1-7-3
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家に帰って、今日は土曜日なのに母とヒカリは買い物に出て誰も居ないので1人でお昼を食べると、静かな2階の自分の部屋に上がって座禅を組み心を落ち着かせてアラタの言う「聖剣を感じろ、聖剣が何を考え、何を求めているのか感じて、会話しろ」を静に考えていたが、朝の練習の疲れとお腹を満たしたせいか、うとうとし始めた。
どれぐらい眠ってしまったんだろうか、気がつくとまだお昼だというのに薄明かりの中、部屋を見渡してみると、さっきまで居た自分の部屋とは違っていた。
ふと横を見ると今まで見たこともない盾がある。
そして、震える手には見たこともない聖剣が、足もガタガタ震えた状態で何処かの控え室に座っていた。
どうして俺は緊張しているのか。ここはどこなのかと疑問が湧いたが、直ぐにその疑問は解けた。
なぜなら、隣に座っていたどこか見覚えがある若い女性が悲壮感を漂わせ俺に顔を近づいてきて
「落ち着かれましたか、勇者様。どうか無理をしないでください。そして、決して死なないでください。私の為だけではなく生まれてくるこの子の為にも」と抱きついてきたからだ。
俺はなぜか急に抱きつかれたにもかかわらず、少しも驚きもせずに、それどころか当然のようにその愛する女性をきつく抱き寄せて、
「心配するなリュミエール。俺にはこの聖剣ライトニングソードと盾カーボンナイトがある。必ずこの剣と盾が俺を守ってくれるはずだ。そして、苦労も今夜までだ、明日から何も心配せずに3人で暮らせるのだ」と口付けを交わした。
それを見ていた彼女の傍らにいた老婆が「勇者様、必勝を願ってこれを飲むのがこの国の慣習です。どうぞお飲み下さい、そして勝利して下さい」と銀のカップに入ったワインを俺に差し出すと、それを躊躇せずに一気に飲み干し心を落ち着かせて闘技場へと歩いて行った。
闘技場につくと観衆は誰もおらず異様に静かだった。ただ数人の王族と関係者と高台には荘厳な椅子に国王らしき人が座っているだけだった。
すると俺の対面から体格の良い男が剣と盾を持って数人の男に囲まれた現れた。この国一番と噂される男だった。
両者中央によると互いに抱き合い「正々堂々と最善を尽くそう」と口にすると、国王らしき人が「さぁ、始めよ」と闘技の開始の合図がなされた。
最初は両者共に間合いを取って相手の動きを見ていたが
「何をしている、グズグズするな」と王族の誰かが叫ぶと、相手の男は剣を振り上げてかかってくるが俺は盾でそれを受け止めると、ズシッと重かった。
「凄い力だ、いつまで耐えられるだろうか」
そして、今度は剣を振り上げて上下左右から次々とかかってくる。
その度毎に盾で受け止めはするが、毎回ズシッと手に思い負担がかかってきた。
「これではマズイ、力の差が歴然だ」と少し離れて距離をとって息を整えて、今度はこちから聖剣で攻撃すると、男も盾で受け止めたが、そこで怯まずにそれでも前に出てきて俺に攻撃をしてくる。
完全に俺の方が押されていた。俺の劣勢の攻防が長く続いていたので、
「早く片付けてしまわないか。半獣になれ」とまた王族の誰かが叫ぶと
男は少しいやな顔を俺にしたが「すまない、俺には自由がないのだ」と言って、何か呪文を唱えると今までとは一回りも大きな半獣となった。
すると、その振り下ろす剣の威力も倍にはなり、盾で剣を受け止めるが一撃で俺の手には力が入らなくなってきた。
「このままいつまで耐えられるだろうか、これでは駄目だ」と感じた。
俺は、半獣と戦ったことは過去に数回あったので、相手は力で押してくるはず、距離を取って攻撃を交わし続ければ、相手の体力は消耗し勝機は俺にも有ると控え室で思っていた。
しかし、さすがに国一番と噂される男の攻撃は重い上に速く鋭く、盾で交わすのがやっとでこちらか反撃する暇がない。それに俺の手にはもう力が入らなし既に息が上がってきたが、彼の表情は変わらなかった。
