sideC.日記
※一章より
お父様へ
初めてのことにどきどきしています。
日記、というものは自分だけが読むものだと思っていたのですが、こうして手紙のようにやり取りすることもできるのですね。彼は本当に変わったことを言うので、困ります。いえ、お父様とこうして日記を通して話せるのは、とても嬉しいです。それだけは誤解しないでくださいね。
彼のことは置いておいて、何から書きましょう。お父様に話したいことがたくさんあるので、どれから書けばいいのか迷います。
あの日、お父様が許してくださってよかったです。カトリンに謝ったときも思ったのですが、人に謝るというのはとても怖いものなのですね。
許してもらえなかったらどうしようかと、本当に怖かったです。お父様に抱き締められたとき、泣きそうになりました。もしかしたら、お父様には気付かれているかもしれませんね。
これからは謝らなくて済むように、恥じない自分になりたいです。すぐには無理かもしれませんが……
そういえば、お父様は紫陽花の花弁に見える部分が、花弁ではないと知っていましたか?
あれは萼という花を支える部分で、実際の花は中央のとても小さいものなのだそうです。花ではないところが緑色以外に染まるなんて不思議ですね。けれど、お父様の魔力で滲むような青と爽やかな薄緑に染まる邸の紫陽花は、きっとアーベントロートで一番綺麗な色だと思います。
ディアへ
私も誰かと共有する日記は初めてだよ。共有する相手がディアでとても嬉しいよ。
彼は面白いコだね。ディアが困るということは、それだけディアと別の感覚を持っているコなんだろう。幼いうちから色んな視点を得られるのはよいことだよ。彼の意見を鵜呑みにする必要はないけれど、耳を貸してからディアが判断するといい。
もちろん、不当なことなどは注意してあげなさい。ディアなら、もうできるだろう。
謝罪の重みを理解しているなんて、ディアは偉いね。そう、謝罪はただ口にすればいいというものではない。成人してもそのことに気付けない者もいる。だから、ディアは怖がることができる自分を誇りなさい。
過ちを犯してはならないけれど、少しの間違いまで責めないように。失敗をすべて責めてしまっては、ディアが潰れてしまう。私たち家族は、ディアを愛している。だから、ディアが少し躓くようなことがあれば、立ち上がるのを見守るし、必要であれば手を伸ばそう。
そのことを忘れず、ディアらしくこれからもいなさい。
紫陽花の花弁のことは知らなかったよ。ディアは物知りなんだね。
私の魔力で染まる紫陽花をそこまで気に入ってくれているなんて知らなかったよ。とても光栄だ。
けれど、私はヴィアやディアの魔力で明るい黄色に染まる紫陽花の色を、この世で一番愛しい色に感じるよ。いっそ私の魔力を封印して、邸中の紫陽花が二人の色一色に染まればどんなにいいだろう。
せっかくの日記だ。これから、ディアたちが日頃どうしているのか教えてほしいな。
お父様へ
今日はお母様やフローラとお茶をしました。…………何故か、彼も一緒に。
お母様は、わたくしやお父様が狡いというのです。わたくしは庭を散歩のついでで会っているにしかすぎませんし、お父様は……、そういえばお父様が彼に会いに行くのはどうしてなのでしょう。お母様のように狡いとは思いませんが、少し気になります。
最近、ときどきですがお母様と一緒にドレスを選んでいます。前日に、どの色のドレスを着て、どのアクセサリーを合わせるかなどを相談するのですが、それがとても楽しいのです。お母様のような素敵な淑女になりたいので、お揃いの色やデザインのドレスを着ることがとても嬉しいです。
わたくしだけが嬉しいのかと思ったら、お茶会でお母様も喜んでくださっていると知り、なんだか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになりました。
あ、お母様にこのことは言わないでくださいね。また揶揄われそうだから、というのもありますが、こんな些細なことで喜んでいると知られるのが恥ずかしいのです。
そうですわ! お父様、凄いのです。わたくし、精霊にお菓子をあげました!
