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過去の私は逃げ出したい2

「私はこれからどうすればいいのだろう」


 もし殿下に想い人がいた場合、その人を前にして私は冷静でいられるだろうか。エリスを前にした時以上の苛立ちで、相手を攻撃してしまうのでは無いだろうか。それが恐ろしい。セヴァン殿下に今以上に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

 何よりセヴァン殿下に拒絶されることが恐ろしくて、なにより悲しい。


 今までの自分の行いを振り返ると、後悔から立ち直るのに時間がかかった。気がつくと一週間近く学園を休んでいた。


 殿下の本音を聞いてしまった以上、今までのように厚顔無恥な振るまいはできそうに無い。

 今までの行動原理がセヴァン殿下に見初められたというプライドの上に成り立っていたから、それがなくなるといきなり心許なくなってしまった。何をしていいのか分からない。


 いや、するべきことは分かっている。私はまだ婚約者だ。学園に行って、王城で教育を受けて、婚約者として完璧な振舞いを心がける。

 でも、それは本当にセヴァン殿下の為になるのだろか?

 エリスが言っていた「セヴァン殿下の運命の人」とは誰なのだろうか? まさか、エリス? それはちょっとセヴァン殿下の趣味を疑ってしまいそうだ。

 だが、エリスであろうと他の誰かであろうと私では無いことは確かだ。私が殿下の幸せの邪魔になることは揺るぎようが無い事実として横たわっている。


「卒業パーティーで婚約破棄」


 エリスは軽く言っていたが、貴族の婚約破棄はそんな簡単なものではない。婚約破棄、というのはあまりにも難しい。特に王家に嫁ぐとなると教育からして違ってくる。

 平民同士であれば少しは楽かもしれない。しかし第二王子殿下と公爵家の令嬢の婚約等、家臣である公爵家から破棄を持ち出すなどもっての外だ。殿下から破棄するにしても、殿下自身が婚約者を選んだ手前、相当な痛手があるだろう。

 何より殿下から婚約破棄を直接言い渡されるなど、心が耐えられそうにない。今でさえ瀕死の心が死んでしまう。


「私は、自分のことばかりね」


 自嘲気味に呟いた。殿下の為と言いながら、今まで自分のことばかり考えていた。本当に殿下のことを想うなら、この様な傲慢な状態になっていなかったはずだ。自己満足だけを優先して、殿下の気持ちに耳を傾けてはこなかった。


 こんな私では駄目だ。セヴァン殿下の隣に相応しくない。

 けど、過去は取り消せない。学園でも私の傲慢ぶりや恐慌、下位の貴族を見下す態度は有名だ。今更取り繕ったところで、印象は最悪だ。


 どうにかして、穏便に婚約破棄にもっていく方法はないだろうか。できれば、セヴァン殿下に傷がつかない方法がいい。だからといって、私が断罪されるような事件を起こしてしまったら婚約破棄は私有責でできるが、公爵家に傷がついてしまう。


 例えば、病気になるとか。とはいえ、余程重い病気でなければ破棄には繋がらない。健康な身体がとりえの私には無理がある。

 他には私が亡くなれば勿論自動的に破棄状態になるが、神に背く行為だし何より父様や義母を悲しませたく無い。


「父様、例えば王族と婚約破棄したい場合はどの様な方法があるのでしょう?」


 食事の際、さり気なく聞いてみた。以前はピリピリと張り詰めた空気だったが、私が義母に歩み寄ったことでかなり和やかな雰囲気の食卓になった。義母は話してみるととても良い方だった。こんなことなら、もっと早くに歩み寄るべきだった。何故頑なに公爵家を害する悪だと思い込んでいたのだろう。


 私の質問に、父様は目を見開き、義母は心配そうな表情になり、レンは咀嚼していた食べ物を吹き出した。汚い。


「義姉様、いったい何を!」


「ルファイナ、どうしたんだ? もしかして、殿下に何か良からぬことをされたのか?」


「ルファイナさん、もし何かされたならいつでも相談に乗りますよ」


「いえ! セヴァン殿からは何もされておりませんわ! いつでもお優しく、素晴らしい方ですわ! ただ、至らない私では殿下に不釣り合いな気がしまして。ふと気になっただけですわ」


 思ったよりも反応が大きくて、慌てて頭を振った。最近私の様子が違うから、気を使われているのかもしれない。あれからずっと学園もお休みしているし。


「そうか、ならいいのだが。もし、何かあったら抱え込まずに言いなさい。ルファイナはいつも頑張っていたからな、疲れているんだろう。そうだな...暫くは王城への登城を控えなさい。学園もルファイナなら行かずとも問題ないだろう。ゆっくり休むといい」


「......はい」


私に甘い父様はきっとエリスとのことを知っていてそう言ってくれたのだろう。私の学園での評判や傲慢な態度は父様にも伝わっているはずだ。

 仕事も暫くずっとお忙しそうだし、疲れているのは父様の方だろう。隠そうとしているが目の下に隈ができているし、何かを考えこんでいるような場面も多い。館にも無理をして帰ってきているのだろう。娘のことにまで気を揉ませてしまい、本当に申し訳ない。


 確かに学園で勉強するような内容はとっくの昔に習得済だ。貴族の跡取りは三年生に入る頃から領地運営の勉強が本格的になることもあり、学園を休む者も多くなる。学園を暫く休んだところでなんの問題もない。殿下にお会いしたくて、通っていたようなものだ。話しかけられることが無くなっても、遠くから元気なお姿を見ていたかった。

 登城しての教育も殆ど済んでいて、王妃様やセリーナ様にお会いする為に行っていたようなものだ。そもそも、殿下と婚約破棄する私には必要の無いものだ。そう考えると、胸に寂しさが込み上げてくる。

