四
建物は、砂色に塗装され、地面の色と見間違いそうである。指摘されないと、建物があるなどと、気がつかない。
「ここからでは、遠すぎて、よく見え申さぬな……」
呟いた億十郎だが、出し抜けに建物がぐーっ、と視界一杯に広がった。思わず、億十郎は呟いた。
「これは……! 遠眼鏡で見たような感じで御座るな!」
理恵太が解説してくれた。
「それは、望遠モードよ。その気になれば、顕微鏡モードにもなるから、色々便利なの。【遊客】の特権ってやつ!」
「なるほど……」
億十郎は感嘆した。
「【遊客】の能力には、驚くばかりで御座る。いったい、【遊客】には、どれほどの隠し能力があるので御座ろうか?」
理恵太は肩を竦め、首を振った。
「それほど多くはないわ。強い筋力、底なしの体力、素早い反射神経、色々な波長を使える視力などね。でも、普通のNPCでも、修行次第では【遊客】に近い能力を身につけられるから、人間離れはしていない。あまりに超人的な能力を持つと、仮想現実で、普通の生活を過ごせなくなるから。NPCの中には、【遊客】は空が飛べるとか、他人の心を読む、未来を見通せるなんて思ってるらしいけど、全部、出任せよ!」
理恵太の言葉に、億十郎は微かに頬が熱くなるのを感じた。億十郎も、【遊客】の途方も無い噂を、ちょっぴり信じていた時期があったからだ。
理恵太の言う「望遠モード」で見た第四指揮所という建物は、べったりとした箱型で、地面に近い場所に、細長い窓が幾つか穿たれている。
あそこから、外部を監視するのだろう。もちろん、敵が攻めてきたら、機関銃を使って撃滅するのだ。
視界を元に戻し、辺りを見回す。
地形はなだらかで、身を隠す場所は、どこにも見当たらない。このまま何の策もないままウカウカと近づけば、あの細長い窓から格好の的となる。
「どうやって近付き申す?」
アイリータは素早く周囲を見渡した。
「指揮所同士は、塹壕や、地下通路で繋がれているわ。だから、あたしたちも、その一つを使えば、こっそり近付けるかも、でも、当然、見張りがあるでしょうね」
億十郎は反論した。
「しかし、アイリータ殿が呼び掛けたので御座ろう? 司令官に従ってはならぬ! と。司令官に従えば犯罪者と見做す、という発布は、全軍に通達されていると思われるが」
アイリータは頭を振り、にっこりと挑戦的な笑いを浮かべた。
「そりゃあ、そうよ! 今頃、多くの兵士たちは、去就に迷って、情勢を見守っているか、さっさと現実世界に逃げ出しているわ。でも、踏み止まっている連中も大勢いる」
億十郎は唾を呑み込んだ。このような情勢で踏み止まるとは、大変な忠誠心だ!
「どのような輩で御座る?」
アイリータは悪戯っぽく、笑った。
「判らない? 理恵太、あんたには、判るでしょ」
呼び掛けられ、理恵太は大きく頷いた。
「判る。逃げ出したくとも、逃げられない境遇の兵士たち」
理恵太の口調に、億十郎は思い当たった。
「それは……!」
アイリータは唇の端を持ち上げた。
「そうよ。〝ロスト〟した【遊客】たち。つまり、大勢の司令官が、自ら兵士となって、あたしたちを待ち受けているはずよ!」
「うーむ!」と億十郎は唸った。司令官とはいえ、そもそも【遊客】である。筑波山で戦った、山伏姿の、司令官二十六号の手強さを思い出していた。
つい、腰に差した大小に手が伸びる。
頼りは、この大小のみか?




