37話
「なるほど、速い」
なんだ今の音は。さっき、爺さんが素早く剣を斬り払うような動作をしたが……まさか、『早討ち』の斬撃を防いだわけではあるまい。外したか。ならば追加を見舞うまでだ。俺は立て続けに傲慢剣を抜く。
ギキッ――――ギャッ――
爺さんの剣先から火花が散る。彼の足元の地面が斬り裂かれて砂利が舞った。そして、何事もなかったかのように一歩も動かず立ち続ける爺さん。その体に傷は、ない。
いや、まさか、ありえない。防いだのか、俺の剣を……!?
「あいわかった。中身のない剣使い」
「な、に?」
「お前さんは何も考えずにその剣を使っておる。何をしているのか、自分でもわかっていない」
こいつは何を言ってやがる。中身のない剣使い? まるで知ったような口をきく。魔剣の持ち主である俺でさえ知らないことを察したかのように。
「その技は剣術ではなく魔法の域にある。剣を抜かずして勝つ……人生の全てを投げ打ち、剣に命を捧げて修練を重ねようとも余人には到達できぬ一つの極致。“居合の極意”を与える魔剣か。なんとも馬鹿げた剣よ。もし、お前さんが多少なりとも『剣士』であったなら、儂は最初の一合で斬り殺されていた」
「だから何を言って……!」
「お前さんは術理を何一つ理解せず、極意に到達してしまった。ゆえに、その剣は“軽い”」
爺が動きを見せる。前傾姿勢から倒れ込むような勢いで走り出す。得体のしれない敵を近づけたくなかった。俺は『早討ち』を連発して敵の接近を阻む。
「剣の腕は素人も同然。いや、棒きれを振りまわして遊ぶわっぱと同じか。剣を扱うどころか逆に振り回されておる」
俺の攻撃のことごとくがかわされ、いなされる。どこに斬撃が来るのかわかっていなければ到底できない芸当だ。いや、たとえ剣の軌道がわかったとしても、岩さえ紙切れのように両断する傲慢剣の一撃を、こうも容易く防げるものなのか。
「なんだその剣は、魔剣か!? お前のステータスどんだけ高いんだよ!」
「この剣に魔法は込められておらん。そして身体能力は、お前さんの方が圧倒的に高いだろう」
「だったらなんで……!?」
「ステータスとは、体内魔力を魔法で表面的に読み取り、数値化したものに過ぎん」
俺はこの世界の人間の強さを、クーデルカやベルタのステータスを基準として考えていた。たった20にも届かない程度の能力値でも一般には強いとされる。なら、何百もの数値を持つ俺ならどんな強敵が相手でも何とかなると、高をくくっていた。
「その剣技は“魔法”だ。そして魔法を構築するにも術理がいる。ぶつかりあえば、より強い構成を持つ魔法が勝つ。お前さんの“空っぽ”の剣を、儂の剣の術理が食らったまでのことよ」
「……マジモンの妖怪じゃねえかっ、くそったれ!」
何を言っているのか大半理解できないが、とにかくこのまま接近されるのはまずい。距離を取るために後ろへ下がる。
しかし、河原のごろごろとした石に足を取られる。前にばかり集中して足元を見ていなかった。バランスを崩して転びかける。
「うおわあああ!?」
もう転倒してしまうことに意識を割いている余裕はなかった。爺の動向から目を放すわけにはいかない。俺に生じた決定的な隙を前にして、爺は懐から投擲用と見える小さな刃物を取りだしてこちらに投げようとしている。
「ぬ……」
しかし、バラバラと短剣を取り落として素早くその場から退いた。
「この魔剣の前では、飛び道具は使わせねえ!」
『決闘化』のルールに抵触したのだろう。何とか体勢を元に戻す。相手も未知の力を前に警戒しているのか、その場を動かない。ひとまず仕切り直すつもりのようだ。
体勢を整えることはできても、乱された精神まで元通りに落ちつかせることはできない。傲慢剣が通用しない敵。そういう奴らがいることを全く想定していなかったわけではない。それでも、浮かれている部分はあった。異世界に転移し、チート武器を与えられて、無敵の主人公になったような気分になっていた。
だが、出遭った最初の人間が、そのチートを真正面からぶち破ってくるような化物だと誰が想像するだろうか。クーデルカ戦での苦境は自業自得だったから仕方がないが、この爺はない。これはない。
ジャリッ
爺が鳴らしたただの足音にも、思わず身がすくんでしまう。さっき爺が言ったように、ステータスは単なるデータだ。いくら筋力が強化されていようと、俺は強化された体の動かし方を知らない。
この場所は足場の悪い河原である。俺がさっきこけたように、つまずきやすい石がそこら中にある。だが、逆に言えば、この爺はその歩きにくい足場を何の障害もなくスムーズに走っていた。ろくに明かりもない夜にもかかわらずだ。それだけでもこの男がただなならない戦士なのだとわかる。
それでも、傲慢剣の力がこの男に劣っているとは思わなかった。こいつも言っていたように、俺に少しでも剣の心得があれば、難なく倒せた相手なのかもしれない。クーデルカのときもそうだ。あいつは俺よりも傲慢剣を使いこなしてみせた。この剣に秘められたポテンシャルはこんなものではない。
俺がその力を引き出せていないだけなんだ。




