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過去の私は逃げ出したい4

今回でルファイナの過去編は終了です。

ルファイナは箱入娘なので、頭はいいですがもともとの警戒心は紙のように薄っぺらです。後、色々抜けています。

「よし! セヴァン殿下の為に頑張りますわ!」


 セヴァン殿下の為に行方不明を続行する決意を固めてからは涙を袖で拭い、すぐに行動に移した。


 泣いている場合では無い。泣いたところで数日前のように助けてくれる人はいないのだ。


 行方不明にはなりたいけれど、死にたくはない。運命の人とセヴァン殿下が結ばれて、幸せになるのを遠くから見届けるまでは生きていたい。それを確認することができれば、この苦労も報われるというものだ。


 森の中は危険だ。獰猛な野生動物も沢山生息しているし、木々の生い茂った森は方向感覚を見失って人里に出る前にのたれ死んでしまう。馬で駆けてきた森の細路に戻って、馬の走った跡を辿りながら町にもどらなければどうにもならない。


 まず、その場でボロボロになったドレスを脱ぎ捨てた。ドレスの脱ぎ着を自分でできるように練習していてよかった。

 カバンに入れていた平民用のワンピースに急いで着替える。ワンピースはヒラヒラゴテゴテとレースや装飾品の付いた貴族のドレスよりも余程軽くて動きやすい。機能的だ。


 次に細路を歩みながら水音を探した。森にはよく湧き水や沢が流れている。近くの沢を見つけると、喉を潤した。その後茶色の染料を満遍なく髪に塗り、染料が髪に染み込んだ後、水で染料を丁寧に濯いだ。

 私の姿は町では目立ちすぎるようだった。少し荷馬車から降りただけで、注目を集めていた。貴族特有の金色の髪と翠の瞳のせいだろう。瞳の色はどうすることもできないが髪色を変えるだけでもだいぶ印象は変わるはずだ。


 もうカバンの中にはセヴァン殿下からの贈り物と少しの現金しか入っていない。事前に用意していた衣類や十分な現金、いざという時に売ろうと思っていた宝石類はすべて荷馬車の大きいカバンの中だ。


 私はカバンを胸に握りしめて、男達が小道を戻ってこないか警戒しながら町へと歩みを進めた。なんとか町に辿りついた頃には、すっかりと日が暮れていた。


 予定していた東の修道院に向かうのは危険だ。男達は私の目的地を知っていた可能性が高い。待ち伏せされているかもしれない。反対方向の西に逃げることに決めた。


 近くの町も危険だ。今回は男達が私が何もできない貴族令嬢だと油断していたから奇跡的に逃げれたものの、もし次捕まったら終わりだ。逃げたことで男達に何をされるのかも知れない。


 脚が棒の様だった。疲労困憊で直ぐにでも座り込んで助けを求めたかった。

 だが、この町が危険な以上目立つ行動は避けたい。男達が探しに戻ってきているかもしれない。茶色の髪で目元を隠し、人目を避けながら泊まれそうな宿を探した。


 この町はどの宿も思っていた以上に宿代が高かった。城下町で金額を調べた時よりずっと高い。男達が昨夜宿をとらなかったのは、私が目立つのに加えて、この宿代の高さが原因かもしれない。食事も食べたいし、東に逃げるにしても馬車に乗るための路銀が必要だ。今持っている現金では心許ない。


 できれば安全そうな宿がいいと探しまわったが、町外れの廃れた安宿に決めた。もう休むことが出来るなら、どんな場所でもいい。


 だが、その宿で思わぬ幸運な出会いがあった。宿の食堂で質素な夕食を食べていたら、東の隣国ランドールから遥々やってきた行商人のリットル夫婦が私の腕の傷を心配して声をかけてくれたのだ。


「ウデ、けがシテル。カノウしてるヨ。ワタシ、ナオス、トクイ」


 辿々しい言葉使いでそう言うと、奥さんのリリさんが傷を水で洗い、包帯を巻いてくれた。行方不明になってから、散々な目に遭ってきたから、人の優しさが心に染みる。泣いてしまいそうだ。


