表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/100

スタットコール

「先生は永遠を信じる?」


突然投げかけられた質問に、呆気に取られながらも海崎は苦笑した。


「おまえ程のリアリストがどんなロマンチックな疑問だ。新しい方程式でも考えていたか?」


物理的年齢が大人な同僚は物理的年齢が子供な同僚の疑問を鼻で笑う。

その様子に笑われた本人は新鮮な驚きを得たようだ。


「アタシがリアリスト?」

「どう考えてもそうだろ?」

「どこが?」

「ロマンチストだったら現実を突き詰めようとしないで、夢物語を描くものだろ?

そんだけ研究に研究を重ねてれば十分にリアリストだろうが」


手に握っていた試験管を見下ろして、彼女は感慨深げに頷く。


「そうか。そういう考え方もあるね。でも、これでも少女小説も結構読むよ?」

「結構って部類だろ。医学書の方が多いようじゃ夢見る少女とは言わないんだよ。」


そこまでバッサリ斬っておいて、海崎は心配になったようだ。

いつもクール過ぎるほどにクール、被災現場でトリアージなんかさせようものならきっと

誰よりも上手にこなして見せるだろう同僚といえど、なんと言っても12歳の少女なのだから。


「どうした、何かあったか?」

「う・・ん・・・」


煮え切らない返事に海崎はさらに不安を募らせる。

こんな事初めてだ。

右京はいつだって、答えを先に知っているように悠然と振舞うというのに。

まるで初めて先の見えない不安がある事を知って消えてしまいそうだと海崎は思った。


「恋愛事以外なら相談にのるぞ」


言ってしまってから、海崎はあっと思った。

天才が恋愛で自分の才能をだめにするというのも聞かない話じゃない。

ちょっと早い気もするが、そもそも右京も中学生になってお年頃だ。

恋愛に躓いていてもおかしくはない。

そんな事を考える海崎の視線の先で右京がため息をつく。


「恋愛か・・・そんな次元だったらどんなに良かったか」


どうやら違うらしい反応に胸を撫で下ろすのはいいのか悪いのか。

恋愛よりも難解な問題ならば答えられようハズもない。


「いいかげん、私も大人にならないとね・・・」


右京がつぶやいた言葉に海崎はぎょっとする。

これ以上大人になってどうするというのだ。


「変な事考えるの止めておけよ」

「変な事ねぇ」


ドン!と大きな音が連続で遠くで続いて、初夏の青空に視線を窓の外に向けた右京の顔色が変わった。


「先生、戻ろう。急患が押し寄せてくる」


右京の言葉に、海崎も右京の視線の先を追う。

高層ビルが立ち並ぶ少し先で、黒い煙が立ち上っていた。


「爆発かな」


冷静な口ぶりで言って、右京は持っていた研究道具を簡単に片付けた。

さっきまでの煮え切らない顔はもうすっかりどこかに消えてしまっている。

誰よりも大人な右京に、もう少し子供で居て欲しいと願う海崎だった。


「医局長、爆発事故あったみたい。」

「爆発事故!?」

「西口らへん。火の海になってるっぽい」


右京の言葉でスタッフ達が窓辺に寄った。

しかしここの位置からでは西口は見えない。


「トリアージタグ出しておいて」

「はい」


右京の声に看護師達が行動を始める。

医師達も医局長を囲むように立ち上がった。


「右京先生、どれくらい着そう?」

「どれくらいって言われてもなぁ・・・あの煙の出方からすると駅ビルか、ヨドバシか・・・。ここらへんの病院に分散したとしても軽症者も入れれば200~300はうちにくるんじゃないですかね。」


右京はあっさりと言ってのけたが、他のスタッフはそれを聞いてゴクリと唾を飲んだ。200~300人などこの病院の許容範囲を簡単に超えている。駅ビルかヨドバシか。どちらにしても大事故である事は用意に想像ができた。


