銀と金の午後茶会
午後の鐘が遠くで鳴り響き、学院の中庭には傾き始めた陽光がやさしく注いでいた。季節の変わり目を告げる風が、淡い花々の香りを乗せて吹き抜ける。
リディア・アーデルレインは、中庭の片隅にある石のベンチに腰掛け、手元の紅茶に視線を落としていた。琥珀色の液面に揺れる光が、まるで心の奥を映す鏡のようで、見ているとふと物思いに沈みそうになる。
誰にも告げず、気配すらも抑えてこの場所に来たのに――やっぱり、来たか。
小さな足音が、気だるげな午後の空気を割る。
「ご一緒しても、よろしいでしょうか?」
その声を聞いた瞬間、リディアは何も見ずとも誰かを悟った。静かで、どこか澄みきった声音。顔を上げれば、銀糸のような長髪を風に揺らす少女――アリア・グランシュタインが、いつも通り控えめな笑みを浮かべて立っていた。
「……勝手にすれば」
ぶっきらぼうに返したが、アリアは気にした様子もなく、隣に腰を下ろす。その動作一つひとつが洗練されていて、まるで舞踏会のように無駄がない。いかにも“お嬢様”然としていて、昔のリディアなら苛立ちを覚えていたかもしれない。
今は――ほんの少しだけ、違う。
「風が、心地よいですね」
「……だからここに来たんでしょ。昼間は蒸し暑かったし」
互いに紅茶を啜る音だけが、静かに響いた。
「ユーリさん、最近はよくお忙しそうですね」
「……アンタ、また会ってたの?」
「ええ。温室の一件以降、何度か。偶然のような顔をして現れては、何かと用事を作ってくださるんです」
アリアの声はどこまでも穏やかだったが、その中に、言葉では表現しきれない何かが混じっている気がして、リディアは少しだけ眉をひそめた。
「……あいつ、ほんっとそういうとこあるのよね。こっちが気づかないとでも思ってんのかしら」
「でも、リディアさんはきちんと気づいてらっしゃる。だからこそ……私、少し羨ましいんです」
「またそれ?」
「ええ。私はどうしても距離を測ってしまって、踏み込めない。でもリディアさんは、怒っても、呆れても……ちゃんと向き合ってる」
その言葉に、リディアは思わず横目でアリアを見た。長い睫毛が風に揺れ、淡く染まった頬に陽が差している。きれいだと、少しだけ思った。
だけど、譲る気はない。
「……アンタだって、狙ってるくせに」
「狙ってる、というより……惹かれてしまったのです。もう、仕方のないことですから」
あっけらかんと言われ、リディアは思わず息を呑む。
この子、本当に腹に何か抱えてるわね――と思った。
「ま、あいつのことだから、そのうちまた問題でも起こすでしょ。今度は私が真っ先に引っ張ってやるんだから」
「……それなら、私も手を貸していいかしら?」
「……好きにすれば」
ほんの少しだけ、肩が触れる距離。意識してないわけじゃない。だけど、今はこの沈黙すら、悪くないと思ってしまった。
そのとき、風に乗って、耳慣れた声が響く。
「おーい、いたいた!」
金と銀の視線が一斉に前方を向いた。ユーリが、両手に何かを抱えて笑っている。
「厨房のメイドさんに頼んでさ、マドレーヌとアップルタルトもらってきたんだ! ちゃんと三人分な!」
リディアは呆れたように鼻を鳴らし、アリアはくすくすと笑った。
「……ほんと、抜けてるわね」
「でも、優しい方ですわ。誰に対しても」
「……好きな子には、特にね」
「なっ……!」
「い、今のは冗談だからっ!」
リディアが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。アリアも、少しだけ顔を染めながら、控えめに微笑んだ。
言葉にするには、まだ少しだけ早いけれど。
互いに譲れない気持ちが、たしかにそこにある――そんな午後のひとときだった。