精霊は、魔法を使うときにしか視れないものかと思っていたのですが、召喚以外で交流を図ることができるなんて知りませんでした。
お菓子を食べた精霊は小さくて可愛いコたちばかりでした。手に乗せれそうな大きさで、食べる仕草もとても愛らしかったです。
本当に可愛いので、ぜひお父様にも見てもらいたいですわ。今度のお休みには、よかったら皆でお茶会をしませんか。お父様も一緒に、精霊さんにお菓子をあげましょう。
ディアへ
ヴィアたちとお茶会は楽しそうだね。仕事で、その場に同席できなかったことが悔やまれるよ。
彼に会ったなら、ちょうどよかった。彼は面白いコだから、ヴィアにも会わせたかったんだ。ヴィアの行動力のあるところは実に魅力的だ。彼女に我慢は似合わないからね。
ディアも我慢せずに何でも言うんだよ。ディアは、私たちに遠慮することがあるから心配だ。
ああ、彼に会う理由だったね。彼に限ったことではないが、使用人たちには定期的に感謝を伝えにいっているんだ。エルンスト家に尽くすことは、彼らにとっては仕事だから当然だろう。けれど、私が彼らに感謝を感じていることは事実だ。だから、伝えられる機会は逃さないようにしている。
これで、ディアの気がかりが晴れたかな。
しかし、最近ディアがさらに愛らしくなったのは、そんな理由だったんだね。以前の苛烈な色のドレスも充分可愛らしかったけれど、ディアの着たいドレスを着ている方がいい表情をしているから、私はとてもいいと思うよ。
ディアは何を着ても似合うがヴィアとお揃いだと、女神と天使がいる天国のような光景で、私も幸せだ。ディアが照れてしまうのなら仕方ないね、私の幸福のためにもヴィアには黙っていよう。
精霊はお菓子を食べるんだね。素敵な体験をしたようで何よりだ。
きっと夢のような光景なんだろうね。私が魔法を使うときは、彫像のような人に近い姿をした精霊しか見かけないが、ディアの見たような可愛らしい精霊もいるのか。
素敵なお誘いをありがとう。私も、早く精霊と戯れるディアをこの眼で見てみたいものだ。次の休みが、さらに楽しみになったよ。ありがとう。
お父様へ
最近、メイドたち使用人と仲良くなれたような気がします。
お父様やお母様を見習って、感謝と謝罪を伝えるようにしたからでしょうか、メイドたちが笑ってくれることが増えたように思うのです。少しですが、彼女たちの話も聞けるようになりました。
メイドのリアの家は商家で従業員が多いので、大家族のように賑やかだそうです。お父様が使用人も家族だとおっしゃるように、リアのお父様も従業員の方を家族のように思っていらっしゃるのですね。どれぐらい賑やかなのか、わたくしには想像ができませんが、とても素敵だと感じました。
そういえば、気付いたのですが、せっかく日記を交換しているのにお父様の話をあまり聞いていませんわ。不公平です!
……いえ、わたくしがお父様に話したいことばかりを伝えているせいではあるのですが。けれど、お父様が聞き役にばかり回られるのは狡いですわ。どうして男性は、自分のことをあまり話してくれないのでしょう。
私だって、お父様のことをたくさん知りたいです。
お父様のお仕事のことなど、色々教えてください。以前、我慢をしないように、と言われたので頑張ってみました。我儘になっていないでしょうか……?