「でもあくまでこれは私の見解だから」


軽く右京が肩を竦めると同時にホットラインが医局に鳴り響く。


『こちら東京消防庁です。新宿駅西口にて爆発事故が発生。現状はまだ掴めていませんが、医師の派遣を要請します』


皆右京を振り返ったが、右京は何も言わない。それを見てとって、黒木が一歩前に出た。


「私が行きましょう」


2番手の黒木が手を上げたので、それに続くようにして3番手の橋田が手を上げた。

それに認定看護師が一人加わり、出動する。


「おまえ、手、上げるかと思った」


海崎がそう耳打ちしたが、右京はどこか悔しさを振り切るように息を吐いた。


「向いてないよ。イザという時、人を運び続ける体力がないから」


言われて初めて右京にも欠点があった事に気づく。

フットワークが軽いからむしろ向いていると思っていた海崎だ。


「アメリカで痛い目にあったんだ、自分から手を上げたわけじゃないけどね」


海崎と同じ考えの単細胞がアメリカにも居たらしい。自分の浅はかさを知って、海崎は頭をかいた。

それもそうだ。右京にだってできない事はある。


「医局長、今のうちに動かせるベッドは動かしましょう」


術衣の上に羽織っていた白衣を脱ぎ捨て、右京は受け入れ準備を始めていた医局長の後を追う。海崎もあわててその後に続いた。


「あぁ、そうだよね。急いで動かせるベッドは動かして」

「スタンド類借りられるだけ借りておいてもいいですか」

「あぁ、うん。借りておいて」

「海崎先生、各科に内線かけてかき集めてくれる」


そういう右京も受話器を取る。


「重症裂傷の患者さん搬送されてきます!」


その声を皮切りに、右京の予言どおりの戦争が繰り広げられる事となった。


「診療領域分けるよ!重症は処療室、中症者は外来、軽症者は廊下で対応して!重傷者は救急スタッフ、外来は外科、軽症者は看護士中心に診て下さい!」

「はい?」


スタッフは手を止めて右京の声に耳を傾けたが、聞き捨てならない箇所が一箇所あった。

中症患者の担当は誰だって?


「了解した!」


いつのまに現れた外科チームが廊下の向こうで右京の言葉にうなづく。

また右京の魔法炸裂。

着たばかりの外科チームが他の科の言うこと聞くってのが不気味だ。

呆気に取られて一歩遅れて救命スタッフ達もうなづいて、各々の箇所へ散っていく。


「先生サチュレーション下がってます」

「ラインとって、ドレーン。開胸するよ」


現場に行った2人のおかげでトリアージタグがついて運ばれてくる。

おかげで多少の手間は省けているのだが、いかんせん患者の量がとうとう200を超えた。


「もう受け入れるな!」


外科から来た医師の一人が叫んだ。

もっともだと言ってやりたいところだが、現場から一番近い病院なのだから仕方がない。

だいたいからして一貫して、軽症者は自分で歩いてきてしまった人だけで、あとはトリアージされた危険度の高い患者しか運ばれてきていないのが現状だ。ほとんどいない中軽症者を扱っている外科なんてノンキなもんだと言ってやりたいものだと海崎は思った。

そんな海崎は一寸のミスも見せない右京についていくのがやっとだ。


「外科の術後ICUに運んで。話はついてるから」


だからいつのまに・・・。

今処置が終わったばかりで運び出される人を見送る間、右京は何かと動き回る。


「自分で歩いてきた人は一般外来で見てもらうようにして!そこ、ライン取ったらポータブル」


ナースステーションに入って受話器を首に挟んでも、なお右京は指示をやめない。

医局長は処療室で運ばれてくる患者をこなすだけで多分、もう外は見えなくなってる。いったいどっちが医局長なんだか・・・。

本当、裏ボス。


「先生、チアノーゼ出てます!!」


電話を置くと中軽症者の波に踏み込んだ。


『スタットコール、スタットコール。手の空いている職員は救命へ向かってください。』


「ちゃんとタグ見て!なんで重傷者がまじってんの!」


右京が軽く触診すると患者は血を吐いた。


「挿管」


受け取った挿管の先を少し曲げて、右京はあっという間に挿管した。

遠目でも分かるが、片肺心肺だ。

こんなに早い挿管ができる医者は救命員でもそうはいないだろう。

近くに居た外科医達が目を奪われるのもムリはない。


「大動脈瘤破裂の疑いのある50代男性搬入されます」

「この患者さんお願いします」


そういって近くの外科医が託されたが、いつのまに重傷患者が中軽症にまで処置されていた。


「エコー!」


戦争はそうして夜が明ける頃ようやく落ち着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