヌにとっては尚更だ。
その後、セリーヌは幾度もソシッスに戦いを挑んだ。
五歳の幼女とネズミの、知恵と力と勇気を振り絞った戦いである。
そして一年後、ついにセリーヌはソシッスを追い詰めたのだ。
その一年は涙あり、笑いあり、感動ありな全神聖同盟が泣くほどの、濃密なものだったのだが、具体的な内容は省く。
まあつまりそんなこんなでセリーヌとソシッスは友情を育んだのである。
セリーヌがソシッスと使い魔契約を結んだのはこの時だ。
六歳児のセリーヌは当然、使い魔の魔法なんぞ知らなかったがこの時から天才だったセリーヌは、知らないうちにソシッスと契約を結んでいた。
ちなみにセリーヌが、使い魔契約を結んでいたことに気が付いたのはそれからかなり後のことだった。
ネズミの癖にこいつ、何でこんなに長生きしているんだろうか? と思い調べてみたらセリーヌの魔力がソシッスに流れ込んでいたというオチである。
「なるほど、その日以来お前たちはずっと一緒にいると」
「ずっとじゃないわよ。私は七歳の時に修道院に入ったからね。さすがにソシッスは連れていけなかったから。再会したのは私が聖職任用試験に受かって、故郷に帰った……十二歳の頃かしらね」
そう言ってから、なぜかセリーヌは辛そうな表情を浮かべた。
そして左手首をガリガリと掻き始める。
ソシッスがチュウチュウとセリーヌを慰めるように鳴いた。
(……よく分らんが、なんか変なトラウマを踏んだみたいだな)
アレクサンデルはセリーヌの気を逸らすためにさらに質問を投げかける。
「一つ聞いて良いか?」
「何?」
「どうして、腸詰肉なんだ?」
「言ったじゃない。腸詰肉を齧っていたからって……」
「いや、だからさ」
アレクサンデルは首を傾げて言った。
「ゲルマニア語なら、腸詰肉じゃなくて腸詰肉だろ?」
セリーヌはゲルマニア貴族である。当然、母語はゲルマニア語だろう。
ならばガリア語の腸詰肉ではなく。ゲルマニア語の腸詰肉を名付ける方が自然に見える。
頭の良いセリーヌならば五、六歳の時点である程度ガリア語に触れ、語彙を知っていてもおかしくはないが……
敢えてガリア語で名付けた理由が気になった。
「……セリーヌ?」
「え、いや、はい!」
青い顔で固まってしまったセリーヌに声を掛けると、セリーヌはビクリと大きく体を震わせた。
「え、えっとね……ほ、ほら、子供って習いたての言葉を使いたがるじゃない?私も、その時は幼かったから! ほら、母語じゃない国の言葉ってカッコよく感じるでしょう? そ、そういうことよ。そ、ソシッスって名前がカッコいいなと、思ったのよ」
「なるほど。なんか、可愛いな」
五歳の、幼かったころのセリーヌが得意げに「ソシッス」と名付けている姿を想像し、アレクサンデルは少し微笑ましく思った。
一方セリーヌは青かった顔を見る見るうちに真っ赤に変えた。
「か、可愛いって……や、やめてよ、もう……」
恥ずかしそうに目を伏せるセリーヌ。
その仕草は、やはりとてつもなく可愛らしかった。
気を利かしたからか、それとも食事を終えたからかは分からないが、ソシッスは小さな足音を立ててテーブルから降り、そして部屋の外へと出ていった。
二人っきりになる。
どういうわけか、アレクサンデルは心臓が高鳴るのを感じた。
それは緊張によるものだった。
お互い妙に気まずくなってしまい、会話が途切れる。
何か話そうかとアレクサンデルは口を開きかける。
「セリ――」
が、その時ベルが鳴った。
すると飛び上がるようにセリーヌが玄関へと駆けていく。
「何やってるんだ、俺は」
アレクサンデルはため息をついた。
するといつの間にかアレクサンデルの膝元に登ってきたソシッスが「全く、その通りだぞ。このヘタレ。私の気遣いを無駄にして」とでも言うようにチュウチュウと鳴いた。
「アレク!」
「どうした、セリーヌ」
少し小走りで玄関から戻ってきたセリーヌは、手に手紙を持っていた。
「シャルロットから、快速便よ。まだ開けてないけど、多分治療のことだわ」
「おお! 思ったより早かったな」
アレクサンデルは立ち上がり、セリーヌのところへ駆け寄って、二人で手紙を開いた。
「……何て書いてある?」
アレクサンデルは字が読めないわけではないが、あまり得意とは言えない。
そこでセリーヌに内容を要約してもらえるように頼んだ。
「もう、すぐにでも始められるから来て欲しいって。どうする?」
「……お前が良いなら、俺はすぐにでも出かけたい」
アレクサンデルがそう答えると、セリーヌは頷いた。
「じゃあ今日中に荷物をまとめて、明日の早朝に出立しましょう」
急な用事にも関わらず、セリーヌは一切不満を見せず頷いてくれた。
アレクサンデルはそんなセリーヌの手を握った。
「な、何よ? 急に」
「ありがとう、セリーヌ」
少し照れくささを感じながらも、アレクサンデルは改めてお礼を言った。
するとセリーヌの顔が再び赤くなった。
「ば、馬鹿……そういうのは、治ってからにしなさい。それに……シャルロットにも、言わないとダメでしょう」
「それもそうだな」
翌日、二人と一匹はエンデアヴェント市を出てガリア王国、ルテティス市へと向かった。
ソシッスはこの世界の齧歯類最強です




