1 お后候補が二人!?
水瀬透子は顔を上げると時計を見た。
「よし、間に合った!」
「水瀬先輩、今日デートって言ってましたもんね。早く彼氏さんのところに行ってあげてください!」
隣のデスクの英子は歯を見せて笑った。
「ありがとう。そうするわ」
透子は急いで荷物をまとめると、英子に手を振る。
「んじゃ、お疲れ様〜!」
「はーい、お疲れ様でーす!」
英子の挨拶を背に、透子はオフィスを後にし、足早に待ち合わせ場所に向かう。途中、すれ違う恋人たちを見つめる。
修二のやつ、もう待ってるかな? 待たせないようにしないと。
もう私も三十二だし、そろそろ結婚の話が出そうな気がするんだよね。透子は密かに期待していた。
待ち合わせ場所の最寄り駅に着くと、人込みの中から修二を探す。
駅前は透子と同じように誰かを待つ人々でごった返していた。
「あれ? まだ来てないかな?」
そこで不意に肩をたたかれ、振り返るとスーツ姿の女性が立っていた。その女性は透子を見て微笑む。
「透子、待ってたよ」
しばらく誰なのかわからなかったが、幼馴染の橋本留里だと気づく。
「留里!?」
嬉しくない再会に、透子は嫌な予感がして鼓動が速くなるのを感じた。
「透子、ごめんね。留里たち、話さないといけないことがあるの」
『留里たち』と言われ、留里の横に立つ人物に視線を向けると、そこには修二が立っていた。
透子はしばらく留里と修二の顔を見比べ、今の状況を理解すると、一瞬かっと頭に血がのぼった。また!? いい加減にしなさいよ! と心の中で悪態をつき、二人を見つめる。
透子の冷たい視線などお構いなしに、留里は頬を赤らめ、申し訳なさそうに修二の腕に手を絡ませて言った。
「留里たち、付き合うことになったの。修二は透子より留里がいいんだって。それに見て、このルビーのピアス」
留里はピアスを見せつけながら続ける。
「修二からもらったの。透子はこんな高価なプレゼント、もらったことないんじゃない?」
そんな安物のピアス、もらったからってなに? 修二も、こんな子を選ぶなんて信じられない。
繰り返し見てきた光景。透子がこうして留里に彼氏を略奪されるのは今回が初めてではない。
なんで私の彼氏を奪うの? 留里、なんで私なの!?
透子はなんとか怒りを抑えようと深呼吸すると、今までの楽しかったころを思い出しながら、修二を見つめた。
だが修二はバツが悪そうに、透子から視線をそらすだけだった。
言い訳もないわけ? 結局修二も今までの連中と変わらない、たいしたやつじゃなかった。
透子が唇を噛みしめていると、留里は勝ち誇ったような顔をした後、修二にうっとりとした視線を向けた。
「ね、修二。透子は留里とちがって、真面目すぎて面白みがないって言ってたじゃない? 今後のことも考えて、教えてあげたほうがいいんじゃないかな」
修二は透子に向き直って言った。
「俺が留里とこうなったのは、お前が仕事に夢中で俺の相手をしないからだろ?」
「は?」
透子はその一言で、修二への気持ちが自分でも驚くほどすっと冷めていくのを感じた。透子が一生懸命仕事を頑張っていたのは、二人の将来のことを考えてのことだ。
それなのにこんなふうに裏切られ、透子が原因であるようなことを言われれば、愛情など残るはずもなかった。
透子はすべての感情が死んでしまったように感じ、無表情で答える。
「あっそう。ご勝手に。私帰るわ。疲れたしお腹も空いてるんだよね。ビール飲んで寝るわ」
とっさにそう答えて踵を返す。すると修二が腕をつかんだ。
「待ってくれ、透子。俺は……」
「触んないで、気持ち悪い!」
透子はその手を振り払う。
その瞬間、右側から眩しい光が差した。
やだ、ちょっとまぶしいんだけど、一体なに?
