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屍の山

「おい、あんなにいた患者はどこへ行ったんだ?」


処療室からやっと出てこれた海崎は、廊下や病棟がいつもどおりの状況に戻っていることに首をかしげた。

確かに重傷者は残っているのだが、中軽症者の姿はまったくない。


「右京先生が、今朝方みーんな転院させちゃいましたよ。」

「転院だ?」

「家に近い方が便利なのは確かですよね。うちもこれで通常に戻れますし」


といってもスタッフが皆死屍累々なんだが。


「で、その右京先生は?」


そういえばいいかげん落ち着いた早朝に1時間程右京は処療室を抜けた。


「朝は医局でカルテ書いてましたけど。一人で100くらい書いたんじゃないかな~。腕が痛い痛いって言いながら書いてましたよ」


確かに転院させるならカルテは必須だろうが100ってのは無謀だろう、100は。だいたいからしていったい昨日何人捌いたかだって覚えてないぞ。はっきりいって患者の顔も覚えてないかもしれない。


その足で海崎は医局に踏み込んだ・・・屍の山。

ソファには黒木先生と橋田先生がいつ帰って着たのかしらないが、多分帰ってきたままの格好で倒れこんでて意識を失っている。

センター長は自分の席で電話を抱きしめながら意識を失っているし、かろうじて目を開けているのはカップラーメンのタイマーをうつろな目で見つめる研修医くらいなものだ。


「おい、右京は?」


問いかけるとはっと我にかえったらしい研修医が、タイマーを見て驚いた表情をした。どうやらラーメンはのびてしまったらしい。それからようやく質問された事に考えをめぐらせて、更にそれから質問したのが海崎だと気づいたようだった。駄目だ、こりゃ。


「あ、あ、ICUで見ました、けど」

「ICU、ね」


我ながらタフだと思いながら医局を出て救急外来に向かう。

どう考えたって一番の功労者は右京だ。右京が休んでいるのを確認してからでないとどうにも休めない気がした。最後の患者を救うだけ救って、縫合などの軽い手当てを海崎に任せて処療室を出て行った30分ほど前から姿を見ていないのだ。


ICUを覗いたが、やはり右京の姿は確認できない。

ただし確認表に25分程前の右京のサインを見つける事ができた。

確かにここにも寄ったらしい。


「右京見なかった?」


ナースステーションで尋ねると、20分ほど前に電子カルテを入力しまくってたという証言を手に入れることができた。

それはもう見たこともないくらいのスピードで10分程入力していたらしい。

確認したら1分で7~8人、単純計算で70人分ほどのデータが入力されている。

内容を怪しんで数件確認してみたが、そういえばそんな患者いたな、と思い出させる内容ばかりだった。

つまりは海崎の記憶の方が怪しいということだ。


「あー、やっちゃん、右京先生見なかった?」


大量のカルテファイルを運んできた看護士に仲間が声をかけた。


「右京先生なら、今一緒に帰ってきたよ。外来にいる」

「どこ行ってたの?」

「どこって一般病棟と外科の術後ICUよ。入りきらなくて何人か預かってもらちゃったからね」


彼女の運んできた青いカルテファイルには、いつもと変わらぬ右京のきれいな字が並んでいる。


「右京先生ったらおかしいんですよ、名前が思い出せないとか言って、似顔絵とか書き出すんですもの。それがすっごい似てるの」

「普通、顔だって覚えてないよね~」

「しかも名前名前とか呻きながら書いてたら全部英語で書いちゃってて、慌ててエレベータの中で書き直してるのよ。おかしいでしょ?」


どっちかってーと違う方向にオカシイ。

盛り上がり初めてしまったステーションをそっと抜けて、海崎は外来へ向かう。

壊れているのに無理やり走り続ける右京をそろそろ誰かが止めてやらねばなるまい。

外来ブースで海崎が一番最初に目にしたのは、大量のカルテファイルが雪崩を起こす瞬間だった。

あーあーと思ってみれば、そのファイルの間から細っこい体がはみ出している。


「おい!大丈夫か!?」


慌てて駆け寄ると、ボコリと右京が雪崩の中から顔を引き抜いた。


「Right!I've had enough!!」


もう駄目だ、みたいな事を英語で喚く。

背もたれにぐったり倒れこんで、やっと海崎の存在に気がついたらしい。

早口で何かを訴えたが、やはり英語で今度は聞き取れなかった。


「頭打ったか?頼むから日本語で話してくれ」


更に何かを訴えようとして右京は固まった。

どうやらどうしても日本語が出てこないらしい。


「悪かった、英単語にしてくれ」

「・・・・hungry!!」


そういえば昨日の午前中から始まった戦争で丸一日何も食べていないのかもしれない。言われてみれば海崎も同じだったが、どちらかと言うと疲れの方が勝ってあまり感じていなかった。

