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ミスコン!!  作者: ともやみやもと
2章 秋野木ノ葉は恋をしている
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第十四話 カメラマン萩原鉄平1

 



 木ノ葉と木更津に行ってから三日が経った木曜日、僕は四限の授業を終えて一人で家に向かっていた。


 最近はなんだかんだで毎日木ノ葉と連絡を取り合っている気がする。正直なところ、ミスコンに出て劇的に何かが変わったわけではないが、むしろこれくらいの変化の方がちょうどよく感じた。

 

 家に着き、玄関のカギをまわした瞬間、ポケットのスマホが鳴った。


『てっぺー久しぶり!』


『急だけど、明日って暇??』


 文章を二つ続けて送ってきたのは、雪だった。てっきり木ノ葉だと思っていたため、少し驚いた。雪と

やり取りするのは、イベントの時に僕が撮った写真を送った以来だった。最近は特にイベントも会議もな

いので、会っていない。


『どうしたの?』


 僕がそう送ると、すぐに既読が付いた。


『暇??』


 僕は内容を先に聞きたかったが、雪はそう返した。


『まあ、二限までだから昼からなら』


 僕はそう送った。既読はすぐに付いたが、返信が来たのは五分後くらいだった。


『写真のストックが切れてきたから、新しいの撮りたいんだけど、てっぺーに頼めないかなって思って。

拘束時間長めになって申し訳ないんだけど、できれば色んなところで撮りたいんだよね』


 雪からはそう送られてきた。言われてみれば、雪はバズって以来、投稿の頻度も写真のクオリティーも

少し上がった気がする。


『いいよ』


 僕がそう送ると、


『ありがとう!』


 という文章と、猫のスタンプが送られてきた。


『明日、一時に葛西臨海公園集合でどうかな。早い??』


 雪からはそう送られてきた。『大丈夫』と僕は返した。




 平日の葛西臨海公園は閑散としていて、駅の隣に佇む大きな赤い観覧車は誰も乗せずに回り続けてい

る。


 僕は十分くらい早く着いた。僕は少しソワソワと落ち着きがないまま、近くのベンチに座って待っていた。六月に入ったばかりのこの頃、気温も徐々に上がってきて、少しずつ梅雨を思わせるようなじっとりとした空気が体にまとわりつくのを感じる。


