六
二郎三郎は「虚ろ舟」の記録箱を手に取り、しきりと捻くっている。ぽりぽりと、顎を掻き、「ふーん」と感心したような、声を上げた。
「確かに、こりゃ、戦闘機の部品だ。お江戸じゃ、絶対に見当たらない代物だ……。おい、億十郎! すっかり、最初から話してくれろ」
声を掛けられ、億十郎は口を開いた。
上総国で、理恵太の「虚ろ舟」が空中から突如として出現し、海岸に不時着。同時に、億十郎の手許に、婚約者のお蘭が、目黒富士で行方が知れなくなった顛末を記した書状が届く。
理恵太を伴い、横浜で外国奉行と面談し、出島に赴いた次第。最後に、筑波山での、敗走について。
二郎三郎は記録箱を懐に仕舞い込み、腕を組んだ。腕組みしたまま、首を傾げて億十郎を見詰めた。
「目黒富士での失踪と、理恵太の出現がほぼ同時ってのが、どうにも気になるな……」
億十郎は勢い込んで答える。
「二郎三郎殿も、同じ考えで御座るか? 江戸と、袖ヶ浦。場所は離れて御座るが、拙者は、二つの事件が、同じ源に起きたものと愚考いたしております」
二郎三郎は深く頷いた。
「気になるのは、もう一つ! お前さんに付き纏っているらしき〝鴉〟と名乗った忍者だ。恐らく、水戸の、雑賀党に繋がりがあるんじゃないのか? とするとだ、水戸家中において、二つの集団による深刻な対立があるのかもしれねえな! 億十郎。お前さん、もしかしたら何かの戦いに、巻き込まれているんじゃねえかい?」
二郎三郎は、からかっているような目つきになった。億十郎は強いて無表情を保ち、ゆっくりと首を振る。
「巻き込まれていようが、いまいが、関係は御座らん。拙者は武士で御座るゆえ、しかるべき戦いなら、逃げはいたしませぬ!」
二郎三郎は「あははは!」と呵呵大笑した。
「良い答だ! お前さんの覚悟、とっくりと見せて貰った。ところで……」と、二郎三郎は、懐から記録箱を取り出す。億十郎を見て、問い掛けるような目つきになった。
「理恵太殿の件で御座るな?」
二郎三郎は頷き、唇を曲げた。
「そうだ! なんで、あれ程までに本名を明かすのを嫌うのか、訳が判らん! まさか、よほど奇妙奇天烈な名前、などということもあるまいが……」
億十郎は、ちょっと間を置いて口を開いた。
「拙者、憶測で御座るが……。二郎三郎殿は、理恵太殿は、いかほどのお歳になっておられると見受け申すか?」
二郎三郎は目を瞠った。
「そりゃ……、俺には十五、六歳くらいと思えたが……。そうか!」
二人は目を見合わせ、頷きあった。二郎三郎は何度も頷き、眉を寄せた。
「そうか、そうだな。あの歳で〝ロスト〟したんだ。さぞ、心細いだろう」
億十郎は膝元に目を落とした。
「拙者の理解では、現実世界と申される世界で、本当の理恵太殿は、別にいらっしゃると思われますが?」
二郎三郎は同意するように、頷く。
「そうだ。お前さんの目の前にいる俺は、確かに俺だが、本当の鞍家二郎三郎は、現実世界で眠っている。まあ、影のようなものだ」
やはり、と億十郎は顔を上げる。
「理恵太殿は、現実世界へは二度と戻れませぬ。二度と戻れぬ故郷と、本名は分かち難く繋がっておりましょう。ですから、理恵太殿は、本名を明かすのを、嫌うのでしょう。本名を呼ばれると、つい故郷を思って哀しくなるのでは?」
二郎三郎は確かめるように、問い返した。
「それじゃ〝戦略大戦世界〟に拘るのは、どう思うのだ?」
億十郎は自分の推理を口にした。億十郎の推理に、二郎三郎は「俺も同じ考えだった」と賛同してくれた。




