四
夜明け前に出発した億十郎の一行は、がらがらと喧しい音を立てる〝足蹴り木馬〟で街道を走っていた。
片足を板に載せ、もう一方の足で地面を蹴る。前後に直径一尺ほどの車輪が挟まり、相当な速度が出る。
江戸の【遊客】による発案の、道具である。街道では早飛脚の他、先を急ぐ旅人に、頻繁に利用されている。
目的地の筑波山へ一刻も早く辿り着きたいと思い、億十郎が源三に手配させたのだ。購入するのではなく、借用したので、目的地近くで乗り捨てれば良い。後は貸し足蹴り木馬屋の使用人が、受け取る手筈だ。
億十郎の説明に、理恵太は晴れやかな笑みを浮かべ言い放った。
「つまり、レンタル・バイクね!」
億十郎は戸惑った。
「あのう、練炭で走るのではなく、足蹴り木馬で御座るが? それに、馬育とは、厩で御座ろうか?」
理恵太は唇の端を、ひくひくと痙攣させた。必死になって笑いを堪えている。
億十郎は【遊客】との会話に、時折困難を感じていた。どうも、お互いの語彙に、とんでもない誤解がありそうなのだが……。
とにかく、一行は足蹴り木馬を快調に飛ばし、旅を続けていた。
空気はぴん、と張り詰めたように冷たい。秋も深まり、そろそろ冬の足音が聞こえているのだ。
一行の中では、理恵太が足蹴り木馬を一番、上手く走らせている。足蹴り木馬は【遊客】の発案であるから、理恵太が上手く乗りこなすのも、当たり前なのだろう。
億十郎は、今度は筑波の西側から接近するつもりであった。下野から真壁に廻り、湯袋峠から山頂を目指す。
湯袋という名前から、温泉を連想するが、今は湧水があるだけで、温泉はない。昔は人肌ほどの温水が湧き出たらしいが、それも昔語りであって、本当かどうか、確かめる術はない。
源三が億十郎に並んで、声を張り上げた。足蹴り木馬の騒々しい走行音で、声を張り上げないと、お互い聞き取れない。
「億十郎様! とうとう鴉は現われませんでしたな?」
億十郎は黙って頷くだけだった。鴉は、出発前に億十郎の決断を促すと言い残したが、とうとう姿は現さなかった。
億十郎は鴉の同行を、許すとも許さないとも決断はしなかった。だが、結局のところ、必要はなかった。しかし、本当に鴉が現われたら、どう決断したろうかとは、今でも判らない。
「あ奴め。恐らく、臆病風に吹かれたに決まってます!」
源三は上機嫌である。
そうだろうか? 億十郎には判断できない。
とてもじゃないが、鴉が臆病風に吹かれたとは信じられない。多分、何か重要な出来事が起きたのだ。それで、億十郎に姿を見せられなくなったのだ、と億十郎は考えていた。
下野から北東に桜川が蛇行して、億十郎は真壁で足蹴り木馬を乗り捨てる。木馬のお陰で、旅は捗った。




