六
指揮所入口から、内部に踏み込んだ億十郎たちを出迎えたのは、完全な静寂だった。
入口から入ると、すべすべした壁と、光沢のある床が億十郎たちを取り囲む。
人気は察知できず、森閑としている。
億十郎は軽く腰を沈めた姿勢のまま、耳を澄ませる。
遠くから、ざわざわとした気配を感じる。だが、出入口には億十郎の侵入に対する攻撃は全くなかった。
息を吐き出し、億十郎は理恵太に尋ねる。
「なぜ、誰も立ち向かおうとせぬので御座ろう? 拙者らが侵入したのは、とっくに知れておるはずなのに……」
理恵太は、出入口の上を指差した。
「あれを見て!」
指差した方向を見上げると、出入口近くの天井に、奇妙な絡繰が吊り下がっている。同じ絡繰は、外でも見た。絡繰の前面には、ギヤマンの球が嵌まっていた。
億十郎の外から借りた知識に、あれは「監視照相機」であると回答があった。
理恵太は皮肉な笑みを浮かべ、説明した。
「多分、あのカメラで、億十郎が見張りの司令官を斬り殺した様子を見てたんだわ。司令官たちも、あたしたちと同じで、他人の死は報告書だけでしか知らないから、本当の殺人を目にして、怯え上がっているのかも」
アイリータが「はっ!」と笑った。
「監視カメラの映像は、第四指揮所だけじゃなく、全指揮所にも配信されているわ! だから、今あちこちに残っている兵士たちも、同じ結論に達しているでしょうね。司令官の本質を、皆、思い知ったはずよ!」
億十郎は背筋を伸ばし、歩き出す。
「では、こちらから参ろう……。臆病風に吹かれているのなら、勝手に隠れておれば良いので御座る!」
億十郎の胸には、怒りが湧き上がっていた。戦場の将なら、一兵卒を前に、このように竦み上がっているのは許されない!
のしのしと、大股に億十郎は歩く。
曲がり角に来た途端、前方の通路に人影が垣間見えた。
はっと億十郎は引き下がり、通路の陰に身を潜める。
ががががががっ!
狭い通路に、機関銃の猛烈な射撃音が響いた。隠れた通路の壁が、銃撃で次々と削り取られる。濛々と火薬の煙が充満し、金臭い匂いが億十郎の鼻腔を刺激した。
敵の姿は、一瞬も目にできない。ほんの少しでも確認しようと顔を出せば、たちまち銃弾の餌食だ!
糞っ!
億十郎は歯噛みした。
このまま立ち往生してしまうのか?
背後を見ると、アイリータも、理恵太も、完全に竦み上がって、身動きもしない。これでは、二人をあてにはできないだろう。
億十郎は銃撃の合間を見て、通路を観察した。通路は鍵形に曲がっていて、敵は曲がり角から銃口を突き出している。
どうやら、こちらの姿を確認して、射撃しているのではなさそうだ。盲滅法、音を頼りに鉤金を引いているのだろう。
自分の位置と、壁の角度を確認する。
ようし……。
億十郎の胸に、曰く言いがたい自信が漲った
数歩引き下がり、億十郎は四肢に力を込めた。
理恵太が心配そうな声を上げる。
「億十郎! 何をしようと……」
億十郎はちら、と理恵太を振り返って、にっと笑い掛けた。
手の平を上にして、伸ばす。
「理恵太殿。頼みが御座る。拳銃の銃弾、拙者に少し分けて貰いたい」
「はあ?」
理恵太は戸惑った表情になる。
おずおずと、帯に挟んだ銃弾の箱を取り出した。箱を開き、中から数発の銃弾を億十郎の手に握らせた。
「本当に、どうするつもりなの?」
「まあ、楽しみにして貰いたい……」
ぐっと銃弾を握り締めると、億十郎は勢いをつけて走り出す。