このままでは負ける、いや絶対に勝たなくてはいけない、これからは3人で暮らすのだと「ライトニングアロー」と叫び、剣先から光の矢を飛ばして男に襲い掛かったが、男も盾で防ぐとまた俺に襲い掛かってくる。
「くそっ、アローでは駄目なのか」
半獣に変身した男とは歴然たる力の差があったが、勇者たる者こんな攻撃はしたくはなかったが3人のために仕方ないと
「ライトニングビーム」と叫び、剣先から無数のビームを男の目に向けて放つと、不意に暗い闘技場で眩い光が入ったため目がくらんで男に一瞬隙ができた。
ここだと、全身の力を込めて飛び込んで剣を振り下ろすと、男の盾の反応が少し遅く、俺の剣は相手の脇に深く刺さり相手は跪いた。
男はどうにかして立とうとするが脇腹の傷が深いせいで足に力が入らず立てない。
無責任な王族から「止めを刺せ、早く刺せ」の声が上がったが、
俺は脇腹を押さえて跪いている相手の前に黙々と出て
「すまない、勇者たる者がこんな手を使って」と謝ると男は
「いいのだ、これも勝負。でも今度戦う時は半獣や聖剣ではなく、人と人とで正々堂々と最善を尽くそう」と言うとうガックと項垂れた。
「分かっている、俺も分かっている。もう、何も言うな。早く治療を」と俺が救護を呼び、
「もう勝負はついた」と大声で叫び、ワイワイ騒いでいる王族を黙らせると、俺が闘技場から出て、急いで控え室に戻った。
控え室の扉を開けると心配そうに座っていた彼女が俺に気づき、急いで立ち上がって泣きながら抱きついて
「勝ったのね、よかった、よかった」と喜んでいたが、
その時、俺は急に力が抜け出し、抱きしめている彼女から手がすーっと落ちると、意識が朦朧となり、一言も彼女に声をかけることが出来ずにそこに倒れてしまい、遠くで彼女の俺を呼ぶ声だけが聞こえていた。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう、何かで顔を叩かれている感じがした。
気が付くと勝利の祝杯の場ではなく、俺は薄暗い牢屋の中で鎖に繋がれていた。
「この卑怯者が、お前はとんでもない勇者だな」王族の一人が俺を罵った。
「何を言っているのだ、それはどういうことだ」
「お前は対戦相手に薬を飲ませて、勝ちを得た卑劣な勇者だ」
「薬」と言う言葉を聞いて、俺が控え室で倒れた理由が分った。
俺は人生最大のミスを犯してしまった。余りの緊張で聖剣に毒見をさせていなかった。何のための真実の剣なのかと悔やんだが、もう遅かった。
「くっそ、図ったな、俺のワインに薬でも入れたのか」
「お前は、明日広場で処刑される。それまで大人しく待っていろ」と王族は牢獄から出て行くと、看守が一人牢屋に立った。
「くそっ、勝っても負けても俺は死ぬ運命だったのか。そうだ、彼女は大丈夫だろうか」
それから、どれぐらい時間が経ったのだろうが、牢屋の前でもの音がした。
目を開けてみると腹に手当てをした対戦相手の男が看守を殴り倒し、鍵を奪って牢を開けて鎖を外しくれた。
「さぁ、急いで下さい。外で姫様がお待ちです」
「ありがとう、でも、こんなことをして、貴方は大丈夫ですか」
「この国の王族は汚いやつばかりですがバンパイアが全て卑怯者とは思われたくはないのです。王族は、もし私が勝っても用がなくなれば、なにか理由をつけて殺すでしょう。それが少し早くなるだけのことです」と、傷ついた体で俺を外まで導き、そこには聖剣と盾を持って姫が心配そうに待っていた。
「さぁ、急いで港まで」と男は俺と姫を待たせた馬に乗せると闇夜を急いだが、直ぐに脱獄はばれ、港までの途中で追っ手に囲まれてしまった。
このままでは全員殺されると思い、俺は馬から下り「早く、港へ急ぐのです」と男に1人で行くのを嫌がる姫を託し「どうかご無事で」と彼女の逃げ道を作るとそこに留まった。
そして、追っ手に囲まれながらも時間を稼ぐために逃げずに足止めを試みていたが、ついに追っ手は半獣に変身し容赦なく俺を襲いだし、俺も防ぎきれずに深手を負ってしまった。