「アナタ、トテモキレイね。アナタ、カゾクイル? ヒトリ?」


「家族はいるのですが、もう帰ることができないんです。一人で西村の方に行こうと思っておりますの」


 私が寂しそうにそう伝えると、リットル夫妻が顔お見合わせて頷いた。


「ゲンキだすヨ! ワタシタチ、ランドールもどる。ヒガシイク、バシャ、アル。イッショ、イクヨ」


 渡に船とはこのことだろうか。ランドール国に戻る途中まで馬車に乗せてくれると言ってくれた。私は喜んでその話に飛び付いた。手持ちの現金が少ないことを伝えても

「オカネ、キニシナクテ、イイよ」

と笑ってくれた。


「感謝致します! 本当に助かりますわ!」

 心から勢いよく御礼を伝えると、食堂では声が大き過ぎたのかリットル夫妻は困ったような笑顔になった。


 質素な夕食を済ましてからベッドに横になると直ぐに意識が無くなった。夢も見ないほど深い眠りについた。まだ空も薄暗い明方、部屋のノックの音で目が覚めた。ドアを開けると、リリさんが立っていた。


「アサハヤクにゴメンネ。キノウヨル、ヤドノヒトから、キョウ、タクサン、キシ、クル、キイタ。ミチ、フウサされルルから、ハヤク、デル、オモタ。イッショ、バシャ、クル?」


「はい、御一緒させていただきたいですわ。よろしくお願い致します」


 すぐに荷物の準備をして、小さな馬車に乗せてもらい空が明るくなる前に出発した。出発してからもリットル夫妻は何くれと無く気を遣って、優しく接してくれた。夫妻にはリザという私に歳の近い一人娘がいるらしい。とても愛しているのだと語っていた。そして、ワンピース一枚しか持ってない私に、娘さんの古着をくれた。


 このアラント王国の言葉を喋れるのはリリさんだけだ。旦那のダニーさんと話す時はランドール語で会話している。私は公爵家の教育で周辺諸国の言語は問題なく扱うことができる。

 だが、リリさんが一生懸命アラント王国の言葉で話しかけてくれるから、つい自国の言葉で返事をしてしまい、今更ランドール語が話せるとは言い出せなくなっていた。


 町から出て十日程経った頃だった。私が疲れて寝ていると、夫婦の会話が聞こえてきた。


『あと数日でランドールに着いちまうな』


『そうね。ねぇあなた、ルファイナはいい子よ。奴隷商に売るなんて可哀想だわ。どうにかできないかしら』


『俺だって、こんなことしたくない。だが、すぐに大金をつくらなければリザが殺されるかもしれない。これだけ器量のいい子ならかなりの高値になるはずだ。地道に働いてすぐに手に入る金額では無いし、金持ち相手に盗みや強盗をして、もし捕まってみろ。期限を守らなかったら、リザがどうなるかわかったもんじゃ無い』


『そうだけど......。でも、他に方法はないかしら』


『散々いろんな所に金を貸してくれって頼みこんだけど、全然ダメだっただろ? 仕方ないんだ。できるだけ優しい主人の所にいけるように交渉してみよう。奴隷とはいえ、優しい主人の元にいければルファイナも今よりまともな生活が送れるはずだ』


 その会話を聞きながら、私は静かに涙を流した。


 私を奴隷として売ろうとしているリットル夫妻は根っからの悪人では無いのだろう。むしろ奴隷になる私にさえ気遣う心根の優しい人達だ。悪人では無いが悪行をしなくてはならない状態に追い込まれているのだ。

 同情はするが、その為に隣国で奴隷になるつもりは無い。奴隷になるのはもちろん嫌だし、隣国に行ってしまえば王太子殿下の結婚の噂位なら耳に届くかもしれないが、第二王子であるセヴァン殿下の結婚報告までは届かないだろう。この国を離れるつもりは毛頭なかった。


 ランドール国は数年前に奴隷制度が廃止されたばかりだ。未だ裏取引で奴隷の売買が横行しているらしい。ランドール国内での規制が厳しくなったから、売買される一部の奴隷は周辺諸国から拐ってきた少年少女の可能性があると、周辺諸国の勉強をしていた時に教師が教えてくれた。

 どこか遠くのことの様に感じていたが、まさか自分自身が身をもって体験することになるとは思わなかった。






 

