2-6-1
2-6-1 8月26日水曜日
次の朝「平助、起きて下さい。朝ですよ、起きて下さい」とサクラの小さな声が聞こえてくる。
「そうだ、昨夜目覚まし時計に声を入れてもらったんだ。そろそろ止めないマズイな」と枕元に手を伸ばしても時計は見つからず、目覚ましはしゃべりぱなしだ。
おかしいなと思って、ぐるりと部屋を見回すと
「いけねぇ、昨夜はあのままサクラの部屋で寝てしまったんだ。時計は隣の部屋だ」と、そこには彼女はいなかったし、荷物もなくなっていた。
やっぱりあの時に帰ったんだ。最後に少し記憶が戻ったのに、どうして意識の方がなくなってしまったんだろうと悔やんでいたが、1階からいつものように母の声がした。
「平助、起きたの? 早く朝ごはんを食べなさい」
「はい、今行きます」と、そのまま1階に急いで下りると、また、いつもと同じ料理に戻っていた。
「平助、珍しいわね、昨日は隣の部屋で寝たの」
「あぁ、少し気分転換をしたくてさ。それで母さん、望ちゃんがね」
「誰、その望ちゃんって、新しい彼女の事?」と母はキョトンとしている。
やはり、母も覚えていない、既に母の記憶から彼女は消されているようだ。
でも、俺の記憶からは消されていないと言う事は、また会えるチャンスがあるって言う事かなと、少し嬉しくなった。
「そうそう、新しい彼女さ、凄く優しくて美人だよ」と答えると
「今度家に連れて来なさいよ、あんた高校生になってから彼女を全然連れて来ないでしょ、母さん心配していたんだから」と珍しく昔の話をしだした。
「そうなの、じゃ、その前はよく女の子を連れて来ていたかな」と俺には記憶がなかったので少し訊いてみると
「そうね、よく連れて来てきた子は、確かお花の名前の子だったかしら。
あれだけ仲良しだったのに、急にお父さんの転勤で海外に行く事になったって、
貴方から聞いたのよ。あんた凄く落ち込んでいたでしょう」
俺にはそんな話を母にした記憶がまったくなかったが、これも消されたのかと
「俺、そんな話したかな。それで、どんな娘だったの」
「そうね、清楚でかわいいいくて、でも、変なこと訊くのね、自分の元彼女でしょ」と不思議がっていたが、その場を上手く取り繕うと
「この前、偶然街で彼女に会ったんだ。前とかなり変わっていたので分らなかったよ。夏休みでこっちに帰って来ているんだって」
「そうなの、女性は2年も経つとガラッと変わるものよね。それにしても薄情な娘ね、帰ってきてここに寄らないなんて」
「仕方ないよ、残念だけど彼女は2,3日しかこっちにはいないってさぁ」とごまかした。
ふと、もしかしたら母がサクラの事を何か知ってるかもと思って
「それでさ、彼女の写真なんかないかな、どんなものでもいいけど、昨日部屋のどこを探しても見つからなかったんだよ」
「それで、2階がドタドタ煩かったのね。それで何も見つからなかったて、
そうね、確か、お別れ会でみんなで撮った写真があった筈だけど、
でも、あんたその写真嫌いだって言っていたでしょ」と教えてくれると、
母が意外にもサクラの写真を持っていたのに驚いた。
「えっ、家に彼女の写真あるの。でも、俺が嫌いって、どうしてさ」
「だって、あんた一人泣きべそかいていたので、だから、見たくないって、母さんにくれたのよ」
「じゃ、今どこにあるかな、直ぐにでも分るところかな」
「確か、父さんの仏壇の引出しに入っていた筈よ」と母は簡単に答えたが、俺には直ぐには信じられなかった。
俺は、母の言葉を聞くと直ぐにごはんを食べる手を休めて、ワクワクしながら隣の部屋の仏壇の引出しを開けると、1枚の写真があった。
それは残念ながら集合写真で顔は小さくしか写っていなかったが、そこには南やそしてサクラが俺の隣に写っていた。
「あったんだ、こんな近くに俺にもサクラの思いでが、きっと父さんが守ってくれていたんだ」と、手を合わせると
「珍しいわね、あんたが朝から父さんに手を合わせるなんて、さっそく彼女が出来た報告でもしているの」と母はごはんを食べながら笑っていたが
「そう、もちろん彼女の報告さ」と俺は嬉しくてたまらなかった。