②帰郷
王都を離れて数日。
ひたすら馬車で進んだ先に、その場所はあった。
──コーリング伯爵家。
かつて、ユーリが育った屋敷。だが、その思い出は決して温かいものではなかった。
あの広い石造りの家のなかには、愛情という言葉はなかったからだ。
「ここが……ユーリの生家なのね」
アリアがそっとつぶやき、ユーリの横顔を見上げる。
「思ったよりも、静かで……少し、冷たい印象ですね」
リディアが目を細めた。
エルナは黙ったまま門を見つめていたが、やがて口を開く。
「たぶん、ここにあまり精霊はいないね。気配がまるで感じられないよ」
「……ああ。そうかもしれないな」
門を前にして、ユーリは小さく息をつく。
緊張ではない。決意だった。
「この先に、俺の父がいる。冷たい人だが……学園を退学するんだ、話だけは通さないといけない」
アリアとリディアは黙ってうなずき、エルナも静かに頷いた。
そしてその道中、馬車のなかで、ユーリはふと口を開いた。
「そういえば──この屋敷に着いたら、あとで紹介したい人たちがいる。俺にとって、大切な幼なじみだ」
「幼なじみ……?」アリアが首をかしげる。
「うん。ひとりはミリア。もともとは屋敷付きの使用人の娘で、俺の身の回りの世話をしてくれていた。もうひとりは、メルリナ。街のパン屋の娘で、俺とミリアが唯一、心を許せる存在だった」
「そのふたりも、連れて行くつもりなの?」リディアがたずねた。
「もちろん。ふたりとも、今でも俺を信じて待っていてくれている。……ような気がする。俺の家族みたいなもんだ。みんなにも、ぜひ会ってほしい」
エルナが口元をゆるめた。
「……ふぅん。じゃあ、ちょっと意地悪な質問してみてもいい?」
「なんだ?」
「その二人も、将来的には奥さんになるの?」
ユーリは一瞬たじろいだが、やがて静かにうなずいた。
「それはどうだろう。相手の気持ちがあることだから。……俺に断る気持ちはないけどね」
リディアとアリアは顔を見合わせ、軽く笑った。
「いいじゃない。私たちだって、最初は“まさか”って思ってたんだから」
「まったく、仕方のない男ね。でも、そういうところが、嫌いじゃないわ」
ユーリは、彼女たちの言葉に心から安堵していた。
──そして。
屋敷の門が開かれ、古びた制服の執事が無表情に出迎えた。
「ユーリ様。父上が書斎にてお待ちです。おひとりで」
「……わかった。ありがとう」
妻たちに軽くうなずき、ユーリは重たい扉の向こうへと歩を進めた。
──書斎。
かつての居場所。だが、懐かしさは何もなかった。
書斎のなか、父は立ち上がることもなく、静かに目だけをこちらに向けていた。
「……帰ったのか」
「報告に来ました。国王陛下より、爵位と新たな領地の拝命を受けました。それに伴い、コーリング伯爵家の名から離れることになります」
「好きにするがいい。家を出た者が、勝手に名を騙ることのないようにな」
その言葉は冷たく、突き放すようでいて──しかし、それこそがこの人なりの“応答”なのだと、ユーリは思った。
「……ありがとうございます。もう、ここに戻ることはないでしょう。お世話になりました」
父はそれ以上、何も言わなかった。
けれど、それでよかった。
これでようやく、すべてに決着がついたのだ。
書斎を後にして、ユーリは深く息を吐いた。
そして扉を開けると──そこには心配そうに待っていた三人の妻たちがいた。
「どうだった?」リディアが口を開く。
「うん、大丈夫だよ。……これで、もう未練はない」
「じゃあ、これからが本当のスタートね」アリアが明るく笑う。
エルナも、すっとユーリの手を握った。
「おかえり、ユーリ。……帰る場所は、もうここじゃない。私たちがいる場所だよ」
「……ああ。ありがとう」
その言葉に、心がじんわりと温かくなった。