 休憩と食料調達の為に立ち寄ったのは、活気溢れる賑やかな街だ。

 私はこの地に降り立った時、懐かしい匂いを感じた。この街には昔、母様に連れられて遊びに来たことがある。

 東のランドール国と北のリスバーグ王国にほど近いこの広大な辺境の地は、国防の要であるロイバース辺境伯領だ。そしてこの王都にも負けないほどに活気のあるこの街は辺境領の中央都市だろう。

 いつの間にか王都からこんな離れた場所まで来てしまったのだと感慨深い気持ちになる。


 母様が元はこの地が出身で、現ロイバース辺境伯は母様の父様、私にとって祖父にあたる。小さな頃にお会いしたきりであまりお顔を覚えていないが、大きく包みこんでくれるような温かくて自由な方だった。


 もしかしたら母様がこの街に導いてくれたのかもしれない。


 母様の出身地であるこの領地では、他では珍しい翠の瞳をした人々も多く住んでいる。母様譲りのこの翠の瞳でも、この街にならば目立つことなく過ごすことができるだろう。

 

 私はリットル夫妻に街を見てまわりたいとお願いして、こっそりと逃げ出した。


 リットル夫妻の馬車の見やすい位置にセヴァン殿下から貰った髪飾りを置いてきた。宝石が散りばめられたそれは売れば平民の給料十年分以上の金額になるだろう。

『これでリザさんを助けてあげてください。今までありがとうございました。さようなら』

 とランドール文字で手紙を書いて髪飾に添えておいた。




□□□□□




 この街は雰囲気のいい街だった。活気があって広場ではそこかしこに露店が出店している。公園では子供達がはしゃいで遊び、治安もよさそうだった。人の入出も頻繁で、身を潜めるなら最適だ。


 心配していた宿の代金も安かった。この街は、周辺国に行く前に立ち寄る宿場町もかねているらしい。なので宿も安くても綺麗だし、各国に満足してもらう為、最近では辺境領を上げて美食にも力を入れているらしい。だから、この街はご飯が美味しいのが自慢だと教えてくれた。


 もし、この街にいるなら先ずは仕事を探さないといけない。目立つような仕事は避けたいし、貴族と関わるような仕事も御法度だ。髪色や服装をこれだけ変えていれば私だと気づく人はいないと思うが、万が一のこともある。できるだけ貴族が来ない場所で働きたい。そうなると働く環境が悪くならざるをえないかもしれない。


 私は今まで労働をしたことがない。自分のことすらメイドや執事に指示すれば全てしてくれた。悪事を働いて貴族社会から追放され、平民になった貴族はあまりの環境の違いについていけず、身体や精神を壊して真面目に生きていけないと聞いたことがある。

 多少出発前に平民生活の練習をしてきたとはいえ、慣れない職場で上手く馴染んでやっていけるか不安しかない。


 とりあえず職業斡旋所に行こうとして、はたと気づいた。身分証や住所どころか名前すらも無いことに。

 なんということだろうか、今までの名前を使うわけにはいかない。

 読み書きには自信があるから、事務の仕事を探そうと思っていたのに、身分証も無い私はまともな職にはつけないだろう。


 自分の迂闊さに頭を抱えながらフラフラと歩いてると、ふと人通りの少ない建物の影に女性が蹲っているのが見えた。苦しそうに丸くなった背中が震えている。小柄な女性だ。


「どうなさいましたの? 大丈夫ですか?」


 すぐに駆け寄り、腰を落として女性を顔を覗きこむと、真っ赤な顔で苦しそうに表情を歪めて冷汗をかいていた。次の言葉をかける前に女性の手が私の腕をギュッと握りしめて、苦しそうにか細い唸り声をあげた。


「う.....産まれる」


「え! えぇ!! 産まれる? た、大変ですわ!! 誰か!! 私と一緒にこの方を病院に連れて行ってくださいませ!!」


 大声で助けを呼び、急いで近くの病院に運び込んだ。腕を掴んだままの苦しむ女性の手を握りしめ、あまりにも苦しそうな様子に涙が溢れそうになった。


「辛いかも知れませんが、頑張ってください! きっと元気な赤ちゃんが産まれてきてくれますわ! 確か出産の時の呼吸法は、ヒッヒッフーですわ。私は何の力にもなれませんが、無事に産まれてくることを祈っています!」


