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宇宙人との会談       :約3000文字 :SF :宇宙人

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/05/20

『さあ、いよいよラプ星人と総理の会談が始まろうとしています。アメリカ、中国、イギリス、ドイツに続き、ついに私たちの番です! 総理は紺色のジャケットに白のインナー、すっきりとしたパンツスタイルで登場。今、ラプ星人の代表の隣へ並びました! 総理は満面の笑みで握手を交わし――あっ、拳を高く掲げて、ぴょんぴょん飛び跳ねています!』


 ……大丈夫なのか?

 おれはソファに腰を沈め、テレビ中継を見つめながら眉をひそめた。

 ある日、ついに宇宙人が地球へやってきた。ラプ星人と名乗るその種族は、まずアメリカを皮切りに各国の首脳と順番に会談を行い、どの国と正式に友好関係を結ぶか見極めるという。

 人類史上、前例のない大転換点だ。人類が宇宙へ扉を開いた――いや、手を差し伸べられた瞬間と言えよう。当然、世界中が大熱狂した。この国でも今日に至るまで連日、特集が組まれていた。だが、期待が膨らむ一方で不安の声も少なくはなかった。

 というのも、総理はこの国初の女性総理大臣ということで話題性こそ抜群だったが、就任してまだ日が浅く、その手腕については国民の多くがいまだに測りかねている状態なのだ。

 そもそも、おれは議員投票で国のトップを決めるという制度そのものに、どこか釈然としないものを感じていた。それでも、選ばれた以上は相応の能力があるはずだが……。

 まあ、いずれにせよ、こうした場では官僚が用意した原稿をもとに無難な受け答えをするだけだろう。余計なことさえ言わなければ問題ない――ん?


『どうやら、ラプ星人側の通訳にトラブルが発生したようで、会談開始まで少し時間を取るとのことです。しかし総理、かなり親しげな様子ですね』


 親しげというか……馴れ馴れしくないか? 総理はラプ星人の代表の肩に腕を回し、顔をぐっと寄せていた。今にも頬にキスでもしそうな距離である。

 見ているこちらのほうがどこか恥ずかしくなってくる。あんなのはまるで……いや、一般庶民のおれには理解できないだけで、きっと高度な外交戦略があるのだろう。

 それに、万が一何か問題が起きたとしても最終的には総理が責任を取るはずだ。自分のケツも拭けないような人間が、この国の頂点に立てるはずがない――えっ。


『おっと、総理。何かを囁いていますね……? なんでしょう、こちらからは確認できません』


 ……「チンポ」?

 総理、今、チンポって言わなかったか……?

 おれは身を乗り出し、テレビ画面を見つめた。


 子供の頃、おれはスパイに憧れていた。休み時間には校内で諜報ごっこをし、縄抜けの練習や暗号解読のためになぞなぞの本を読み漁るなどスパイになるために日々努力を惜しまなかった。将来は世界の裏側で暗躍する男になると本気で考えていた時期すらあった。

 その結果、むろん現在は平凡な会社員に落ち着いたわけだが、あの日々のおかげで読唇術だけは身についていた。

 だからわかる。今、確かに総理の唇は「チンポ」と動いていた。

 もちろん確証はない。ただそう見えただけで、別の単語だった可能性も十分ある。しかし、ラプ星人の顔が一瞬だけ引きつったように見えた。

 やはり聞き間違いではないのか……いや、どうなんだ? あれが彼らの普通の表情なのかもしれない。ラプ星人の外見は地球人とそれほど大きな違いはない。目の数や手足の数も同じだ。大きく異なる点は肌や髪の色くらいだ。だが、地球人だって国ごとに文化や考え方、感じ方に大きな違いがある。笑っているように見えて実は激怒しているのかもしれないし、逆もまたあり得る。


『ラプ星人の代表もある程度日本語を学んでいると思われますが、どうなんでしょうか。あるいは総理がラプ語を習得している可能性も――あ、また何か囁いていますね』


 ……「セックス」?


 いや、今、絶対言った。言ったよな? な、何を考えているんだ。……いやいや、待て。落ち着け。「ユニセックス」かもしれない。そうだ。そうに違いない。だって、ありえないじゃないか。一国の総理がよりにもよって歴史的会談の場で卑猥な言葉を囁くなんて。


『総理は昨夜、午前三時まで勉強会を行っていたとの情報が入っています。ラプ星人対策は万全といったところでしょうか』


 ……「オチンポジャオロース」?

 なんだそれ。いったいどういう意味だ。いやいやいや、ありえない。どうかしてるぞ。もっと唇の動きをよく見るんだ。


『なめられない服選びにも数時間を費やしたと総理は語っていました。かなり自信がありそうですね』


 ……「エロいの、エロ債務なの」。


 ま、まさか……ハニートラップ……? 

 冗談だろ。いくらなんでも無理がある。自分を何歳だと思っているんだ。いや、ラプ星人が熟女好きの可能性もあるが……。それにしたって、そんな作戦で会談に臨むなんて、一国のトップとしてどうなんだ。


 ――ピィーナス……。

 ――オチンポニスト……。

 ――ノーベル平和賞……。

 ――チンチンプイプイ。

 ――世界の真ん中で輝く……。

 ――ジビエ……。

 ――フォーカス・チンポ―カス。

 ――アッッッ。

 ――ベッッッ……。

 ――チンペニ……。


 しっとりとしたリップ音を響かせるように、総理は囁き続けた。時折、ラプ星人の肩に置いた手を蠢かせ、くすぐるように撫で、なぞり、軽く叩いた。親密さをアピールしているのかもしれないが、電車の中でいちゃつく不細工なカップルを見ているような気分になった。

 一方のラプ星人の代表はほとんど表情を変えないまま、わずかに体を揺らしていた。

 今は困惑しているだけに見えるが、このまま続けばさすがに怒り出すだろう。そうなったら謝ったところで許してもらえるかどうか、いや、そもそも総理はちゃんと謝れるのだろうか。

 ああ、どうすればいいんだ。テレビ局に電話して、今すぐ総理を止めるよう言わなければ。だが、こんな話を信じてもらえるわけがない。ただの頭のおかしいやつ扱いされるだけだ。しかし、おれしかいない。おれがやるしか……やるしか…………。


『さあ、いよいよ会談が始まります。両者にこやかに握手を交わし――』


 結果、会談は大成功に終わった。

 ラプ星人の代表はその場でこの国と正式に国交を結ぶと宣言し、総理と固く抱擁した。

 会場はどよめきに包まれ、スタジオのコメンテーターやアナウンサーが興奮気味に声を張り上げ、口々に総理を称賛した。「歴史的快挙!」「外交の新時代到来!」「この国は戻ってきた!」

 画面上には速報のテロップが飛び交い、街頭では生中継を見ていた人々が大はしゃぎで飛び跳ねている。「サナちゃーん!」「推せる!」


 だが、おれにはうまくいくとわかっていた。

 なぜなら、おれもまた総理――彼女のことが愛おしくて愛おしくてたまらなくなっていたのだから。

 明日にでも、いや今すぐにでも彼女とお揃いのものを買い揃えなければ。黒い鞄、ピンクのボールペン、クリアファイル、紺色のジャケットも欲しい。

 推し活だ。推して推して推しまくるのだ。


 ああ、彼女は間違いなく魔性の女――魔女である。

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