三
ぽつり、と億十郎の額に、冷たい雨粒が落ちてきた。
と思った間もなく、ざあっと篠突く雨が、群衆に襲い掛かる。
わあっ……と悲鳴を上げ、見物人はてんでんばらばらに逃げ出した。
億十郎も、源三と理恵太とともに、本堂に駆け込んだ。
ぐわらぐわら……!
天を駈けるような雷鳴が轟き、びかびかと何度も稲光が空を突き刺した!
「いやーっ!」
理恵太が悲鳴を上げ、蹲る。
ばりばりばりっ……という物凄い雷鳴が響く中、界撰和尚と吉奴は、必死の形相を浮かべて、なおも大飯食らいの勝負を続けている。
もう、これは妄執といって良い。
強風が本堂に吹き込み、吉奴の髪を逆巻かせる。和尚の袈裟の裾が舞い上がる。だが、二人ともまるで気にしていない。ただ、口を動かし、握り飯を食い続ける。
とうとう、皿に握り飯は二個を残すのみとなった。二人に一個づつだ!
二人とも、たった二個の握り飯を、呆然と睨んでいる。
手がぴくぴくと動き、皿に伸ばしそうになって躊躇する。
最初に動いたのは、和尚だった。
のろのろと手を伸ばし、ついに和尚の指が握り飯に掛かった!
吉奴は、ポカンとした顔つきで、和尚の動きを見守っている。
和尚は吉奴を見て、ニッタリと勝利の笑いを浮かべた。
ぐいと掴み上げ、ああーんっ……! と、大口を開けた。
そのまま口に押し込むかと思われたが、手が動かない。びくびくと全身が震え、必死に押し込もうとするが、手は止まったままだ。
ひいひいと喘ぎながら、吉奴が口を開いた。
「ど、どうすんのさ……和尚……!」
和尚はあんぐりと開けた口に、どうにかこうにか、握り飯を押し込んだ! しかし、まだ手から握り飯は離れていない!
「ぐえっ!」
和尚は白目を剥き、そのまま仰向けに倒れ込んだ。ころころと、手から握り飯が離れ、本堂の床を転がった。
吉奴は、残った一つに手を伸ばした。
「そうかい……あんたが食べないなら、あちしが頂くよ!」
のったりとした動きで、吉弥は残った握り飯を掴み上げ、口に持っていった。しばらく躊躇っていたが、遂にぐいと口中に押し込んだ!
がぶり! ゆっくりと上下の顎が動き、吉奴は握り飯を咀嚼する。
ごくり……。
喉仏が動いた。
「食べたのか?」
二郎三郎が吉奴を睨んだ。
吉奴は二郎三郎に笑いかけると、あーんと口を開けて、中をさらす。
二郎三郎は大きく頷いた。
「界撰和尚九十九個! 吉奴百個! よって、吉奴の勝利!」
ぐわしゃーんっ! と、盛大な雷鳴と共に、本堂が青白く光った。近くに落ちたらしい。
がくりと、吉奴は全身から力を抜き、そのまま和尚と同じように、仰向けに倒れこんだ。
勝負は終了した。




