④
朝靄の中、コーリング家の正門がゆっくりと開かれる。
その音に、門の両脇で整列していた幾人かの使用人たちが、頭を下げた。
「……では、行って参ります」
ユーリ・アルシェリア――新たな姓を得た少年貴族は、かつての実家を背に、背筋を伸ばして一礼した。すでに伯爵家を去る決意は固い。
その隣には、彼の妻たちが寄り添って立っている。金糸を思わせる長髪を風にたなびかせるリディア・アルシェリア。柔らかな銀髪のアリア・アルシェリア。そして、落ち着いた微笑をたたえるエルナ・アルシェリア。三人とも、凛とした佇まいでその背を支えていた。
屋敷の前庭には、出発の準備が整えられていた。
荷を積んだ馬車に、簡易ながらも美しく整えられた旅行装束。馬車の御者台には、メルリナが笑顔で腰掛けており、黒髪を風になびかせながら「出発日和だね!」と声を弾ませる。
その横には、栗色の髪を小さくまとめたミリアが立っていた。元はこの屋敷のメイドであった彼女は、今回の旅には同行すると決めていた。
「ユーリ様、お怪我などなさいませんよう……」
そう言って深く頭を下げるミリアの声は、かすかに震えていた。
再び主人の傍に仕えることへの喜びか、それとも再び長い旅に出る不安か。だが、その想いのすべてを押し殺すように、彼女は主を見上げる。
「ありがとう、ミリア。君がいてくれて心強い」
ユーリの穏やかな言葉に、ミリアは胸に手を当ててこくりと頷いた。
そして、馬車が動き出す。
ガタン、と木車が石畳を転がる音が響いたとき、リディアが隣のユーリに身体を寄せてくる。
「とうとう出発ね。……なんだか、すごく緊張してるの、わたし」
「……私もです」と、アリアも小さな声で続く。「でも、ユーリ様と一緒だから、怖くないです」
「ふふ。頼りにしているわ、ユーリ。私は君がいれば、どこだって平気だもの」
エルナの言葉に、ユーリは頷いた。旅立ちには決意がいる。そして、こうして誰かと共に歩むことの喜びもまた、深く心に刻まれていた。
旅はゆっくりとしたものだった。
春の訪れを感じさせる陽気の中、一行は丘を越え、森を抜け、川を渡りながら王都を目指した。各地で少しずつ宿を取り、町を眺め、道中の食堂では地元料理に舌鼓を打つ。
メルリナは各地のパン屋を覗いては、「あそこの生地、すっごく柔らかかったよ! 今度、森でも焼いてみようね!」と目を輝かせていた。
「賑やかですね」とエルナが微笑み、「幼なじみって、やっぱりいいものですね」とリディアが少し羨ましそうに言う。
ユーリはそのすべてを穏やかに見守りながら、進んでいく。
やがて、王都の大門が見えてきた。
石造りの壮麗な門、その向こうに見える高い尖塔と旗。
王都は変わらず、荘厳で、人々の熱気に包まれていた。
「……ねぇユーリ、王都からの護衛ってあの人、じゃないかしら?」とアリアがつぶやいた。
門の傍、堂々と立つ一人の女性。
長い白銀の髪を高く結い上げ、鎧の上から赤いマントを羽織った女性騎士が、騎士らしく背筋を正して立っていた。鋭く整った瞳と、険しい表情がどこか気難しさを感じさせる。
「セレスティア・グランフォード。王国騎士団副団長。精霊領への護衛兼監視役として派遣された者だ」
自己紹介すら必要ないとばかりに、その女性ははっきりと名乗った。
「……思ったより、ずいぶん堅そうな人ね」とリディアがこぼし、メルリナは「なんだか、怖い……」と肩をすくめた。
だが、ユーリは一歩前に進み、丁寧に頭を下げる。
「ご足労、感謝します。私はユーリ・アルシェリア。以後、お見知りおきを」
「……こちらこそ、任務に忠実に従うだけですので」
一見して冷ややかな態度。だが、その目の奥には、わずかに驚きと、警戒心が混じっていた。
女たちを引き連れた若き領主。彼女の中に芽生えた第一印象は――あまり良いものではなかった。
旅路は、いよいよ新たな局面へと進む。
王都を経由し、精霊領――新たなるアルシェリア家の本拠地へ。




