40.翻る白衣
肩の一際大きな渦へ先生の指をあて、針を打ち終わるとすぐに反対側もしてもらう。
尋常じゃないほど身体が飛び跳ねて一瞬躊躇いが生まれたけれど、先生の指示、と思い直す。
「ぐはぁ、ありがとうっ!」
魔力を流すマッサージを始めるとすぐに団長は意識を取り戻し、立ち上がって戦線へ駆け戻って行った。
「良かった、よかったです……」
まだ頭上を竜が飛び交う状況下で、安心するには全く早いとは分かっていても、自分の仕事をきちんと出来たという達成感に浸る。
「エリシア君のおかげだ。ありがとう。
しかし、油断はまだ先だ。まだ何も終わってはいない」
「っ、はいっ! 先生のマッサージをしても、いいですか?」
「よろしく頼む、エリシア君」
先生もかなり無理をしていることが、身体中を蝕む魔力の渦の大きさでよく分かる。
渦というより塊のようになっている魔力の澱みを見ると、先生も倒れそうな程痛いのだろうと思うから。
私に出来るのはマッサージ。それだけ。
いつも穏やかで飄々としている先生が、必死に脂汗を流して、歯を食いしばって治癒術を行使している。
それだけ頑張っている身体を、少しでもケアしようと私も必死だ。
だけど、もう怖くはない。
鈍い灰色の戦場でも、先生の白衣が私の目の前に立って導いてくれるから。
それを支えることが私の役割だと、痛感させてくれるから。
「ぐっ、、、次っ!」
私のマッサージを受けながら自分は治癒術を使う先生は、自分が反動痛に苦しみ続けていても、目の前の命を助けるために必死だ。
「ぐぁああっ!!」
それに、治癒術を受ける騎士様も、痛みにのたうち回っている。
そもそも生命が危ないほどの大怪我である上、治癒術はかなり痛いようだ。
そういえば、昔そんな話を聞いたような気もするけれど、これでは私のマッサージと同じくらいに人気が無さそう。
まあ、そんなこと言ってられない、っていうのも同じか。
まだ戦闘は続いていて、戦場に居ることも変わらない。
でも先生が居てくれると思うだけでこんなに冷静に居られて、それが信じられないくらい。
それに、先生を心の支えにしているのは私だけじゃない。
ここで戦う全員が、先生を支えとして生きている。
自分を絶対に助けてくれる、そう確信できる白衣が翻るからこそ、前だけを向いて戦えるんだ。
傷を負うと先生へ向かって一目散に逃げてきて、治して貰ったらすぐに復帰する。
その目印として、先生の白衣はこれ以上無いものだと思う。
だから、いくら血と泥で汚れようとも先生は白衣を着続けるんだろう。皆の心の支えになるように。この鈍い灰色の世界で、誰よりも目立つ支えになれるように。
「エリシア君、大丈夫か!?」
「はい、まだ頑張れます!!」
自分もとっくの昔に限界を迎えているだろうに、私に気を使ってくれる先生は本当に優しい人だ。
ドガシャアアアン
一際大きな雷が落ちて、反射的に身を竦めた。
その私を、ルーィ先生が守るように自分の身体で庇ってくれる。
「先生!?」
「よし、大丈夫!! 続けろ!」
素早く周りを見回した先生が、最適な指示を出すから、私はそれに従うのみ。
でも、その腕の温かさと、自分でない誰かを守る心構えを、ずっとずっと覚えておきたいと思う。
この時間は、後から考えるとどのくらい長かったのかまるで分からない。ものすごく長かった気も、ほんの一瞬だった気もする。
それほどまでに、私は必死だったのだと、それが何より誇らしい。
ーーーーそして。
ガッシャーーーン
派手な戦闘音の中でも轟き渡る雷鳴と共に、巨大なものが空から落ちた。
「うおおおおぉ!!!」
雷鳴と同じくらい大きく響く歓声は紛れもなく勝利を確信した喜びに満ち溢れていて。
私は頭を抑えて守ってくれるルーィ先生の手の下で縮こまっていたけれど、先生は伸びあがって周りの様子をきちんと見てくれた。
「よっしゃああああ!!!!」
普段から冷静で、戦いの最中でも動じなかったルーィ先生の、渾身の叫びを聞いて、ようやく私も実感できた。
「勝てた、勝てたんですね……!」
ガッツポーズで武器を打ち鳴らし合い、喜びを分かち合う団員の皆さんを見て、私は気が抜けるあまりへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
「我々の、勝利だあああ!!!」
雷を纏った大剣を振り上げる団長が遠くに見え、拳を突き上げる皆に混ざって手を上げようとしたけれど、そんな元気すらもう無い。
「エリシア君、帰ろうか」
崩れ落ちたまま座り込む私の真横に先生が立って声を掛けてくれたから、安心しきってその足に身体を預けてしまう。
「はい、かえりたいです……」
もう返事をするのも億劫で、一気に疲れきってしまった。
「じゃあちょっと失礼」
私の身体を抱えてお姫様抱っこされ、本当なら恐縮するはずの状況でも、遠慮する元気すらない。
暖かい腕と力強い胸元、それに目の前に広がる薄汚れた白衣に囲まれて、安心しきって力が抜ける。
思わずきゅうっと白衣の襟を掴んでしまったけれど、先生は何も言わなかった。
ただ。
「頑張ったね、帰ろうな」
まるで子どもに言うように私を宥める言葉を最後に、転移陣にたどり着いた記憶すら、私にはない。
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