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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第九回 【遊客】能力発現の巻
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 源三の大声に、大部屋にいた他の客が、好奇心に溢れた表情で、こっちを見た。

 が、億十郎と鴉の間に漂う剣呑な気配に、係わり合いを避けようと慌てて視線を逸らした。

 鴉は薄く笑いを浮かべ、億十郎を見上げている。

 億十郎はからすに向かい、静かに尋ねた。

「鴉よ。一つ聞きたい」

「何だ?」

「天狗党についてだ。天狗党と、水戸家と、どう係わりがあるのだ?」

 億十郎の問い掛けに、鴉はプイとそっぽを向き、苦々しげに答えた。

「水戸家中とは、何の関係もない! 天狗党の誰一人として、水戸家中には、全く係累すらないのだ」

 億十郎は首を振った。

「それは面妖な! お主、目黒富士を造ったのは、水戸天狗党と拙者に教えたはず。あれは嘘か?」

 鴉はじろりと億十郎を見上げた。

「嘘ではない。天狗党は、水戸家の重役に、ある提案を持ち掛けたのだ。取り引きと言って良いが……天狗党の取り引きに御重役連は乗って、そのせいで天狗党は水戸家の名を利用できるようになった」

 鴉の口調には、天狗党に対する、憎悪が含まれていた。億十郎は天狗党と、雑賀さいか党に根深い対立があるのを感じていた。

「取り引き? どんな条件なのだ」

「金よ! それも、目も眩むような大金だ」

 鴉の言葉は忌々しげだった。

「天狗党の首魁は、重役たちに、水戸家が名前を貸してくれれば、引き換えに莫大な資金を提供すると言ってきた。その代わりに筑波山を天狗党が使用し、以後、一切、知らぬ存ぜぬを通せという条件だった」

 源三が、初めて顔を上げた。

「成る程……。それで中納言様が、急に借金の返済を持ち出したのですな! 天狗党が、水戸家の金蔓になったわけで?」

 億十郎は源三の嘆声に取り合わず、鴉に次の質問を仕掛ける。

「それで、雑賀党と天狗党とは、どう係わりがあるのだ?」

 鴉は、ぐいと顎を上げた。瞳が挑発的に光った。

「我ら雑賀党は、初代の鈴木孫一様が水戸家の筆頭重役におなりになられて以後、お家をお守りする役目を負っておる! 当代の孫一様は、天狗党の持ちかけた条件に疑問をお持ちになられたのだ。それで我らは、天狗党の企みを暴かんと探索を続けた。しかし……」

 鴉は言葉を呑み込んだ。億十郎は、探索の試みが失敗したのだろうと推測した。忍者にとって、恥辱で、言葉に出せないに違いない。

「天狗党は筑波で、何をしておるのか、判らないのか?」

「判らん! 筑波山を結界として、余人の立ち入りを禁じておる。我らは何度も探索の手を伸ばしたが、その度に跳ね返された」

 億十郎は腕組みをして、首を傾げる。

 最初からの疑問を口にした。

「それで、拙者に何か用か? わざわざ先回りしたのには、何か訳があるのだろう」

 鴉はぐっと億十郎に顔を近づけた。億十郎はちょっと、身を反らせる。それほど鴉の顔つきは真剣だった。

「俺は何としても天狗党の企みを暴きたい! だが、それには俺一人では無理だ。お前の協力が必要なのだ!」

 いよいよ鴉は己の魂胆を明かしてきた……! 億十郎は密かに身構えた。

「拙者の協力?」

 癖なのか、鴉はぺろりと唇を舐める。多分、重要な話になると、無意識に出るのだ。

「そうだ。お主は自分が【遊客】の血を引いているのを知っているな。俺もそうだ。しかし、俺が見るに、お主のほうが、より濃く【遊客】の血を引いているようだ。もし覚醒すれば、ほとんど本物の【遊客】と同じ力を発揮できるだろう」

 鴉は哀しげな表情を浮かべる。微かに首を振り、自嘲した。

「俺を見ろ! 確かに俺は【遊客】の血を引いているが、背丈は五尺そこそこ。江戸にやって来る【遊客】の、雄大な体躯は欠片ほども顕れておらん。もしお主のような体躯に恵まれておれば、多分、剣客を目指していた。俺が忍者になったのも、この身体つきのせいだ。俺の能力では、天狗党の結界は破れぬ。しかし、お主が目覚めれば、多分、結界を破れるかもしれぬ」

 億十郎は、首を振った。

「しかし、拙者にはどうしたら目覚められるのか、さっぱり見当もつかぬのだ。知り合いの【遊客】も、知らないと言っている。鴉よ、お前には拙者の【遊客】としての能力を目覚めさせる方法が、何か判っているのか?」

 鴉は、炯々とした目の光になった。

「確証はない。しかし水戸雑賀党に伝わる、とある方法がある。水戸家には代々、【遊客】の血を引く者が存在する。それ故、覚醒のための、手段があるのだ。絶対確実とは言えぬ。だが、お主が立ち向かう気があるなら、試してみても良いだろう」

 億十郎は鴉の顔を見詰めた。鴉は億十郎の凝視に、目を逸らす。

「ははあ!」

 億十郎は大声を上げた。

「多分、相当に危険な方法なのだろうな?」

 鴉は視線を落とした。視線を落としたまま、呟くように答えた。

「そうだ。命の危険すら、ある」

 源三が身を乗り出した。

「億十郎様! いけませぬ! そ奴の甘言に乗っては駄目です! そ奴は、億十郎様に罠を仕掛けているのですぞ!」

 鴉は源三を見て、苦く笑った。

「罠か。確かに、俺の提案する方法は、罠かもしれぬ。だが、他に方法は一切ないのだ。今のままの億十郎では、以前と全く同じ結果は目に見えている。天狗党の仕掛ける罠は、本当に命を奪う可能性があるのだ」

 億十郎は静かに尋ねた。

「お前の言う方法とは、どのような方法なのだ」

 鴉は息を吸い込み、はっきりとした口調で答えた。

「俺たちの間では〝暗闇験し〟と呼ばれている」

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