二
司令官たちの会話を聞いていた理恵太と、アイリータの顔に、怒りが浮かぶ。
アイリータが爆発した。
「何を言っているの! 他の仮想現実からNPCを拉致するなど、犯罪ですよ! 仮想現実を監視する倫理機構が、黙っているわけ、ないでしょう?」
億十郎は、画面の二十六号司令官に叫んだ。
「清洲屋のお蘭殿は無事なのか? 江戸から連れ帰った娘たちは、どこにいる?」
二十六号司令官は、昂然と顎を挙げ、億十郎を無視して他の司令官に話し掛けた。
「こいつを逮捕しろ! 俺の右手から、親指を斬り取った奴だ! 俺たちの計画の邪魔になる!」
司令官たちは、一斉に億十郎に向き直った。
五号司令官が指先を億十郎に突きつけ、喚く。
「警備兵! 警備兵! すぐにこの江戸NPCを拘束せよ!」
だだだっ、と足音がして、司令室に警備兵が雪崩れ込んできた。
アイリータが、その前に立ちはだかる。
「やめなさいっ! 司令官の命令は、無効です! 司令官たちの計画は、明らかな犯罪です。犯罪に手を貸すと、あんたたち、二度と仮想現実に接続できなくなるのよっ!」
ぎくりっ、と警備兵は立ち止まった。
先頭の警備兵が、司令官たちに声を掛けた。
「今の大尉殿の話は、本当ですか?」
司令官たちは「くくくっ!」と歯を食い縛った。
「いいから、拘束するんだっ! 命令に反抗するのか?」
しかし、警備兵たちは動かない。お互いの顔を盗み見合い、躊躇っている。
アイリータが勢いづいて口を開いた。
「ほーら、御覧なさい。説明できないでしょ。司令官たちは、すでに〝ロスト〟しているから、接続拒否も怖くないわ。でも、あんたたちは違うでしょ? 二度と〝戦略大戦世界〟はおろか、他の仮想現実に接続もできなくなるのよ! それで良いの?」
ぐわらっ……! と、警備兵は手にした銃を投げ出した。
「やめた! 近ごろ司令官の命令は、どうにも妙なものが多くて、やってられねえって、俺たち思ってたんだ。何が起きているか知らないが、俺たちは関係ないね!」
それが切っ掛けで、司令室に召集された警備兵たちは、次々と銃を手放す。態度は不貞腐れ、不服従を全身で表している。
司令官たちは、蒼白になった。
「お前ら……」
アイリータは億十郎の袖を掴んで囁いた。
「今のうちに、脱出しましょう! 二十六号司令官のいる第四指揮所は近くにあるから、今から急げば、まだ間に合うかもしれない」
億十郎は鋭く頷くと、理恵太と共にさっと身を翻した。
一人の司令官が、机の抽斗に手を掛けた。
それを見た理恵太は、近くに立っていた警備兵から、素早い動きで拳銃を奪う。
警備兵は呆気に取られていたが、身動きもしなかった。完全に、「我関せず」を決め込んでいる。
理恵太の手にあるのは、検査のときに取り上げられた拳銃である。銃口をぴたりと司令官に据え、叫ぶ。
「動かないで! あたしたちが、部屋を出るまでおかしな動きをしたら、すぐ鉤金を引くからね! あんたたちは、〝ロスト〟しているから、この場の死は、取り返しがつかないのよ!」
抽斗に手を掛けた司令官は、凝固している。しかし表情には、強張った怒りが満々と漲っていた。
司令官たちは身動きもせず、司令室から立ち去る億十郎たち一行を見守っている。
全員が出入口に移動し、億十郎は殿軍を守って叫んだ。
「走れっ!」
だっと、理恵太、アイリータは全力で走り出す。
司令室の出入口からちらっと室内を振り返ると、司令官の一人が電話を持ち上げ、何か小声で命令をしていた。
億十郎はアイリータの後に続き、大股で駆け出した。




