↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/160

静寂の中の波紋


朝の陽光が、石造りの中庭を柔らかく照らし始めていた。まだ人の気配は少なく、静寂に包まれた空間に、鳥のさえずりだけが響く。庭の片隅に植えられたバラの花が、しっとりと湿った葉を光に照らし、ほんのりと甘い香りを漂わせていた。


ユーリ・フォン・コーリングは、一人その庭に立っていた。古びた石の壁に寄りかかるようにして、空を見上げる。その青さはまるで澄んだガラスのようで、どこまでも広がり、どこまでも続いているかのようだった。


昨夜の記憶がまだ脳裏に熱を残している。――月明かりの下、リディアと交わした秘密の魔法練習。手と手を近づけ、微細な魔力の流れを指先で確認しあった。リディアの微かな息遣い、そして彼女の指先が触れるたび、魔力がほんのりと温かさを伴って感じられた。それを通じて、二人の間には言葉では表せないような繋がりが確かにあった。あの強気なリディアが、時折見せた柔らかい眼差し――それが忘れられなかった。


(あんな顔、昼間の彼女からは想像もつかないよな……)


彼女の表情が心に残る。いつも自信に満ちた眼差しを向けるリディアだが、あの時の顔はどこか不安そうで、けれどそれでも必死に隠していた。気を許してくれるような、そんな一瞬だった。


少しだけ、心の中に満ちる温かな思いが膨らんでいく。彼女との距離が少しずつ、しかし確実に近づいていることを感じて、ユーリの胸は微かに高鳴っていた。


そんな穏やかな時間を破るように、誰かの足音が近づいてきた。響く靴音が静かな空間を引き裂く。その足音は、決して急かされることなく、落ち着いた歩調で近づいてきた。


「ふうん……随分と朝が早いんだな、ユーリ」


皮肉めいた声とともに現れたのは、エリオット・グランシュタインだった。彼の姿が見えた瞬間、ユーリは自然と表情を引き締める。長身に銀色の髪、整った顔立ちとその佇まいは、まさに名門貴族の嫡男にふさわしい風格を備えている。誰が見ても、彼が身にまとっているのは名門の血統を象徴するような気品だ。しかし、その表情には常に冷ややかな色があった。視線を向けた先にあるのは、どこか計算されたような無感情の冷徹さだ。


エリオットは、この学園の先輩であり、屈指の優等生であり、侯爵家の嫡男という実力も血筋も申し分ない存在だった。しかし、ユーリにとっては、正直言ってあまり歓迎できない“知り合い”である。


(また来たのか、こいつ……)


エリオットは、ユーリが入学してすぐの頃から何かと話しかけてきた。最初はあくまで礼儀正しく接してきたが、その言葉の裏に隠された皮肉や牽制のようなものを感じ取ることが多かった。そして、その背後には常に「お前はコーリング家の三男に過ぎない」「俺と比べて、どれだけ遅れをとっているか」という暗黙のメッセージがあった。自分の家が名門であることに強い誇りを持ち、それに対する優越感を隠すことなく見せつけるような態度が、ユーリにはどうしても耐えがたかった。


「早起きは習慣なんだよ。貴族としてはな」


ユーリは冷静に、けれど少し不機嫌な表情で応じた。これ以上、エリオットに振り回されるのは御免だと思いながらも、冷静さを欠くことはなかった。


「ほう、それは感心だ」


エリオットは、軽い笑みを浮かべながらも、その目は笑っていなかった。その冷徹な視線がユーリの心に突き刺さる。


「最近、リディア嬢とよく一緒にいるようだが……仲良くなったつもりか?」


「……何が言いたい?」


「いや、別に。ただ、リディア嬢はこの学園でも有名な存在だからね。気安く近づこうとすれば、それなりの“覚悟”はいるってことさ」


その言葉には、明確な圧が込められていた。エリオットの目に映るのは、ユーリが少しでもリディアに近づくことを許せないという感情だろう。その視線を感じたユーリは、内心でため息をつく。


リディアは、この王立魔法学園の教師陣からも将来を嘱望される才女であり、その家は王国でも有力な公爵家の一つ。エリオットと同じく、王族に近い立場でもある。そして、ユーリはコーリング伯爵家の三男。長兄も次兄も将来を嘱望されている中で、彼には特に目立った役割は与えられていない。半ば、学園へ送られたのは“厄介払い”という側面もある。


(だからって、何だってんだ……)


ユーリは、小さく息を吐いた。エリオットの狙いは分かるが、それに振り回されるのは癪だ。


「立場なんて関係ないさ。俺は、俺なりにやるだけだ」


その言葉に、エリオットは一瞬目を細めると、にやりと口の端を歪めた。


「――そうか。それなら、せいぜい周囲の目に気をつけることだ。君のような立場の人間が、“不用意”な行動を取ればどうなるか……学園は、案外狭い世界だからね」


その言葉には、明確な警告が込められていた。エリオットは一言残し、そっけなく背を向けて去っていった。ユーリはその背中をしばらく睨むように見送った。


(やっぱり、エリオットには注意した方がいいな……)


警戒心が強くなりながらも、ユーリはその場を後にする。その足取りは、軽く、けれどどこか重みを感じさせた。


――夜の出来事、リディアとの距離。そして、それを見ている誰かの存在。静かに、しかし確実に、日常の中に波紋が広がり始めていた。ユーリは無意識にその波紋の行く先を見守りながら、自分の歩みを進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。