39話 「第三の魔剣セファル」
弦楽器に似た楕円の大剣、嫉妬剣セファル。俺は以前、この剣を使い物にならないと評したが、今は違う。その能力を解明することができている。
「うかつに近づかなくて正解だ。この剣はえげつねぇぞ」
「奇怪な魔装具を次から次へと……」
爺が距離を取って小剣を投擲してくる。主となる武器の剣を握ったまま指にひっかけるように小剣を持ち、そのまま手首のスナップだけで器用に投げ放つ。そのふざけた見た目の投げ方に反して、矢のように鋭い攻撃だった。
「そう。慎重なあんたなら、そうくると思っていた」
小剣は狙い違わず俺を捉えている。一直線に飛来し、俺の胸部に当たった。当たったが、そこまでだ。その切っ先は俺の体を貫けない。いや、俺が着ているメイド服すら傷つけることもできず、“ふわふわと羽のように舞いながら”地面に落ちる。
この男は俺が傲慢剣をしまうや否や、即座に投擲するという手段を取った。遠距離攻撃が解禁されたことをわかっている。『決闘化』のルールに抵触する行為を取ろうとすると、まず頭の中に警告が走る。それを無視して行動しようとすれば強制的にキャンセルされる。その行動制限を、爺は戦士としての肌感覚で理解しているのだろう。
だから俺は、あえてそれを誘導するような伏線を忍ばせておいた。『この魔剣の前では、飛び道具は使わせない』と俺は言った。わざわざ行動制限の原因が魔剣にあることを教えてやったのには理由がある。
「今、俺を攻撃したよな? お前は『罪』を犯した。『罪』には『罰』が必要だ」
この能力の発動条件は相手から攻撃を受けることだ。別に攻撃を食らう必要はない。『攻撃された』という事実があればいい。だから投擲攻撃ではなく、直接斬りかかられた場合でも発動するのだが、なるべく接近戦はしたくなかった。念には念を、というやつだ。
条件を満たしたことで、スキルが使用可能状態となった感覚を得る。
「『罪罰讃頌』!」
スキルを発動する。その直後、爺の体、心臓がある辺りが光を発する。その場所から黒い糸が一本飛び出した。その様子はカマキリの腹から這い出てくるハリガネムシのようなおぞましさがある。その黒い糸は、俺が持つ嫉妬剣の柄へと一直線に伸びて繋がった。俺と爺の間に橋をかけるように互いを結びつける。
「なんだこれは……!?」
この糸は敵にダメージを与えるものではない。まだこの段階では爺は元気だ。剣で糸を切ろうとしているが、びくともしない。一度捕まれば逃げることはできない糸の楔。そして、このスキルの効果はこれだけではない。
糸の色が変わり始める。爺につながった部分を起点として、黒から白へと変わっていく。
「ぐっ、が……! あがああああああ!!」
彼は苦痛に叫び、膝をつく。この楽器の形をした剣は、皮肉にも人を奏でて歌わせる。悪意を呪うおぞましい旋律が敵の体へと入り込み、命を削る。そして削り取ったその命を啜り取る。
白く見える部分は、相手の体から抽出したエネルギーだ。点滴が管を通るように糸の中を移動し、魔剣の腹の中へと収められるのだ。
敵の力を奪い取り、己の物とする。これこそがこの魔剣の能力『罪罰讃頌』。奪い取った力は魔剣の中に蓄積され、俺のステータスを強化する力へと変換される。そしてこの力の流れは不可逆であり、一度吸い取った力は返せない。
その邪悪に満ちた能力は、まさしく魔剣。これは断じて聖剣などではない。他者の才能、努力を無に帰し、浅ましくもかすめ取る嫉妬の魔剣。
「あ、あ、あ……」
“演奏”が終わった。糸の中を流れていたエネルギーが途絶える。老体の中からあらかたの力を吸い取り終えたのだ。糸が切れた人形のように、老いた男は倒れ伏した。だが、残念ながらまだ“糸”は切れていない。
「来い」
俺の意思に応じて剣の持ち手の糸巻きがくるくると回転し、釣り竿のリールのように糸を回収する。ずるずると引きずられながら爺は俺の前へと手繰り寄せられた。
ここでこの魔剣の第二の能力『聖弦結界』を発動させる。と言うより、この能力は常時発動型であり、効果範囲に相手が入りさえすれば影響を与えることができる。
俺を中心として半径約1.5メートル。およそこの剣の間合いとなる効果範囲は、わかりやすく光のサークルで線引きされている。俺の足元に輝くこのサークル内に入ったあらゆるモノの“重さ”を剣へと移動させることが『聖弦結界』の能力である。
移動させた重さは剣に保存することもできるし、サークル内にある物であれば自由に移し替えることができる。つまり、このサークル内に入った全ての物質の重さを自由自在に変えられるのだ。
俺は爺の体から重さを奪った。この能力が恐ろしいのは、操作された重さが元に戻らないところだ。重さを奪われれば軽くなったまま、重さを追加されれば重くなったまま、ずっとそのままにされてしまう。
少なくとも今日一日検証した限りでは『罪罰讃頌』も『聖弦結界』も、奪った力と重さはそのまま保存されている。そして何となく、この状態はこの先も変化しないように感じていた。奪ったエネルギーが剣の中で安定しているのがわかる。完全に取りこまれ、一体化していた。
「お前の“力”と“重さ”を吸い取った。今のお前のステータスは赤子同然だろう。さらに風が吹けば飛ばされるような重さしかない。お前はもう、剣士として生きられない。さあ、どうする?」
こういった手合いは、ひと思いに殺されることよりも、生き恥をさらすことを嫌うはずだ。自分が人生を賭して手に入れた生き様を否定された上で生かされる。何にも勝る屈辱だろう。さて、この男はどんな反応を見せるのか。
嫉妬剣セファルの名前の由来は、ヘブライ語で「比例、重さ、運動、調和」を表す言葉セファルから。




