健康管理しなくちゃダメですよ!
白狼の一件で、ギルド内では冒険者や受付嬢の健康も多少は考えることになった。
例えば大型の依頼、クエストの場合は3回に1回休みを入れること。寝不足や体調不良が続いたら必ずギルドの回復師に相談すること。体調不良で迷宮に潜れば、自分はもちろん、メンバーにも迷惑をかけることなどの説明書きも手渡された。
基本、この世界の多くは自営業が多い。働かなければ収入は得られない。しかし、無理をすれば病気になったり、怪我をしたり事故にも遭いやすくなる。これは、一度統計を取ってみようかな。
受付嬢の場合、10日働いたら必ず1日休む。夕方6の鐘が鳴ったあと残っていいのは2人だけで、他の人は必ず帰宅する。残る人は交代制。など、週休2日制とまではいかないが、かなり改善される予定だ。受付嬢は、お給料制だからできることだ。
しかし冒険者は違う。大型迷宮に入ったら、10日近く出て来られないことだってある。体調不良で入れば、すぐにリタイヤになり、報酬を得られる前に装備品の支払いなどでマイナスだ。
この世界は社会保障や保険制度はない。出来高制度の自立自助だ。仕事をしなければ明日の食事に困ることもある。
ただし、冒険者の問題は、報酬をもらうとすぐ酒に消える人が多いことだ。たしかに、明日をもしれない命なら、好きにお金を使いたいという気持ちはすごくわかる。わたしが頼子の時に、買ってページも開かずに終わった本がどれだけあったことか。無念だ。
とにかく、ワークライフバランスと、リスク管理を徹底しなければ、とわたしは一受付嬢の分際でかたく決意をしてしまった。
そんな決意がギルド全体にも広まったのか、バッグさんとセリナの健康講座というのを、ギルド全体で開くことになった。なぜだ?
冒険者はその日は全員迷宮に入らず、参加必須。どうしても都合がつかない人は、別日にバッグさんから講義をうける。受けないと依頼を受けられない、というペナルティ付きだ。冒険者資格試験でも、面談の時にその話があるようだ。
ジルさんなかなか厳しい。
リスク管理の1つとして、報酬の1割は常にギルドに預けて、仕事ができないときの生活費にする、という制度まで考えている。やったね!社会保険制度の始まりだ。もちろん、互助制度ではないので、その人それぞれの報酬を預かり、何もなければ引退の時に受け取れる。命を落とした場合には、家族に渡されるということも考えている。おー、年金制度の始まりだ!リスク管理は大切。保障がない生活はダメということだ。
そんなこんなで、働き方改革!が始まった数日後、今年の冒険者資格試験が始まった。
冒険者資格試験の早朝。ギルドの職員はもちろん、試験監督となる元Aランク以上の冒険者や、現在Sランクの冒険者たちが王都のセントラルセンターにやってきた。
国の冒険者たちを束ねる、国土防衛官長が挨拶をし、それぞれが試験会場に散る。わたしたち受付嬢は筆記試験の試験監督で、ベテラン職員とジルさんや一部の元冒険者は面接官。わたしたちは、センターの建物内の、割り当てられた部屋に急ぐ。元Aランク以上の冒険者と白狼たちSランクの冒険者たちは、センター中央にある広場で実技試験だ。
筆記試験には、今までになかった食と健康管理の質問も入っていた。大切だけど、過去問にないなんて、ちょっと意地悪かも。
受験生は、まず全員が一斉に筆記試験を受ける。筆記試験が終わると二手に分かれて、面接と実技試験になる。面接と実技試験の間、わたしたちは、筆記試験の採点をしている。
採点をしている間は、みんな無言のまま、間違いや不正がないよう、黙々とと点数をつけていく。筆記試験はほぼ選択問題なので、採点は簡単だけど、字があまりにも汚いと、採点官の上司に判断を仰ぐことになる。
正直、冒険者になりたい人の中で、字がきれいな人は少ない。字がきれいなら、最初から事務仕事を目指しているだろう。
その中で、やたらと字がきちんとしていて、しかもほぼ満点、18歳の学院卒という受験生がいた。番号は504番。まず、18歳で学院を卒業という時点で、かなり優秀ということがわかる。一般の人は15歳から16歳で入学し、卒業は早くて19歳か20祭になる。
採点が終わったあと、受付嬢たちの間で、なぜ冒険者に?という疑問と興味が湧いた。
504番の受験生は、面接こそイマイチだったようだが、実技もオールAで合格した。格闘のほか剣技、魔法とオールマイティにできる人らしい。しかも辺境伯の三男。学院卒なら冒険者よりも、騎士団の方がいいのではないかという逸材だ。
面接がイマイチだったのは、どうも思考が斜め上の返答が多く、みんな理解不能だったということだ。それは俗に言う、不思議くんではないだろうか。
そんな彼の返答を、試験監督たちは頭が良すぎて、こちらでは理解ができないのかもしれない、ということで片付けたということだ。
しかし、それではどこの冒険者パーティにも入れてもらえないのではないだろうか。大丈夫か?
