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木村VS  作者:
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木村VS…

「ここにも…ここにも…こんなところにも仕込んでやがる…」

 なにか手掛かりを得られないかと死体を漁っていた木村はその死体のあちこちから幾つものナイフを発見した。袖の下から引き抜いては捨て、体に巻かれたベルトをナイフごと取り外し、舌の裏に隠れた小さなそれを慎重に取り出した。木村の周囲に大小様々多種多様なナイフが散らばる。一通りの作業を終えた後、額をぬぐいながら木村はつぶやいた。


「特にめぼしいものはなし…。わかったのはこいつが重度のナイフマニアってことと…家族がいるってこと」


 死体の首にはペンダントがかかっていた。中を開けると、まだ生きていた頃のそいつと赤ん坊を抱いた綺麗な女性が笑顔を見せていた。目の前に倒れる死体とペンダントの中の写真を見比べると、木村は奇妙な感覚を味わった。


「俺を襲いに来るような奴がなんでこんな弱みになるようなものを持ち歩くかね。自分の家族に危害が及ぶとか思わなかったのか? あ、もしかしてもう死んでるのか」


 ここから抜けだした時、このペンダントは、こいつの正体を追う手がかりくらいにはなりそうだった。これくらいなら脱出の邪魔にはならないし、ポケットにでも突っ込んでいれば十分だ。そう一度は思ったものの、死体の首から家族写真入りのペンダントを盗むのはいくらなんでもという気持ちが強かった。もしこいつの家族が生きてたら、こいつの死を知りたいと思うだろうし、それを伝えるためにはこいつの身辺を探る手がかりが必要だろうし…などと呟きながら死体の首からなんとかペンダントを取り外し、無造作にポケットに突っ込んだ。


 なにか思い出せることはないかと木村はあたりを見回した。あたりには夕日が差していた。森の中とはいっても、木村のいる場所は夕日を遮るような木々がほとんど生えていなかった。30メートルほど離れたところでようやく木々が群生し、それが木村のいる場所を取り囲むように並んでいた。点々と散らばる岩や木が遊具のようでもあり、広い運動場のように思えた。

 この場所だけ、ぽっかりと穴が空いているようだ、と木村は思った。まるでなにかのためにつくられたかのような…。


 思い出せることは結局何もなかった。自分についての記憶ははっきりしていたが、ここ数時間の記憶だけを闇が覆っていた。気が付いたときにはここにいた。そして、いきなりあいつに襲われたのだ。

 木村はもう日が暮れ始めていることに気づき、夜になる前にこの場所から抜けださなくては、と思考のベクトルを変えた。

 森のなかで迷う経験は木村にとって初めてだった。想定すらしてこなかった状況に、どうするのが最善なのか、と木村は考える。

 せめてコンパスがあれば心の支えぐらいにはなりそうだと思ったが、木村はなにも所持していなかった。財布すら持っていなかったことから考えると、仕事中になにかがあったのかもしれない。仕事をするときは財布を持ち歩かないのが常だった。木村がまだ未熟だったころ、身分を特定されないために始めた行動で、ならば別の財布を用意すればよかったのだが、いつのまにかそれが木村の癖になり、願掛けの一種となっていた。星を目印にできないかと思いたったが、森の中では木の影に隠れて星なんて見えないだろうと却下した。

 使える道具も知識も何もない。この場所での野宿を思うと木村は気分が沈み、血だまりに浸る死体をぼんやりと見つめた。

 いったいこいつはどうやってここに来て、どうやって帰るつもりだったのだろう。もしかしたら、ここまでの道のりは意外に単純だったのかもしれない。一本道があるのかもしれないし、例えば何か目印になるようななにかが…。


 注意深くあたりをみてみると、ある一本の木に☓印の切れ込みがあった。そこから奥へ続くように矢印のような切れ込みがいくつかの木々に刻まれているのも見えた。なるほどこれが目印か、と木村は思った。

 これらの印を辿れば外に出れる仕組みになっているのかもしれない。これで帰れると木村は安堵した。

 もう日が陰り始めている。行くならば早くせねば。日の落ちた森の中であれらの目印を見失わないかとはあえて考えないようにした。あいつも光源になるものを持っていなかった。日が落ちる前に抜け出すつもりだったということだ。ならばこの道のりは決して長くはないはずだ。


 その時、奥に動くものが見えた。なにかがこちらに近づいてくる。次第に影の輪郭がはっきりしだし、木村は唾を飲む。かなりの巨体だ。人ならまだいい。熊だけはやめてくれよ…。

 正体を確かめようと目を凝らす。それが人だとわかったのはそいつが服を着ていたからだ。そうでなければ、人というより、熊に近かった。

 肌らしいものが見えたのは恐ろしい光を放つ目の周辺だけで、思うままに伸び切った体毛がそれ以外の全身を覆っていた。片手に巨大ななにかを持っていた。それはおそらく戦いのためのものだった。それを地面に擦り付け、ずぞぞと音を立てながらどんどん近づいてくる。


 目があった。瞳に怪しい光を含み、おそらく髭であろう部分が上下に分かれ、真っ白な歯を覗かせた。

 意思疎通のはかれるような相手とは到底思えなかった。

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