五
近くに、永林寺という曹洞宗の寺があり、門前町を作っている。宿を取り、億十郎は一同の休息を図った。
案内された客間に通された理恵太は、ごろりと床に寝ころび、顔を顰めて足を擦った。
「畳がないの?」
不思議そうに呟く。億十郎たちが宿泊する宿には、畳間はなく、茣蓙を代わりに使っている。部屋も仕切られておらず、大きな一間に、宿泊客が雑魚寝する。
源三が、すまなそうに答えた。
「この辺りは田舎なので、畳間はあまり使われておりませんので……。これで我慢なすっておくんなせえ」
億十郎は素早く源三の言葉を補強した。
「屋根があるだけ、有り難いではないか。明日からは、野宿を覚悟せねばならぬ」
理恵太が何か言おうとした刹那、それまで、隣で煙管を使っていた老人が、話しかけてきた。
「お侍さま方は、筑波のお山にお登りになさるんで御座いますか?」
真っ黒に日焼けして、着ている物も粗末で、近在の百姓らしい。老人はぷっと灰吹きに煙管の灰を始末して、会話に加わる姿勢になった。
田舎では、他人の会話に、地元の人間が実に気安く割って入るのが、当たり前である。
源三は老人に向き直り、相手をする姿勢になる。源三もまた、人懐こい性格で、このような割り込みを嫌がらない。
「そうだよ、爺さん。俺たちは、筑波山に登る途中だ」
老人は口を丸く開け「ほお!」と、大仰に感嘆の声を上げた。
「それはそれは、ご苦労な……。しかし」と、老人は理恵太を見る。
「そちらの娘御も、御一緒で?」
源三は「初めて気付いた」という顔つきになった。
「もしかして、筑波山は女人禁制かね?」
老人は首を振った。
「昔は女人の立ち入りを禁じておりましたが、今は違います。ただ、筑波のお山は、そう高くはないのですが、中々きつい登りが続きますので、娘さんで大丈夫かと、要らぬ心配を致しました」
源三は老人に丁寧に尋ねる。
「筑波について、他に知っていることがあれば、教えてくれぬか?」
老人は胡乱な表情になる。
「はて、何を、で御座いましょう?」
源三は、ちらりと億十郎を見た。億十郎に同意を求めている。そうと察して、億十郎は微かに頷いて見せた。
「天狗党という集団が、筑波を本拠としている噂があるが、何か聞いておらぬか?」
途端、老人の顔が、すっと青ざめた。慌てて俯き、ぷいと横を向く。ぐっと顎を噛みしめ、頑なな表情になった。
「知らねえ!」
源三は老人に顔を近づける。
「おい、爺さん。ここにおわすのは、関東取締出役の、大黒億十郎様だ。訳あって、筑波山に探索のため、お出ましになった。何か知っているなら、正直に話してくれ!」
が、老人は益々頑なになるばかりだ。完全に顔を横に向け、背中で拒否を示している。
源三は「どう致しましょう?」と億十郎に向き直った。億十郎は膝を滑らせ、老人の横に並んだ。
しげしげと老人の横顔を覗き込む。
膝元に視線を落とした老人は、億十郎の視線を避け、煙管入れを捻くっていた。
億十郎は静かに話し掛けた。
「知っていることを、洗いざらい話してくれ」
返答はない。億十郎はちょっと顎を挙げ、腕組みをした。
「俺に教えるため、先回りしたんだろう? 鴉!」
「何ですってえ!」
源三が大声を上げた。
老人が顔を上げた。にやりと笑うと、億十郎に向き直る。
「やれやれ、お前さんには敵わない。どんな変装しても、無駄のようだな!」
ごしごしと、両手で自分の顔を擦る。ぼろぼろと顔の皮膚が剥がれ落ちた。手を白髪に持ち上げ、すぽりと鬘を毟り取った。
雑賀忍者、鴉の素顔が現われた。
源三と、理恵太は呆気に取られていた。ぐっと両拳を床に押し当て、鴉は億十郎の正面に向き直った。
「いかにも、お主の推察どおり、先回りしていたのだ」




