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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第七回 水戸中納言台所事情の巻
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 億十郎は思い出した。

「そう言えば、雑賀党の旗印は、八咫鴉やたがらすではなかったかな? やはり、お主は雑賀党の一味であったか!」

 鴉と名乗った相手は、舌打ちをしたようであった。忍者にとって、出自を暴かれるのは屈辱なのだろう。それとも、わざと舌打ちをして見せて、億十郎を迷わすつもりなのか?

「記録箱を渡したについては、お主に頼みごとがある」

 来た! と億十郎は身構えた。いよいよ相手は、億十郎を利用するつもりだ!

「何だ。何でも言うが良い。ただし、拙者ができる範囲でだぞ」

「お主、明日には懇意の【遊客】に、『虚ろ舟』の記録を渡すつもりであろう?」

 億十郎は唾を呑み込んだ。奴は何でも知っている!

「ああ。そのつもりだ」と億十郎は見えぬ鴉に、簡潔に答えた。鴉は続けた。

「ついては、お主の懇意の【遊客】から、あるものを手に入れてもらいたい」

「何を、だ?」

「『大日本史』だ!」

 鴉の答えに、億十郎は混乱した。

「し、しかし『大日本史』は……!」

「そうだ。今、水戸家中において、編纂へんさん作業が続いておる! まだ未完成ではあるがな」

「それをなぜ?」

「未完成だからだ!〝もう一つの江戸〟には、完成した『大日本史』が存在する! お主も知っておるだろうが、水戸家において『大日本史』の編纂作業は、きつーい、重石おもしとなってし掛かっておる! 多数をたのんだ編纂によって、膨大な費用が掛かっているのだ。しかも、これから幾ら掛かるのか、誰にも判らん。それが、〝もう一つの江戸〟から、完成している『大日本史』を手に入れることにより、一気に片付く!」

「ははあ……」

 億十郎は感嘆の声を上げていた。やはり鴉は、水戸家中の雑賀党に連なる者であろう。

 億十郎は反論した。

「お主、知らなんだか? 拙者が【遊客】から聞かされた話では〝もう一つの江戸〟はすでに亡び、別の政府が取って代わったそうだぞ。滅んだ後、『大日本史』なる書物が〝もう一つの江戸〟において、完成しているかどうか、拙者にも判らぬ」

 鴉は皮肉そうな笑い声を洩らした。

「それは知っておる。〝もう一つの江戸〟においても、幕府が滅んだ後、水戸家中に縁のある者によって、編纂作業が続いていたらしい。必ずや『大日本史』の完本はある!」

 億十郎は唸った。

「それは、ついぞ知らなんだ……!」

「頼んだぞ!」

 鴉は言い残し、気配が消えた。

 億十郎は自分が、金縛りに遭ったかのように、身動き一つ叶わなかった事実に、たった今、はたと気付いた。これも鴉の術であろうか?

 くりやに廻ると、へっついの前で、源三がぺたりと尻餅をついたように両足を投げ出している。背中を壁にもたれかけ、目を閉じていた。

 竃では、釜がすっかり煮えたぎり、ぐらぐらと湯が沸いていた。側では、いつでも調理できるよう、昼食の材料が揃えられている。

 源三の、天を仰いだ顔はすっかり弛緩し、あんぐりと大口を開け、轟々と鼾を掻いていた。完全に眠りこけている!

「源三!」

 声を上げると、源三はびくっと身を震わし、目を開けた。ごしごしと目を擦り、不思議そうな顔つきになる。

「あ、あれ? どうして、あっしは、眠り込んじまったんで? あっ! 億十郎様! 申し訳御座いません! なぜか、あっし、こんなざまで……!」

 億十郎は、無言で頷いた。

 きっと鴉の仕業だ。恐らく、眠り薬を源三に仕掛けたのだろう。鴉が話し掛けたとき、源三が何も反応しないので、妙だと思っていたのだ。

 腕を組み、億十郎は窓越しの空を見上げる。

 まだ鴉は、総てを明かしてはいない。【遊客】から〝もう一つの江戸〟の『大日本史』を手に入れたとしても、億十郎の役目は終わらないだろう。そんな予感がする。

 まずは明日だ!

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