木村VSナイフ
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ナイフが唸り、鋭い風切り音が空に響く。木村が後ろに飛び退くと、水平に振られたナイフの切っ先が木村の額をかすめた。倒れそうになるのを堪え、木村は更に数歩距離を取る。息つく間もなくそいつが迫る。風切り音を響かせるようにナイフを縦横無尽に払いながら木村の元へ突っ込んでくる。木村は考えを巡らせるのをやめた。
無軌道に繰り出されるナイフを紙一重でかわす。そいつの動きをしっかりと見ておきたかったからだ。それは相手を隙を見極めるためでもあったが、なによりの目的は訓練にあったのかもしれない。いつのまにかそいつの動きにも慣れ、そして、あからさまな隙を発見した。
ナイフを突き出すとき胸の前に必ずナイフが来る。あまりにも簡単だったので罠かと一度は思ったが、もしやと思い、試してみることにした。
ナイフがそいつの胸の前に来るのを見て、木村は体を横に逸らした。木村の目の前にすらりとした腕が突き出される。手首を打ちナイフを払った。
これで対等! いや…。
木村はそいつの腕を掴み、そいつの背後に回って押し倒した。そのままそいつの背に馬乗りになると、余った方の手も使い、そいつを抑えこんだ。
穏便に済ませたかったのだがどうにも暴れるので、最初に掴んでいた方の腕を折った。一瞬の悲鳴が上がり、蝋燭の火が消えるようにそいつの体から抵抗の意思が消えた。ようやく静かになったと木村は安堵のため息をした。
「お前は何者だ?」木村が言った。
背は低く、痩せ型の、男、ゆったりとした服装、全身が黒、目がぎょろりとしている、髪は長め…。木村はそいつにまったく心当たりがなかった。木村の仕事上、そういうことは珍しくなかったのだが、木村はいつもその質問を投げかけた。
そいつはずっと黙っていた。よくあることだ。突然襲ってくるような相手がペラペラと自身の素性を名乗れるはずがない。木村は別の質問をすることにした。
「ここはどこだ?」
このことは木村にとってもかなり奇妙だった。なぜ自分はこの場所にいる? この場所は一体何だ? 思い出そうとしたがおそらくここにたどり着く経緯にあたる記憶が暗闇にすっぽり飲み込まれていた。
誰かに薬でも盛られたのか? やけに痛む頭を気にしてそう考えた。
「知らない」そいつが答えた。
「知らないはずないだろう」
「知らないものは知らないんだ」
「嘘をつけ!」
「本当になにも知らない!」
コテコテだ。指の爪くらい剥いでやろうか。
「じゃあ別の質問だ。なぜ俺を襲った。誰に雇われた」
「誰にも…! 知らない…! わからないんだ…!」
話にならない。木村の腹の底から苛立ちが湧いてきた。腕を折られたくらいでこんなに惨めになるとは、今まで会った中にもこういう奴はいたが、一番嫌いな人種だ。頭の痛みと相まって、木村の苛立ちはどんどん高まっていった。腕を掴む力が次第に強くなる。
「いてえ! いてえよ! もうやめてくれ!」
「やめてほしいならなにか話せ!」
「なにも話せない! なにも知らない!」
「そんなはずないだろう!」
木村は掴む力を更に強めたが、ついにそいつが泣き出すのを見て手を放した。
こいつ、本当に同業者か?
情けないそいつの姿を見るに見かねて、立ち上がろうとした瞬間だった。そいつの腹と地面の間からぎょろりと光るものが見えたと思ったら、それが弓なりになって襲ってきた。
思わず木村は倒れこむ。間一髪だった。それは木村の体を傷つけることはなく、しかし安心している暇はなかった。いつの間にか立ち上がっていたそいつが地べたに座る木村へそれを突き出してきた。
やばい! 木村は思った。右手の違和感に気づいたのはその後だ。右手の下になにかある。考えるまでもなくそれがなにかわかった。木村はそれを無意識のうちに握った。
快音が鳴る。木村の手にあったのは先ほどそいつの手から払ったナイフだった。木村の掴んだナイフがそいつのそれを弾いたのだ。そのまま木村は起き上がり、ぎょっとするそいつの首を掻き切った。首から血を吹き出しながらそいつは倒れた。そいつの首を中心に血溜まりができるのを見ながら、そういや、首を切ったのは初めてだったな、と木村は思った。




