五
億十郎は、二人の会話に呆然とするばかり。口を挟む機会すらなく、ただ耳を傾けているだけだった。
一目ちらっと見て、理恵太の素性を察した二郎三郎の質問に加え、一気に捲くし立てる理恵太の説明も、一言たりとも理解できない。
二郎三郎は背筋を反らし、腕組みをした。
「解析して、あんたがどこから、どうやって来たか調べて、その後は?」
「帰ります! あたしの本来いるべき場所は〝戦略大戦世界〟なのだから!」
理恵太の答は、切り裂くようだった。
二郎三郎は一つ頷いた。
「ふむ。帰ってどうなさる。俺の見た感じじゃ、あんたはすでに〝ロスト〟しちまったように、推測できるが?」
理恵太は、がっくりと肩を落とした。
「ええ。あたしがこっちへ来て、二週間近くなります。もう、現実世界へは帰れません……。でも、あたしの居場所は、江戸世界にはないの……。もし、世界の裂け目を利用できたら、あたしは〝戦略大戦世界〟へ、帰還できるかも……」
最後は弱々しく、語尾が震えている。
二郎三郎はゆっくりと首を振った。表情には、同情が溢れている。
「そいつあ、勧められないなあ! あんた〝ロスト〟しちまった後、本体のあんたは再び〝戦略大戦世界〟へ接続しているはずだぜ。そこへ、あんたがノコノコ顔を出したら、元のあんたと、今のあんたが、鉢合わせしちまう。それでも良いのかえ?」
理恵太は二郎三郎から顔を背け、無言であった。膝に置いた両手をぐっと組み合わせ、しばらく俯いていた。
二郎三郎は持て余したように理恵太の頑なな態度を観察していた。
が、ふと思いついたと言わんばかりに、話し掛ける。
「あんた、名前は?」
理恵太は、ぎくりと顔を上げた。眉が広がり、首を傾げる。
「あたしの名前は……」
二郎三郎は手を振った。
「ああ、さっき億十郎から聞いたよ。理恵太とか……。だが、そりゃ、あんたの本名じゃねえだろう?」
億十郎は堪りかねて口を挟んだ。
「拙者が理恵太殿と名付けたので御座る。理恵太殿のお名前は、拙者にはうまく発音できかねますゆえ……」
理恵太は二郎三郎をはったと睨んで、答える。
「アイリータ・マクドナルド! これが、あたしの名前よ!」
二郎三郎は首を竦めた。
「そりゃ〝戦略大戦世界〟のアバター・ネームだろ? 俺は、あんたの現実世界での本名を尋ねている」
理恵太は、ぱっと立ち上がった。ぶるぶると両拳を握り締め、顔は真っ赤に染まっている。
「知らないっ! あたしは理恵太でいいの! 何よ……しつっこいんだから!」
さっと顔を背け、部屋の襖を荒々しく開けると、だだっと足音高く出てゆく。
残された三人は、理恵太の態度に、呆然と顔を見合わせていた。
億十郎の胸に、ある推測が生まれた。
もしかすると理恵太殿は……。
億十郎は源三の顔を見て、話し掛ける。
「源三。そちは、理恵太殿を送って、清洲屋へ帰っておれ! 拙者は今しばらく、二郎三郎殿に、ご相談がある」
源三は無言で頷き、そろりと立ち上がると、足早に理恵太を追って部屋を出た。
襖が閉まり、億十郎は二郎三郎に向き直った。




