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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第十一回 分裂司令官の陰謀の巻
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 塹壕を、億十郎たち三人は、一散に走っていた。幅は狭く、人一人がぎりぎり通り抜けられるほどである。深さは、億十郎の頭がすっぽり隠れるくらいで、見上げると、鈍色の曇天が覗いている。

 億十郎は〝戦略大戦世界〟に飛び込んでから、一度も青空を見た記憶がない。もしかしたら、こちらの世界は、ずっとこのまま晴れ上がる時がないのかもしれなかった。

 目の前には、道案内のアイリータの背中が見えている。金髪が揺れ、長い足が大股に、通路を走る。身長六尺の、均整の取れた身体つき。

 アイリータがさっと、身を屈めた。間髪を入れず、億十郎も身を沈める。

「思ったとおり、待ち伏せよ!」

 首だけ捻じ向け、アイリータが小声で囁いた。億十郎はアイリータの肩越しに、前方を覗き込む。

 背後から、理恵太が億十郎の背中に負ぶさるように、ぴったり身を寄せてきた。

 全員、岩陰に身を潜めて前方を窺った。

 通路は、全員が身を潜めている場所から、いきなり幅が広がり、地面も舗装されている。指揮所入口らしき壁が立ち上がり、司令官二人が、手に銃を持って立っている。

 二人とも、視線は鋭く辺りを見回しているが、どことなく、だれきった様子が見えた。

 一人が制服の隠しから、煙草を取り出し、着火具で点ける。煙草の先が、赤々となって、司令官はふーっと煙を吐き出した。

 億十郎は呆れた。

 明らかに歩哨の役を任じているはずなのに、のうのうと煙草を口にするとは。しかも、もう一人の司令官は咎める様子もない。何と、もう一人を真似て、煙草を咥えた。

 二人とも、のんびりとした様子で、煙を吹かしていた。

 億十郎はアイリータに囁いた。

「どういうわけで御座ろう? 我らの襲撃を、警戒している様子が、微塵も感じぬが?」

 アイリータは薄笑いを浮かべていた。

「司令官だからよ! 今まで、司令官以外の任務に就いた経験はないのよ! おまけに、自分たちは【遊客】だという自信が、自惚れとなっているに違いないわ!」

「なるほど。敵の油断は、我ら最高の味方で御座るな……」

 億十郎は手探りで、地面から小石を攫った。

 手の平で重さを計り、さっと立ち上がって、びゅっと渾身の力を込めて投げつける。

 びしっ! と、億十郎のつぶてが、右側の司令官の頬に当たった。

 わっ! と当てられた司令官は驚愕の表情になり、もう一人の司令官は慌てて銃を構える。

 銃口が持ち上がったときは、すでに億十郎は全力で走り出していた。

 たん! と億十郎は司令官の目の前で、地面を蹴って飛び上がった。

 億十郎の身体は、一丈以上も飛び上がっていた。銃を構えた司令官は、ぽかんとした表情で、空中の億十郎を見上げる。

 空中に躍り上がった億十郎は、鯉口を切り、地面に足がつく寸前に、大刀を振り下ろしていた。

 ぐわっ! と手応えを感じ、億十郎が顔を上げると、額の真ん中を割られた司令官が驚愕の表情を張り付かせたまま、仰け反っていた。額から鮮血が噴き出す。

 どう──、と司令官は仰向けに倒れた。

 ようやく、握っていた銃の鉤金トリガーが引かれ、だだだだっ! と銃口から銃弾が空へ向けて撃ち放たれる。

「わわわわ!」

 頬に礫を食らった司令官は、出し抜けの事態に完全に恐慌を来していた。

 腰を沈めた姿勢のまま、億十郎は手にした太刀を、横に薙ぎ払った。

 ばずんっ! 籠もったような音と、ぶわっと生臭い匂いが立ち込める。

「ぎええええっ!」

 司令官は絶叫していた。

 腹を両手で押さえている。

 制服がぱっくりと切り裂かれ、驚くほどの大量の血液が迸った。押さえている両手の間から、にゅるにゅると腸がはみ出す。

 億十郎は太刀を引くと、切っ先を司令官の胸に身体ごとぶち当てるつもりで、突き刺した。

 骨を切っ先が切り開き、億十郎は歯を食い縛って力を込める。

 億十郎の視線と、司令官の視線が、かち合った。

 信じられない……という表情が司令官の顔に浮かぶ。

 微かにいやいやをするように、司令官は首を何度か振った。なぜか、唇の端に笑いが浮かんでいる。

 両手ではみ出した腸を押さえたまま、司令官はゆっくりと膝をつき、仰向けに倒れた。

 億十郎は、それまで息を全くしていなかった。司令官が倒れたのを確認して、ようやく呼吸を取り戻す。

 まだ司令官の胸には、太刀が突き刺さったままである。億十郎は引き抜こうとして、がっちりと突き刺さったままなのに気付く。骨に食い込んで、中々引き抜けない。

 結局、司令官の胸に片足を載せ、力任せに引き抜いた。

 懐紙で刀身を拭って、光に翳す。

 億十郎の差料は、無銘であるが、無反むぞりの業物で、刀身の分が厚い。人、二人を斬り殺した後なのに、刀身には刃(こぼ)れ一つない。

 振り向くと、アイリータと理恵太が、呆然とした表情で立ち竦んでいた。二人とも、蒼白な顔色である。

 理恵太は今にも倒れそうだ。

「殺したのね……」

 アイリータが目を見開き、呟いた。完全な無表情で、唇が細かく震えている。

 億十郎はぱちりと、太刀を鞘に収めた。

「左様。殺し申した。これは、戦いで御座る」

 返事をしたが、億十郎は首を傾げる。

「しかしアイリータ殿も、理恵太殿も、今まで〝戦略大戦世界〟において、何度も戦いに赴かれたので御座らんか? その際、何人も敵を殺したのでは?」

 理恵太は怒ったように答えた。

「そりゃ、そうよ! でも、あたしはF22ラプターで、空中戦や、地上爆撃の支援はしたけど、敵と顔を合わせての殺し合いは、一切していないわ!」

 アイリータが後を引き継いだ。

「それに、殺したといっても、相手は接続している【遊客】よ。この〝戦略大戦世界〟で戦死しても、本体は現実世界で無事に目覚められるから、本当に殺したことにはならない。でも、今そこで殺されたのは〝ロスト〟した司令官なのよ……。これは、本当の殺人と同じなの!」

 億十郎の耳は、微かな足音を聞きつけていた。

「急ぎ申そう! 今の物音で、敵が気付いたようで御座る。つべこべ、議論している暇は、一時も御座らんぞ!」

 アイリータと理恵太に、緊張が走った。

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