 女性の止めど無くながれる汗をタオルで拭いてあげながら、手を握りしめて励ましつづけた。危険な状態だったらしく、病院の先生も必死で処置していた。

 出産は何時間もかかったが、無事にオギャーっと赤ちゃんの元気な声が病室に響いた。


 女性はリザという名の小柄で柔らかい雰囲気を纏った美しい人だった。茶色のフワフワの長い髪と丸い目が小動物のようで可愛らしい。

 病院で産まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら御礼を伝えてくれていると、バタバタとけたたましい足音と共にバンッと後ろの扉が勢いよく開いた。


 そこには鬼人の如き形相で一人の男性が立っていた。

 まさしく熊のような巨体に鋭い眼光。額の刀傷が強面に拍車をかけていた。真剣な表情でこちらに近づいてくる。

 あまりの迫力にひぃ! っと、喉の奥が鳴ったが、気持ちを奮い立たせた。ベッドのリザさんを庇うように立ちはだかり震える声を出した。


「だ、だれですか! リザさんに近づかないでくださ」


「あなた!」

 言い終わるより先にリザさんの声に遮られた。


「リザ! 一人にして済まなかった! よく頑張ってくれた!」

 熊のような男は、鬼人のような顔から滝のように涙を溢れさせて、リザさんと赤ちゃんを包み込むように抱きしめておぃおぃと泣き始めた。

 私はそれを唖然と眺めていた。



□□□□□



 そして今、私は街の小さな定食屋、ロイド亭に来ている。


 職探しに向かう途中だったと伝えたら、うちで働かないかと誘ってもらえたのだ。リザさんが働けなくなって大変なのだという。

 できれば目立ちたくないという私の希望を聞いてくれ、なんと料理人見習いとして厨房で働かせてもらえることになった。

 賄いもつくし、店の近所の空き家も紹介してくれることになって、願ったり叶ったりの状況だ。先日までの不運が嘘のように、この地に来てから恵まれ始めた。


 もちろん私は一度も料理をしたことが無い。どのようにしたらいいのかも未知数だ。なので最初は料理の給仕をしながら徐々に覚えていくことになった。

 何でもリザさんは定食屋の女将にも関わらず、作るよりもお客様と接する給仕の方が好きらしい。

 ロイドさんは凄腕の料理人らしいが、基本的に夜に店で調理するので昼はいないらしく、私が料理人になれば店に復帰した後も給仕に集中できるから嬉しいと喜んでいた。


 私は自分の名前をルーナ・フォントと名乗った。ルーナは自分の幼名で呼ばれればすぐに反応できる。フォントはミドルネームを少しいじっただけだ。安直だが、名前を聞かれてから慌てて考えたので仕方がない。ミドルネームを持つ平民はいないから誤魔化せるだろう。

 

「これはカレーって料理だ。ずっと東にある小国の料理で、独特の香辛料を組み合わせて作っている。まぁ、ルーナが作るにはまだ早いが、食べてみろ。美味いぞ」


 ロイドさんがドロリとした茶色の液体を米とよばれる白い粒の塊の上にかけた料理をだしてくれた。今まで見たことの無い料理だ。

 私は恐る恐るそれを口に運んで咀嚼した。

 予想に反して茶色の液体は美味しかった。複雑な香辛料の風味と辛味が見事に調和され鼻に抜ける独特の香りも食欲を誘う。米との相性も良く、癖になりそうな料理だ。


「まぁ! 凄く美味しいですわ!」


「そうか、それはよかった。ルーナはリザの恩人だからな。リザの恩人ということは、俺の恩人でもある。いっぱい食ってくれ」


 見た目に反して美味しいカレーを食べながら、不思議と浮足だった気持ちになった。こういうのをワクワクするというのだろうか。

 今まではセヴァン殿下の為に行動していた。けど、これからは自分の道を歩いていこうと決めた。


 

ここまで読んでくれた方に感謝いたします。


ストックが無いので更新は不定期です。


拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。



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