side38.相思相愛
同室の先輩に慣れた頃、ジーモンは訊いた。
「先輩、婚約して変わったことはなんですか?」
自分の入学前は某公爵家の狂犬と噂される平民だったのが、自分が入学した彼の学年が上がったタイミングでその某公爵家の令嬢と婚約している侯爵令息へと一変した。
異例の境遇すぎて当初はおっかなびっくり接していたが、人柄を知ると何てことはない呑気な、良くいえばおおらかな怒ることすら珍しい男だった。
立場の変化による周囲の反応はジーモンも知るところであるが、当人は特段変わった様子がない。学園の庭作業の手伝いも卒業まで続けるとのことだ。なら、婚約による心境などの変化はどうだろうかと気になった。
「んー、今もちょいちょい叱られるし、たまに赤くなるのも変わらないな。可愛いの更新してくるのも前からだし」
首を傾げて変更点を探しながらの回答は否だった。そして、惚気でもあった。
彼からするともともと可愛いと認識していた相手で、想いを自覚してから感じる度合いが増し、相手の想いを知って婚約してからさらにその度合いが増した。度合いの増量はあれど、何度も再認識させられるのは同じだ。
「あー、でも、そっか」
回答しているうち、あることに気付く。
「可愛いって思うの普通のことだったけど、それって、最初からずっと好きだったんだなぁ」
想いを自覚したタイミングは覚えてるが、いつからかとなると判然としなかった。愛しさを覚えるのが自身の常識だったが、愛しさを幾度となく再認識して上書きされているのはそういうことだ。
「……先輩って凄いですね」
「何が??」
気付いた事実に破顔するのを眼にして、ジーモンは愕然とした。そんな嬉しげに壮絶な惚気を口に載せるとは。
誰もがたどり着ける境地ではないと知らず、同室の先輩はきょとんとしていた。
そんな話を後輩とした後日、ともにいる婚約者の顔を見ていて、イザークは気付いた。
「そういやさ」
「なんですの?」
唐突な声かけに怪訝になりながら、リュディアは訊き返す。彼の思いつきでの話題は、経緯などいろいろ飛びやすいので、不足している場合に仔細を聞き出す手間がかかる。論理的ではない覚悟をもって耳を傾けた。
「お嬢がカッコいいのって、お嬢が頑張ってるからじゃん。んでも、お嬢可愛いだろ。俺の知っているお嬢が可愛いのって、俺が好きなだけじゃなく、お嬢がずっと好きでいてくれたからでもあって、それってすげぇ嬉しいなって」
今もではあるが、親友とよく口論したのはほぼやきもちだったようで、赤い顔をみる頻度が高かったのも彼女曰く自分が心臓に悪い言動をしたかららしい。つまり、彼女を可愛いと感じた瞬間のほとんどは、彼女が自分に心動かされていた瞬間と同じということだ。
普段凛々しい彼女が、自分に向ける愛らしい一面の理由を理解して湧くのは歓喜だった。
リュディアは開いた口が塞がらない。その顔は首まで真っ赤だ。
昔から人の気も知らないで、と腹を立てることが多かったが、よもやそのすべてを一括で理解して喜ばれるとは思わない。思い知られたら知られたで、これまでを詳らかに暴かれたような激しい羞恥を覚える。
今赤いことも含めて相好を崩されては、どうしようもない。自分ばかりと思っていた期間に想い返されていたと嫌でも思い知らされた。
もはや、心臓を止めにかかっているのではないかとリュディアは勘繰ってしまう。
想いが通じてから、リュディアも幾分か素直になれたと思っていた。だが、上には上がいる。元来正直な性質の男が素直に受け取るようになっては、到底敵わないではないか。
婚約以前の話題になると自分への呼称が旧来のものに戻ってしまう彼に、指摘すらできずリュディアは固まった。
リュディアの困り事は、友人らに惚気話を乞われても、思い出すだけで真っ赤になり黙ってしまうことだ。その沈黙で察せられ、友人らに和まれてしまうものだから、居たたまれなくて仕方ない。
今日もまた心臓に悪すぎて口にできないことが増えてしまった。
元凶は自分が何しても喜ぶので理不尽である。
悪どさの浮かばない自身の潔癖さも婚約者を困らせられない要因だと、リュディアは気付けずにいるのだった。
モブすらを書き始めてから、七年経ちました。
最近出会ってくださった方も、割と前から出会ってくださっていた方も、皆様ご愛顧くださり、誠にありがとうございます。
自分の感じてる感謝が欠片でも伝われば幸いです。そして、読者様によりよいことがありますように。








