力の覚醒
夜の静寂に包まれた学園。月の光が校庭を青白く照らし出す中、ユーリ・フォン・コーリングは裏庭の空き地に立っていた。
その前に現れたのは、金髪を一つに束ねた少女――リディア・アーデルレイン。腕を組み、不機嫌そうに眉を寄せている。
「……で? またやるつもりなのね、魔法の練習を」
「うん。この前の暴発、まだ悔しくてさ。誰かを傷つけないためにも、魔力制御をちゃんと身につけたいんだ。……君を巻き込みたくない」
その言葉にリディアの表情が一瞬だけ揺らいだが、すぐにそっぽを向いて顔を背けた。
「ふん……殊勝な心がけね。最初からそうしてくれてたら、少しは……いや、何でもないわ」
「少しは何?」
「うるさいっ! とにかくやるんでしょう、特訓」
「うん、よろしく、リディア先生」
「誰が先生よっ!」
そうして始まった夜の訓練。ユーリは集中し、魔素の流れを読みながら詠唱と発動を繰り返す。リディアは的確な指示を出しつつも、時折、彼の成長に目を細めていた。
――そのときだった。
ユーリの指先から放たれた風の刃が、明らかにこれまでとは異なる質感を帯びて空を裂いた。
「……今の魔法、何?」
「え……いや、俺にもよく分からないけど、なんか……体が勝手に」
リディアは驚いたように目を見開き、彼の肩に手を置いた。魔素の流れを確かめるように目を閉じ、ふっと息を飲む。
「これ……完全に覚醒してる。あなた、本来の才能に目覚め始めてるわ」
「才能?」
「ええ、普通の人間が生まれながらに持つものじゃない。女神の加護……そう言ってもいいわ」
リディアの言葉に、ユーリの心に浮かぶのは、自分が転生の際に出会った女神の姿だった。
あの時彼女が言った、「あなたにはこの世界での加護を授けましょう」という言葉――それが、今になってようやく実を結び始めたのだ。
「……そうか戦闘の加護…。」
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
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訓練を終えたあと、汗を拭うためにマントを外したリディアが、急に動きを止めた。
「あっ、やばっ!」
「わっ、ご、ごめんっ!」
マントの中から覗いたのは、はだけた制服のシャツと、わずかに覗いた下着のライン。視線が一瞬だけ吸い寄せられ――。
「変態!見るなバカ!!」
バチンッと魔力の風が吹きつけ、ユーリは後方に吹っ飛ばされる。
「いや、本当に事故なんだって!」
「どれだけ“事故”を繰り返せば気が済むのよ! もう、ほんとに……!」
真っ赤な顔のリディアは怒りと羞恥で震えていたが、その瞳の奥には、わずかに――ほんのわずかに、潤んだ光が揺れていた。
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翌朝。学園中庭にて。
ユーリが一人ベンチに座っていると、遠くからひらりと銀の髪が揺れた。
「兄様、おはようございます」
アリア・グランシュタイン。エリオットの妹で、学年はひとつ下だが、しっかりとした物腰と凛とした雰囲気を持つ少女だ。
「おはよう、アリア。今日も早いね」
「はい。兄様が頑張っていらっしゃるので、私も見習わないとって……」
その言葉に、ユーリは思わず視線をそらす。最近、アリアの視線が長く深く感じられる。まるで何かを探るように――あるいは、期待を寄せるように。
「昨日も……リディア様と、練習されていたんですよね?」
「ああ、ちょっと魔力の制御がまだ甘くて。あのままだと危ないから、基礎からやり直しててさ」
「……兄様が傷つくの、嫌です。無理は、なさらないでくださいね」
アリアの瞳が、ふと悲しげに揺れる。
「……ありがとう。アリアも魔法の勉強、がんばってるみたいだし。お互い頑張ろう」
「はい、兄様」
その声は柔らかく、だがほんの少しだけ震えていた。
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午後。学園裏手の林の中。誰もいないはずの空間に、ふとユーリは異物感を覚えた。
(……また、見られてる?)
最近感じる視線。それはリディアとの訓練のときも、アリアと話しているときも――常に何かが、こちらを見ている気配がする。
(まさか、エリオット……?)
アリアの兄、エリオット・グランシュタイン。学園随一の実力者にして冷静な頭脳を持つ青年。
だがユーリに対しては、なぜかいつも敵意を隠さない。
(アリアに近づくなってことか?でもそれだけじゃない……)
その視線には、ただの警戒や嫉妬では説明できない、もっと深い“怒り”が含まれていた。
(まるで……俺の存在そのものが許せない、みたいな)
その夜、寮の屋上で星を見上げながら、ユーリは一人、冷たい風に身を委ねた。
「力が強くなるのはいいことだけど、それだけ敵も増えるってことか……」
彼が望むのは、世界の平和でも、誰かの英雄になることでもない。
ただ――大切な人たちの笑顔を守るために。
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その頃、森の奥。月明かりを背に一人立つ影があった。
銀髪の青年――エリオット・グランシュタイン。
彼の瞳には、妹アリアの姿と、リディア・アーデルレインの笑顔。そして、そこに立つ一人の少年――ユーリ。
「お前なんかに……誰も渡さない」
彼の呟きは、冷えた風に飲まれ、静かに夜へと消えていった