もう、俺1人では食い止められない、これで最後かと片膝をつき、もう一歩も動くことができなくなった。
「すまない。ここで最後だ。これまでありがとう」と聖剣と盾に別れを告げた。
すると、手に持っていた聖剣はすっと暗い空に上り眩いばかりの光を放ちだして夜の暗闇を切裂くと半獣になって襲いかかっていた追っ手はその変身が解かれ人の姿に戻った。
今度は手に持っていた盾の影が伸びてその追っ手を縛り上げた。
俺は、これが聖剣と盾の別れの挨拶か、これで姫は助かると安心してそのまま倒れてしまった。
夕方近くに買い物から母と帰ってきたヒカリが起こすまで眠っていたようだ。
「ごめん、ごめん、少し寝ていたようだ」
「少し、何言っているの、もう夕方よ。今おばさんと買い物から帰ってきたとこ。
それでね、おばさんからいっぱい買ってもらっちゃった」とデパートの袋を俺に見せて笑っていたが、散らかったと言ううよりは、何か捜し物をして荒らされた言う感じの部屋を見て
「でぇ、昼間は、部屋の掃除でもしていたの、それとも探し物でも、部屋をこんなにして」と驚いていた。
「いや、そんなことはないけど」彼女が変なことを訊いてきたので、部屋を少し寝ぼけた目で見渡すと、彼女の言うとおり、かなり散らかっている。なぜ散らかっているのだろうか。
「確か、お昼を食べて少し考え事をしていたら、うとうとっとして、おかしな夢を見て」
「嘘ばっかり、疲れたので途中で探すの諦めたんでしょ。でぇ、仕様書とか出てきたの」
「いやいや、探し物なんてしていないけど」
「あら、この赤いカバン、この部屋で始めてみるけど。仕様書を入れて分からなくなっていたカバンと違うの」と彼女が俺の横に落ちていたカバンを拾い上げて見せると、確かに今まで見つからなかったあのカバンだった。
「ほら、やっぱり、探し物していたんでしょ。平ちゃんの部屋に泥棒が入るわけないし、もう直ぐ夕飯だから早く1階に下りてきて下さい」と彼女がかわいいく言って買って貰った荷物を持って隣の自分の部屋に戻ると
確かに俺は部屋で考え事をしていて、ついつい寝ってしまっただけなのに。
探していたカバンが出てきている。誰かが探してくれたんだろうか。
でも誰がそんなことを、そんな馬鹿な話はないよなと納得した。
「そうだカバン」と、中を確かめると仕様書と小袋、福袋が確かに入っていた。
でも、仕様書と小袋はもう必要ないので捨ててもいいけど、福袋はどうしようかと中身を見ようとようとしたが
「あぁ、それどころじゃない。無茶苦茶に散らかったこの部屋の掃除をしなくちゃ」くっそ、また仕事が増えてしまった。
「そうだ、今夜にでもヒカリを上手く騙して2人で楽しく掃除でもするか」としか考えずに1階に夕飯を食べに下りてしまった。
俺と母とヒカリとの3人一緒の最後の夕飯を食べながら、母とヒカリは夢中で今日の買い物の話をしている。
「平ちゃんも一緒に来ればよかったのに、ほら、これ」ヒカリがスマホを見せると、母が俺となら絶対に行かない高級な店でヒカリと2人でお昼を食べている。
「おいしく、おいしくて幸せでした。おばさんにまた行きましょうって約束したのよね」
「ヒカリちゃん、す―ごく気に入ったみたいね。おいしい、おいしいって、普段の倍は食べたのよ」母も嬉しそうしている。
彼女がまた違う写真を見せると、今度はスイーツの店だった。
「ここも、美味しかった。ここはそんなに高くないので、平ちゃん、次回はお願いね」と彼女が余りにも楽しそうなので、俺は朝からアラタにボッコボッコにされたのに、このやろうと思って
「早起きができたら、連れて行きます」と彼女には絶対無理なことを言うと
「このいけず」とお前の出身地はどこだと突っ込みを入れたくなる返しだった。
それから母とヒカリから次々と、どの店のあの服が良かった、あの服は安かった、あの店は美味しかったとか、男の俺にはどうでもいい事を2時間ぐらい聞かされたが、3人では最後の夕飯なので「そうなの、そうだよね、よかったね」と相槌を打ちならが楽しそうな彼女を見ながら夕飯を済ました。