コミュニケーションは、グループ活動で最も重要視されること。ソロで活動できるのは、かなり下位の依頼くらいで、Dランクを超えたら最低でも3人は必要とされている。勇者の白狼だって、普段ソロで活動はしていない。
「お疲れ様ー」
「お疲れ様でした。」
「今日は、ありがとうございました。」
「遅くまでご苦労様でした。」
合格者が決まり、発表の準備ができると、みんなは会場を出て解散となる。
帰り道、
「セリちゃん、セリちゃん。504番の人見た?」
先輩のルリアさんと、勇者パーティのミリカさんから声をかけられる。
「いいえ、採点はしましたが。」
「実技、めっちゃ強かった!魔法もかなりのレベルだったよ!すぐにでもうちのパーティーに欲しいくらい。」
ミリカさんが興奮気味に話しかけてきた。
しかしルリアさんは
「あー、でもねーなんだろう。言っていることが謎すぎてよくわかんない。冒険者になった動機も、迷宮の中に異世界への扉があるかもーとか。騎士団は戦争の道具にされるかもしれない、とか。魔法を学んでいるのも、もっと清潔なトイレを作りたいから、とか。」
「そんなことで、野営できるの?冒険者、野営絶対だよ。どこの冒険者に入ってもやっていけないよー。」
ミリカさんとルリアさんの2人は、笑いながらそんな話をしていた。
しかしわたしは、もしかしてという考えが頭の中に浮かぶ。そう、わたしも前世の記憶が蘇った時、一番に悩んだのはトイレとお風呂だった。
元々前世のトイレは世界一と呼ばれるほど、きれいで清潔なことが当たり前だった。この世界のトイレ事情は、前世でいう未開の土地並み。まるで江戸時代。
もし、504番の人も前世にわたしと同じ日本での記憶があるなら、言っていることがわかるかもしれない。あったみたい。
早く合格発表を見にギルドに来ないかな。
少しワクワクしながら、2日後の合格発表を迎えた。
合格率5倍、合格者数18人が、翌々日ギルドに集まった。元冒険者の弟子だった人たちの多くは、すでに仲間で固まって、ワイワイやっている。1人の人も、お互い声を掛け合って仲間を作ろうとしている。
しかし、みんなが思った通り、504番の人は1人ポツンと立ちすくんでいる。周りはトップ合格というのもあり、仲間に入れたくて様子を見ているのに、声をかけようとすると、サッと顔を背けたり、逃げたりしている。挙句の果てに、説明をするためにその中にいた受付嬢のわたしの背中に隠れた。
えーっ!?もしかしてこの人、不思議くんな上にコミュ障?
そこで、少しだけ後ろを向きながら小さな声で
「あの、みなさんとコミュニケーション取らないと、ダメですよ。」
と囁くように声をかけた。




