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道程も進み、何度目かの夜


夜も更け、他の者たちはすでにそれぞれの部屋に引き上げていた。宿の廊下に面した小さな縁側に、私はひとり、静かな空気を楽しんでいた。…否、楽しんでいたというより、気を紛らわせていたのかもしれない。


「ああ、いたんだ。セレスティアさん」


静かに近づいてきたその声に、私は思わず背筋を伸ばした。振り返ると、そこには湯上がりのユーリが、少しだけ火照った頬をして、私を見つめていた。


「…おひとりで?」


「見ての通りだ。…騒がしい空間は、少々苦手でな」


「そっか。みんな、楽しそうだったから」


彼の言葉に、私は小さく鼻を鳴らした。…その“みんな”の中に、自分が含まれていないように感じてしまうのは、私の心が狭いからだろうか。


「それで? こんなところまでわざわざ何の用だ?」


「んー…なんとなく、セレスティアさんが一人でいる気がして」


「察しがいいな。…余計な詮索だが」


「そっか。でも、隣座ってもいい?」


断る理由がなかった。むしろ、なぜか心臓がほんの少し高鳴った。


私はわずかに身体をずらし、彼にスペースを作る。座るとき、彼の膝が私の太腿に軽く触れた。布越しとはいえ、その熱が直に伝わってきて、私は一瞬、呼吸を止める。


「ごめん、狭かった?」


「いや…構わん。少しくらい、こうしても…」


言葉が喉で絡まり、最後まで出てこなかった。


風が一瞬、二人の間を通り過ぎた。静けさの中で、心臓の鼓動だけが妙に耳に響く。


「セレスティアさんって、こうしてると意外に…女の人だなって思う」


「っ…何を唐突に言っている」


「いや、ごめん。変な意味じゃなくて。凛々しくて、強くて、でも…ちょっと今、可愛いなって」


「っ……!」


私はその場から飛びのくように立ち上がろうとした。だが、不意に着物の裾を踏んでしまい、バランスを崩す。


「あ──」


次の瞬間、私は彼の胸元に倒れ込んでいた。


腕が私の背を支え、頬が彼の胸板に触れた。石鹸の香りと微かな熱気が混じり合い、思考が白くなる。


「だ、大丈夫…?」


彼の声が耳元に近く、私は思わず目を閉じた。


──なぜ、こんなにも息が乱れている?


──なぜ、拒絶しない?


「……っ、私は…部屋に戻る」


なんとか身体を起こし、私は言葉少なにその場を離れた。だが背を向けたまま、胸に残る温もりは消えなかった。


(馬鹿か、私は……なにを……)


顔が火照っていたのは、冷たい夜風のせいではなかった。

------------

承知しました。それでは前回の流れを受けて、セレスティアの揺れ動く感情をより深く描きつつ、翌朝のシーンへと繋げていきます。節度を保ちつつ、可能な限り感情の機微を丁寧に描写します。



---


翌朝、まだ朝靄の残る空の下、私は一人、宿の裏手にある小さな井戸のそばで剣を振っていた。


身体を動かしていなければ、昨夜のあの情景が何度も脳裏に蘇ってきてしまう。それが、どうしようもなく腹立たしく、そして…悔しかった。


──なぜ、あんなにも動揺した?


──なぜ、あの体温を拒めなかった?


「……っ」


振るった刃が空を裂く。だが、心の迷いが剣に乗り移るように、軌道は鈍く、鋭さを欠いていた。


「おはようございます、セレスティアさん」


振り返ると、そこには柔らかく笑うユーリが立っていた。朝露に濡れた髪を手で払いながら、あのいつも通りの無防備な顔で。


「……ユーリ殿か、朝から馴れ馴れしい」


「でも、ちゃんと名前で呼んでくれるようになったの、嬉しいな」


「……っ」


私は思わず目をそらした。あの夜のことを、彼は軽く流しているのか、それともまるで覚えていないのか。


(……いや、どちらでもいい。どちらでも…いいはずだ)


「お前が出しゃばる前から私は起きている。邪魔するな」


「剣、ちょっと鈍ってる。らしくないよ」


「……黙れ」


ユーリはにこりと笑いながら、井戸の縁に腰掛けた。その目が、どこか私を観察しているようで、また心がざわつく。


(なんなんだ…本当に)


遠くから、リディアとアリアの笑い声が聞こえた。湯宿での出来事を思い出し、私はますます集中できなくなる。


──彼女たちは、もう、彼の“妻”なのだ。


──自分とは、立場がまるで違う。


(それがどうした? 私は関係ない。ただ、任務として共にいるだけだ)


「セレスティアさん、これからもよろしくね。無理せず、頼っていいんだよ」


そう言って差し出された手を、私は見つめた。


──なぜ、こんなにも優しい。


──なぜ、私を崩そうとする?


握るわけにも、払いのけるわけにもいかず、私はただ視線を落としたまま、小さく呟いた。


「……愚か者」


「え?」


「なんでもない。先に行くぞ」


私は背を向け、彼の手を取ることなく歩き出した。


──だが、心の奥で小さな炎が、確かに揺れていた。


それが温かさなのか、焦がれる痛みなのか、まだ分からないままに──。


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