第1話
不思議なことがあった次の日。あんなことがあったから学校には行きたくはなかったが、どうやら母親の話を聞く限り、僕は普通に学校から帰ってきて、そのまま寝たとのことで、どうやらなかったことになっているらしい。
「仕方ない。行こうか」
鏡に映る自分は、殴られた痣も、転落したケガもなく、いたって健康。普段通りの自分だった。
学校に行く支度を終え、行きたくない気持ちが足を重くするが、引きずるように玄関へ向かった。
「いってきます」
小さい声で、聞こえるかわからない声で言った。
「いってらっしゃーい」
玄関の先から見える台所に母のブラブラと振られた手だけが見えた。
昨日のあれは何だったのだろうか。
いつも読んでいたラノベの登場人物のクレア。彼女は確かに実在した。あれは幻なんかではなかった。飛び降りた痛さは体が鮮明に覚えている。それを思い出すと体が震えた。
「行きたかったな……」
自然と口から言葉が出た。僕はこの世を捨てて、ホーリーランドへ行きたかったのだ。でも僕はこの世界に今日もいる。この地獄に。
学校の門をくぐり、僕は校舎を見上げた。すると近づく人物の影があった。
「おはよー。八神くん。今日も元気ないねー」
体が痛む。あの顔だ。不知火コウジ。コウジは僕の肩に腕を回す。
「今日も昼休みにあの教室に来てね」
コウジはそう言い残し、仲間と一緒に校舎へ入っていく。今日もいつもの憂鬱な時間が始まる――。僕はそう思った。
午前の授業中は軽い嫌がらせはあったが、直接なものは何もなかった。そして、昼休みがやってきた。
「やーがーみーくーん。じゃあ行こうか」
昼食も取らずにニヤついたコウジがやってきた。この場所では何もされない。コウジはみんなの前では人気者で、慕われる、力を持つ者だったからだ。僕はコウジの後ろに着いて歩く。
「コウジ、どこ行くのー?」
クラスメイトの女子がコウジに声をかける。
「ちょっとみんなでバスケしてくるわー」
笑顔で手を振りながら教室を出た。行く先はあの3階の教室だ。そこに入るとすでに数人のコウジの仲間が昼食を摂っていた。
「なんだよー。なんで先にメシ食ってるの?」
コウジが残念そうに言う。早く僕を痛めつけたいのか。そう思わされるような発言だった。
「あー。もう。始めちゃうよー」
コウジは振り向きざまに僕に膝蹴りを入れてきた。
「うっ……」
僕は膝から崩れ落ちる。そして間髪入れずに蹴りが脇腹に突き刺さる。
周囲から笑い声が聞こえる。まるで昨日の繰り返しだ。どうしてこうなったのか。僕は間違っていない。決して間違っていないんだ――。
蹴られ、殴られしている最中に思い出されるのは、かつての記憶だった。
(もう……いやだ……)
フラッシュバックするのは、かつて同じくクラスに在籍していた友人だった。僕は君を助けたかった。でも出来なかった。そして君はいなくなった。
次は僕だ。午後から僕のケガが怪しまれないように決して顔は狙わない。狡猾さと陰湿さを含んだ暴力を次々と浴びせられる。
(また飛び降りようか……)
クレアがまた助けてくれるかもしれない。そう思ったが、その保証はない。自分で何とかしないといけないんだ。あの時、君を守れなかった僕が、自分で何とかしようなんて甘え考えかもしれないが、それは咄嗟のことだった。
クレアが頭に浮かんだことが、きっかけだったのか、目の前に文字が浮かぶ。
【スキル・ブックマークを発動しますか?】
「なんだ……これ……」
僕の目の前に現れた文字。コウジには見えていないのか? これは何だ。訳が分からなかったが、咄嗟に【はい】と願った。
その瞬間だった。教室の中だった風景は一瞬で変化する。そこは草原だった。
「なんだ、これ」
そこの教室にいた全員が、急に変化した風景に戸惑いを隠せない。コウジや取り巻き、そして僕自身も訳が分からなかった。
理解が追い付く前に、さらに異変が起こった。
【エクストラスキル・キャストを発動しますか?】
【はい】
【キャストを選択してください】
【兵士A・兵士B・ロイ・クレア・魔獣A・魔獣B・大蛇】
次々と目の前に現れ、移り変わる文字。そしてロイの文字が光る。
【キャスト・ロイを発動します。】
目の前の文字が発動を告げる。その瞬間だった。コウジが驚きを隠せずに『俺』に向かって呟いた。
「なんなんだよ、八神……」
「あ? 俺はロイだけど。なんなんだこの状況は」
自然と言葉が浮かび、勝手に口が動く。体が動く。
「ちょっとやりすぎだ。いじめってのはいつも胸糞悪いな」
そう僕は右手で光を集め、剣を形作る。
「召剣・光」
僕は光の剣を構え、それで空間を切り裂いた。その一閃はコウジと取り巻きの間を一瞬で光が駆け抜け、草原を二分にした。
コウジたちは腰を抜かし、座り込んでいた。
「つまらないことしていないで、真っ当に生きるべきだよ。じゃないと次はあんたたちの体は真っ二つになるよ」
僕はそう言うと【キャスト・ブックマークをを解除します】と眼前に現れ、そこは教室に戻っていた。切り裂いた草原はもうそこになく、あるのは立っている自分と、座り込んでいるコウジ達だけだった。