ただ飲食店が開くまでにはもう少し時間がある。


「マックかコンビニだな」

「MacDonald!!」


素晴らしいマクドの発音だこと。

右京はうれしそうに笑って立ち上がった。

早く行こうという事らしい。


「買ってきてやるよ。何がいいんだ?」

「I can’t wait!」

「医局寄って、上着着てから行こうな」


うん、うんと頷いて、右京は海崎を置き去りにしたまま走り出て行く。

・・・若いってスバラシイ。

右京の背を追いかけながら、天才の名をほしいままにする理由の一端を思い知った気がした。



「おい、海。コレどうなってるんだ?」


たどり着いた医局で、ネコよろしく首根っこをつかんで黒木が右京を指差した。

ひっつかまれている本人は至って楽しそうにホワイトボードに「飯」の字を書き込んでいる。

なんだよ、漢字は思い出せるのかよ。


「コレって・・・ソレですよね、やっぱり」

「他に何がある」


おっしゃる通り、他にあるのは屍だけです。


「ランナーズハイ・・・?」

「なるほど。それで?有効な手段はなんだ」

「とりあえず飯を食わせてみようかと」

「いいだろう、行ってこい。ただしお嬢から目を離すなよ」


右京を海崎の前へ押し出すと再び黒木はソファに倒れこむ。


マックでソーセージマフィンとホットケーキと、フィレオフィッシュを平らげたところで右京は日本語を取り戻した。もちろんポテトも3つ。

見ているこっちが胃もたれしそうだ。


「英語と中国語は出てくるんだけど、日本語が出てこなくて焦った」

「俺がな」

「ごめーん。ファイルに埋もれたらスコーンて抜けてしまったんだよ」

「その前から怪しかったんだろ」

「まぁそうなんだけど」


サラダまで平らげてやっと右京はごちそうさまをした。

まったくもって疲れは見えてこない。

恐ろしい。

それともこれが若さなんだろうか。


「さてと、じゃー行きますか」


トレーを持って立ち上がった姿がどこか不審だったので、海崎は眉をひそめる。


「どこへ?」


普通だったらそう違和感をかんじる発言ではなかったのだけど。

でもいつもだったら“戻る”を使うかな。


「どこって現場に決まってるじゃん。捜査の基本!犯人は現場に帰る」

「犯人って・・・」


自分で爆発事故だと言ったじゃないか。要は単なるヤジ馬か?

だが海崎も実は少し行ってみたかった。

あれだけの死傷者を出した凄惨な事故だ。

どうせ近くに行けるわけはないだろうが、少し散歩がてら行ってみるのも悪くない。

幸か不幸かかなりここから駅は近い。

マックを出て歩き出すと、西口を埋め尽くす消防車の群れはすぐに見る事ができた。

もちろん西口に入る道路は全て通行止め。

早朝という事もあってか、閑散とした通りを右京は迷わず駅に向かって歩いていく。


「ご苦労さまです」


消防員とすれ違いざまに声をかけると、消防員もそれに応えてくれる。

そしてそのままあれよあれよという間に最深までたどり着いてしまった。


「お疲れ様です」


右京が隊長らしき人に声をかけたので海崎は肝を冷やした。

また爆発があるかもしれないこんな凄惨な現場に勝手に一般人が足を踏み入れてていいんだろうか?

まぁ止めなかった海崎も海崎なのだけど。


「あぁ、右京先生。来てくれたのか」

「結構大きいね」

「あぁだがまだ原因がちゃんと分かってない。」

「でも無臭だったから、ガスではないと思うけど?」

「無臭?何がだ?」

「もちろん患者さんが」


隊長は大きく息を吐く。


「今日びの先生は患者の匂いまで嗅ぐのか。で、原因は何だと思ってやがる?」

「高濃度酸素、とか」

「高濃度酸素?」

「理科の実験でやったでしょ。ビンの中に酸素入れて火をいれるとよく燃えるってやつ。」

「つまり、密閉された空間で酸素濃度が高いことに気づかず火をつけたって事か?」

「そういう事だねぇ。」

「この新宿駅でそんな場所が?」

「出来てしまったんだろうねぇ、たまたま。だって地下道じゃん、ここ。2辺を閉じて空調がとまって、変わりに酸素が送り込まれれば簡単に状況はできてしまう。偶然ってそんなものでしょ?」

「でもなぁ、そんな偶然ってあるか?」

「まぁあくまで予想でしかないけど。」


おまえの予想は予想じゃなくて予知だと、大人2人は思っていた。

そういえば、と大人2人は同時に何かを思い出す。


「コンプレッサーが」

「防火扉が」


二人が同時に声に出し、お互い譲りあう。どうぞ、と譲ってまずは消防隊長の方から。


「黒焦げのコンプレッサーを消火途中で見かけた気がする。」

「運ばれてきた女性が子供が防火扉が開いた途端に火が襲ってきたと治療中に」

「あたしは暑い暑いと思って歩いてたら火事だったよって言ってるおじさんが居た。」


予知は確信へと変わる。


「おい、コンプレッサーどこで見かけたか覚えてるか?」


隊長が動き出す。

右京は海崎を振り返って、帰ろうかとにっこり笑った。

それはきっと問題解決への自信だったんだと思う。



病院は通常業務に戻っていた。

ただいま、と笑った右京に黒木先生はただ右京のあたまをなでただけだった。

そんな二人のやりとりを見てて、海崎は座り込んだソファでこっくり眠りについてしまう。

そういえば俺、ほんの3時間くらい前に右京の屍を回収して休憩しようと思っていたのだから仕方ないだろ?

もう抗う気力もなくて、必要性も感じないからそのまま海崎は眠りについたのだった。

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