目を細めて光のほうを見ると、その光は留里へ迫っているように見えた。
留里は恐怖に顔を引きつらせ、叫び声を上げると透子の腕をつかみ、その光のほうへ透子を突き飛ばした。
「ちょっ、なにすんのよ!」
そう叫ぶ透子の声は轟音にかき消され、透子と留里はそのまま光に包まれると意識を失った。
気づけば、透子はどこかの神殿のような場所にいた。豪奢な彫刻が施された柱が何本もそびえ、天井は高く、天使の絵が描かれている。
起き上がると、自分たちを取り囲むように中世の貴族の格好をした人々がこちらを遠巻きに見つめていた。
え? どういうこと? 私は留里に突き飛ばされて……。じゃあもしかして、私、車に轢かれた? あの光は車のライト? 周囲を見渡すが、そこはどう見ても天国には見えない。
そこで留里のことを思い出す。留里はどうなったの? 慌てて床のほうに視線を移すと傍らに留里が倒れていた。
「留里!」
大声で名前を呼ぶと、遠巻きに見ていた人々の中から一人がゆっくりこちらへ歩いてくるのが見えた。その人物はローブを着た品のいい男性で、そばまで来ると透子に声をかけた。
「お嬢さん、きっと彼女は大丈夫でしょう」
透子は身構える。この人はなんなのだろう。なぜそんなことが言えるの? 透子には理解が追いつかなかった。
「あなたは誰ですか? ここは? それになぜ私はここにいるんですか? 私、死んだんですか?」
その質問にローブの男性は優しく微笑み、混乱する透子を落ち着かせるように言った。
「あなたは、死んだりなどしていません」
透子はこの男性が信頼できる相手なのかわからず、無言でじっと見つめた。
「失礼しました。私の名はイーへ。大丈夫、落ち着いてください」
そのとき留里が目を覚ます。
「透子、ここは……?」
「留里、目が覚めたのね」
イーへは穏やかな顔つきで二人を見つめると、改めて言った。
「あなた方は選ばれ、ヴァレンディアに導かれたのです。お二人をシジル・レゾナント候補としてこの世界にお迎えしました。選ばれた方には、王太子のお后となっていただきます」
透子は問い返す。
「ヴァレンディア? シジル……レゾなんとか? それに、お后って……?」
その横で留里が瞳を輝かせた。
「お后!? ということは、留里、プリンセスなのね!」
透子は訝しげにイーへを見つめて言った。
「突然呼ばれて、お后って。納得できませんし、意味もわかりません」
イーへは大きく頷く。
「そうおっしゃるのも仕方のないことです。とにかく説明いたしますから、こちらへどうぞ」
その言葉を合図にイーへの背後にいた兵士たちが透子と留里の元へやってくると、手を差し伸べた。
透子はその手を取ると兵士たちに案内され、長い廊下を歩いた。どこに続いているんだろう。それに、ここはお城? ドッキリかなにか? それにしても、私たちを騙すためだけに、こんな場所を準備するなんて考えられないけど。
それから、もう一つおかしなことがあるんだよね。留里の容姿が変わってる。だいぶ若返ってる。
透子は歩きながらそっと廊下にある鏡を覗き込む。すると、自分も若返っていた。
もしかして、これって夢なのかもしれない。それにしては、妙にリアルだけど。透子はそんなことを考えながら、イーへに続いて歩いた。
そうして透子たちは、訳もわからぬまま応接室のような部屋へ通され、勧められて豪奢なソファに腰掛ける。
整いすぎていて、なにかのドラマのセットみたい。
透子が周囲を見渡していると、イーへが口を開く。
「突然のことで、戸惑っておいででしょう」
透子は我慢できずに質問する。
「あの、私たちの姿がちがうのですけれど、どうなっているんでしょう?」
イーへは優しく微笑んで言った。
「この世界では、魂の状態が姿に反映されます。お二人は今、この世界に来たばかりですので『基本の姿』になっているのです」
留里がややムッとしながら答える。
「ということは、留里たちが精神的に幼いってこと?」
イーへは声を出して笑った。
「いえ、誤解を招いたようですね。未熟という意味ではありません。これから変化していくのです」
透子はその話に疑問を抱く。この世界? イーへの言葉は、まるで自分たちがちがう世界に来たかのように聞こえる。
そんなことを考えている透子に構わず、留里は興奮気味に身を乗り出しながら訊く。
「じゃあ、これからもっと留里に相応しい『本物の留里』になれるってことだよね!」
イーへは不意を突かれたような表情を浮かべ、答える。
「そうですね、そういうことかもしれません」
留里は満足そうに微笑むと、透子をちらりと見て言った。
「なるほどね〜、これから透子も留里も相応しい姿に変わるんだ〜。楽しみ」
嫌な感じ。透子は留里を無視した。
イーへは変わらぬ笑顔を見せ、話を続ける。
「ヴァレンディアでは、シジル・レゾナントの素質のある人物をノルティアからお迎えしています」
透子が質問する。
「そのシジル・レゾナントってなんですか? それにノルティアって……」
「すみません。説明不足でしたね。私たちはあなた方が住む世界をノルティアと呼んでいます。それとシジル・レゾナントとは、ざっくり言いますと、クイーンズ・シジルを扱う能力がある者を指します」
クイーンズ・シジル? それを扱う?
「留里と私、二人でその役目を?」
イーへは一瞬困った顔を見せた。
「本来であれば、召喚されるのはお一人だけのはずでした」
そこで留里が不満そうに口を開く。
「じゃあなんで透子もいるの? おかしいでしょ」
イーへはゆっくり首を横に振った。
「私たちにもわかりません。このようなことは、建国以来初めてですから」
留里は不思議そうに言った。
「なんで? 簡単なことじゃない? 絶対にお后は留里だもん」
イーへは苦笑した。
「そう簡単にはいかないのです。とにかくお二人が候補であることに変わりはございません」
透子と留里は顔を見合わせる。先に口を開いたのは留里だった。
「留里は絶対に譲らない。だって留里がお后だもん。透子は帰んなさいよ」