ディアへ
使用人たちの表情を見るようになったのは、とてもよいことだ。会話をするためには、相手の眼を見なければならないからね。
ディアは自信がなさげだが、私の眼から見ても、使用人たちと仲良くなったように見えるから安心しなさい。彼女らが自分のことを話すということは、ディアが信頼されている証だ。
さて、私のことだったね。普段、ディアが何をして、何を思っているのかを聞けるのが嬉しくて失念しまっていたよ。すまないね。
ディアの話は、聞いていて飽きないからね。どうしても聞き役に徹したくなってしまう。恐らく、彼もそうじゃないのかな。
私の役目が三省長だというのは、ディアも知っているだろう。魔術省・薬術省・医術省のそれぞれは専門職の者が多くて、他のことに関心や理解が薄いんだ。けれど、実際は関わりが深く、連携を取らなければならないことが多い。だから、三省長はその仲介をしている。
まぁ、要は少し頑固な人たちを仲良くさせる仕事をしているんだ。
書類に眼を通して判子を押す仕事が多いけど、それぞれの省へ訪ねて色んな人と話し合いをしたりもするよ。そうやって、喧嘩をしないように未然に防ぐんだ。
私の直属の部下は、それぞれの部署の者から数名引き抜いているから、色んな考えの者がいるよ。部署間での喧嘩はしていないけど、部下たちはよく口喧嘩をしているよ。ああ、仲良くない訳ではないよ、ただの意見のぶつけ合いだ。
ディアが聞きたいと言ったから、話してみたが、面白いかい? ただ仲介をするだけの仕事で、私が偉い訳ではないから、ディアにがっかりされないかが心配だ。できれば、ディアにとって格好いい父親でいたいからね。
しかし、こんな可愛いお願いをしてもらえるなんて、とても嬉しいよ。
今度から、我儘と思うことは言うだけ言ってみなさい。私もヴィアも、できないことならちゃんと理由を言おう。ディアも理由を聞けば納得できるだろう。そうして一緒にどういうのが我儘か知ってゆこう。
お父様へ
使用人たちのこと、お父様にそういっていただけ、少し自信が持てました。ありがとうございます。
お父様の言葉は凄いですね。わたくしをとても勇気づけてくれます。少し悩むことがあっても、この日記を読み返すと、傍にいなくてもお父様に励まされたように感じるのです。今までもらった言葉を読み返せる日記は素敵ですね。
もし次のものに変わるときがきたら、この日記は私が欲しいです。大事な宝物にします。
三省長のこと、教えてくださり、ありがとうございます。お父様のお仕事がどんなものか聞けて、とても嬉しかったです。
色んな方の話を聞くというのは大変なお仕事だと思います。わたくしや、お母様の話をいつも聞いてくださるお父様だからできるのだと感じました。
お父様は、仲介するだけ、とおっしゃいますが、とても立派なお仕事です。仕事の内容を聞いて、わたくしはますますお父様を尊敬いたしました。
いずれお父様の部下の方にも会ってみたいです。部下の方から、職場でのお父様の話を聞けたら嬉しいです。
こんなに素敵で格好いいお父様を持って、わたくしやフローラは世界一幸せな娘です。
幸せといえば、先日渡した四葉の栞は使えてもらえているのでしょうか。お父様のは、わたくしが見つけたなかで一番大きい四葉で作ったんですよ。
お父様に最大級の幸せが訪れるよう、祈っています。
ぐふ、と吐血でもするかのような呻きとともに、ジェラルドは口元を押さえた。
これから書かなければならない日記を一度閉じ、机に置く。そして、空いているもう一方の手で拳を作り、机を打った。
「私の娘がとてつもなく可愛い……っ!!」
戦慄きながら悶絶する主人を、執事のハインツはとても残念なものを見る心地で、静かな眼差しを向けた。
「毎度同じことをおっしゃられて、飽きないのですか」
「毎回毎回可愛いのだから、仕方ないだろう! これは必然だ!!」
当然いつでも娘は可愛いがな、とさらに不要な補足をされ、ハインツは内心うんざりする。娘のリュディアから交換日記を受け取ったあとは、毎回こうなのだ。主人は飽きなくとも、ハインツは相槌を打つことすら辟易し始めた。
そろそろ本当に相槌を打つのを止めるかどうか、ハインツは検討する。
愛娘の愛らしさに打ち震えていたジェラルドは、おもむろに書斎机の鍵付きの引き出しから一枚の栞を取りだす。
「……使ってほしいと言われてしまった」
「では、そうされればよろしいでしょう」
「そんなことをしては傷付いてしまうじゃないか」
栞が摩耗してしまうことが恐ろしいジェラルドは、苦渋の決断を迫られ呻いた。
そんな主人を見て、ハインツは放置することを決めた。
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当時、お手に取ってくださった読者様、誠にありがとうございます。
※詳細は下記活動報告を参照ください。
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