 少し遅れてやってきた雪は、マスクをしていた。首にニコンのカメラを下げて、小さなカバンを大きな

キャリーケースの上に乗せていた。


 雪が着ている白を基調とした半袖のワンピースは、全体に淡い青色の花柄がしつらえられており、ハー

フアップにまとめられた艶のある髪も相まって、素朴な感じがいかにも雪って感じだった。


「ごめん、準備に時間かかって遅れちゃった」


 雪はそう言った。見るからに準備に時間がかかっていそうだった。


「すごい荷物だね」


「そうなの。場所ごとに服も変えたいって思ったら、増えちゃって」


 雪はそう言うと、一瞬マスクを外して、外気を吸った。


「マスクするようにしたの?」


「うん、一応。変かな」


「変じゃないよ。有名人だしね」


「やめてよ」


 雪はそう言うと胸元のカメラをカチカチと操作し、僕に向け、一枚撮影した。雪はスマホを確認し、僕

に見せてきた。


「どう?」


 僕は目が半開きで、冴えない感じだった。


「どうもこうもないよ」


「SNSにアップしないの?」


 雪はそう言うと、その写真を僕のスマホに送った。


「するわけないじゃん」


 僕がそう言うと、雪は少し笑いながらカメラを僕に渡してきた。


「これ、ミスコンのために買ったの?」


 僕はカメラを受け取りながらそう言う。


「うん。スマホだとなんか平面的になるし、自撮りばっかりだと同じような写真で飽きちゃうでしょ?」


「そういうもん?」


「そ。そういうもん」


 雪はそう言うとマスクを外してカバンにしまった。僕のそばにキャリーケースを寄せて、誰もいない大

きな道の真ん中でバンザイをした。僕は雪にカメラを向けた。自動で雪にピントが合うと、後ろに小さく

映るショーケースみたいなガラス張りの建物がぼやけて空と一体化した。


 僕が転送ボタンを押すと、ブルートゥースで繋がっている雪のスマホに送信された。写真を確認した雪

は、親指を人差し指で丸を作った。いい感じみたいだった。


 雪は右手で僕を手招きした。近くで撮って、という風に受け取った僕は、一メートルくらいの距離で雪

のバストショットを撮った。雪は、後ろで手を組んでただ笑っていただけだったが、風が髪を孕ませてい

て十分画になっていた。


「ずいぶん写真撮られ慣れたね」


「どうだろう。この間お母さんが東京に来た時にいっぱい撮ってもらったから、それでかも」


 雪はそう言った。


 大通りの脇には黄色い花が生けられていて、その花越しに撮影したり、防風林の中で撮影したり、まだ

駅からほとんど動いていなかったが、すでに五十枚くらい撮影していた。


「海、行かない?」


 雪が遠くを指さしてそう言った。僕がキャリーケースを引っ張ろうとすると、雪は少し慌てて、


「あ、ごめんごめん。私が持つよ」


 と、僕の手から取り戻した。


「なに、変なものでも入ってるの?」


 雪の慌てようを見た僕はそう言った。


「そういうわけじゃないけどさ、なんか感じ悪くない? 写真撮らせておいて荷物も持たせるなんて」


「別にいいけどね」


「大丈夫。ありがとうね」


 雪はそう言うと、キャリーケースを引いて海に向けて歩き出した。ガラス張りの建物に続く道にはレン

ガが敷き詰められていて、目地にタイヤが引っ掛かるため、ガラガラと音が鳴っていた。


「元気だった?」


 歩きながら雪は僕にそう尋ねる。


「まあ、それなりにね」


 僕はいつも、それなりに元気なのである。それ以上のこともなければ、それ以下のこともあまりない。むしろ僕は、それなりに元気に向けて体調管理をしている節さえある。


「普段何してるの?」


「特に何もしてないよ。ご飯を食べて、学校に行って、夜になったら眠るだけ」


「それなりに元気だね」


 と雪は笑う。


「そっちは?」


 僕はただ、聞かれたことを聞き返した。


「まあ、それなりに元気、かな。自分から聞いておいてあれだけど、なんて答えたらいいのかわかんないね、これ」


「まあ、いいんだよ。挨拶みたいなもんだから」


「天気の話も一応しておく?」


「それは将来、雪がアナウンサーになってからテレビ越しに聞くから今はいいよ」


 僕がそう答えると、雪は少しムッとした表情になる。


「いま、イジったでしょ。わかるんだからね、そういうの」


「ごめん、イジった」


 僕がそう言うと、雪は笑った。


「まあ、いいよ。なれるといいけどね、アナウンサー」


「なれるよ。きっと」


 僕はそう言った。


 葛西臨海公園の中央にある、ガラス張りの建物を抜けると正面には東京湾が広がる。海鳥が鳴き声を上げながら空を旋回し、強く吹く風が潮の匂いを運ぶ。平日の昼間だというのにすぐ近くのバーベキューの会場では、呑気な大学生が楽しそうに大騒ぎをしており、雪はそっとマスクをかばんから取り出した。


「見て、観覧車だよ」


 雪は海を挟んで反対側にある横浜の観覧車を指さしてそう言うと、振り返って、


「こっちにも観覧車」


 と、葛西臨海公園の観覧車を指さした。


「ライバルなのかな」と雪。


「横浜の圧勝だけどね」


「同じ観覧車なのに?」


「こっちの観覧車は見るものだけど、あっちの観覧車は乗るものだからね」


「こっちだって乗れるよ?」


「横浜は街並みが綺麗だけど、葛西は高速道路とでっかい倉庫しかないからつまんないよ」


「そうなんだ。観覧車の中からも写真撮ってもらいたかったんだけど、止めておいた方がいいかな?」


 雪はそう言う。


「それは雪に任せる」


「まあ、私高いところ苦手だから観覧車乗れないんだけどさ」


 僕たちはゆっくりと歩いて海岸へ向かった。風は強いが、波は思ったよりも荒れていなく、遠くの海面には大小さまざまな船が浮いている。


「写真、撮って」


 雪はマスクを外すと、カバンごとスーツケースの上に置き、海を背景にポーズをとった。僕はスーツケースを近くに寄せ、何度かシャッターを押した。太陽はちょうど僕たちの真上にあって、高い青空が少し早い夏を思わせた。風が吹いて、髪の毛が少し靡いた。雪は名前に似合わず、夏が良く似合うと、そんな風に思った。


 その後も何度か場所を変え、葛西臨海公園で写真を撮影した。時間にして、およそ三十分ほどだった。少し有名になった雪が誰かに声を掛けられるようなことはなかったが、芝生でくつろいでいる陽気な外国人に話しかけられた。僕も雪も英語が分からないので、何を言っているのか分からなかったがどうも僕たちをカップルか何かと勘違いしているようだった。僕たちは苦笑いして、その場をやり過ごした。


「次は舞浜に向かいます」


 一通り写真を撮り終えると、スマホでフォルダをチェックしながら雪は言った。


「いいけど、順番逆じゃない?」


 舞浜は葛西臨海公園の隣駅であるが、千葉方面に一つ戻ることになる。


「確かに」と雪は笑う。「まあ、いいでしょ?」


「まあ、いいけれど」


 僕はそう答えた。





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