 未練を断ち切る為にも休んで距離をとった方がいいと思い、頷いた。


 今までの私は忙しかった。勉強や嗜みの他にも噂や流行の話が大好きな貴族社会に適応する為、お茶会やパーティーでめまぐるしく変化する噂話や流行を集め、派閥や情勢も常に最新の情報を把握するため奔走していた。

 そうした過去の弊害か、いざ休みとなると自分の中身の空っぽさに唖然とした。興味のあることもしたいことも思いつかない。美容や刺繍は淑女の嗜みとして必要だったから頑張っていただけで別に好きでは無い。子供の頃大好きだった庭や近くの森を駆け回ることも、この歳ではできそうにない。唯一楽しいと思える乗馬は、一人で乗っても殿下と遠乗りした思い出に寂しくなってしまう。


 ここは殿下との婚約破棄の方法について、考えるべきだろう。あと数ヶ月あるとはいえ、学園卒業と共に私は王城へと居住を移すことになる。そうなると婚約破棄は実質不可能だ。できるだけ早く私から殿下を解放してあげたい。


 いろいろと考えていると一つの方法にたどり着いた。行方不明になることだ。確か婚約相手が生死不明の行方不明になっていた場合、二年以上経てば他の者と婚姻を結ぶことも可能だったはずだ。二年間、婚姻はできなくても運命の相手と寄り添うことはできるし、王家に嫁ぐとなると専門知識も必要だから、相手の王城での教育期間と考えると丁度いい。

 セヴァン殿下が他の女性と寄り添うところを見るのは耐えられそうにないから、その状態から逃げ出すことは私にとっての救いにもなる。


 それに気付いた私は、愛するセヴァン殿下の前から消える方法を考えだした。殿下が早く運命の人と婚姻できるように急いで行方不明にならないとならない。その為には準備が必要だ。


 殿下の前から消えることは、即ち自分が貴族でなくなることを意味する。今までのうのうと貴族の特権の中でしか生きたことの無い私だ。一人で見知らぬ土地で自活するための勉強が必要だ。


 いざという時の為にお忍びで市井を見て周り、買い物の仕方や生活の様子を勉強した。従者やメイドが居なくても洋服を脱ぎ着や掃除ができるように練習をしたり、生活に必要な知識をひっそりと蓄えていった。

 ついでに沢山あるドレスを一部売り払い、当面の現金も工面した。逃げきる為に平民服やいざという時の為の髪の染料も手に入れ、着々と準備を進めていった。


 市井の生活を深く知るのは楽しかった。平民の生活は確かに大変そうだが、貴族のような堅苦しさが無く、生き生きと自分の目標や好きなことをしている人達を前にすると胸が躍った。あっという間に二ヶ月が経過していた。


 優しいセヴァン殿下からは学園を休み続ける私にお見舞いをしたいと御手紙を送ってくれたし、王妃様からもさりげなく登城を促すような御手紙を頂いたが、体調不良を理由に丁寧に断りの返事を送った。会ってしまえば婚約破棄の決心が揺らいでしまう。


 姿を晦ます先は修道院に決めた。修道院なら安全だし、生活も保証されている。生活能力の低い私でもなんとかやっていけるだろう。

 生死不明の行方不明で無くてはならないが、家族にだけはこっそりと安全な場所にいるから大丈夫だと伝えておきたい。私は父様、義母様、ついでにレンにはできるだけ心配をかけたくない。

 王家との婚姻を棒に振る親不孝の私は、公爵家から切り捨ててもらっていい。婚姻が取りやめになったところで父様の地位は揺るぎない。なによりレンは優秀だから悪評を持つ私を切り捨てれば公爵家は安泰だ。


 修道院に向かう一日前。私は荷詰めを終え、旅立つ準備をした。大好きな父様、義母、ついでにレンに向けての手紙を一つ一つ書き上げて、出発まで見つからないように引き出しに仕舞う。もちろんセヴァン殿下宛ての手紙も書いた。明後日にセヴァン殿下の元に届くように手配している。


 いつも通りに振舞う私の挙動を気にする人はいなかった。明日は王都の東に位置する修道院訪問を予定している。この二ヶ月私は様々な場所の修道院を訪問して奉仕活動をしてきたから、少し遠くの修道院に訪問を予定しても違和感は無い。

 修道院に到着する迄に一度休憩を挟む筈だから、見たい店があると休憩場所を指定して、隙を突いて予め用意していた平民が使用する馬車に乗り換えて移動する。ずっと東の辺境にある修道院に二日かけて向い、身を潜める予定だ。東の修道院にはひっそりと匿ってもらう為に、事前にドレスを売ったお金で寄付をしている。


  不安が無いといえば嘘だ。むしろ不安しかない。今までずっと、沢山の人の手を借りて守られた生活を送って来た。一人でなんて果たして生きていけるのだろうか……。でも、やるしかない!

 私はその日、最後に一目セヴァン殿下に会いたくて王城へと向かった。先触れは出していない。遠くから見れるだけでもそれを思い出に、明日から頑張れると思った。我ながら未練がましい。


 王城は公爵家の紋付馬車だと入城を止められることは無い。城に頻繁に訪れていた私は門番に顔を見せるだけで。


 登城するといきなりの訪問にも関わらず、近衛騎士に守られながら恭しくセヴァン殿下の元に案内された。

 王城の西棟にあるセヴァン殿下専用サロンだ。王城の居城は分かれていて、南棟は陛下とお妃様の居城、北棟は皇后様の居城、東棟は皇太子殿下の居城、西棟はセヴァン殿下の居城、第三王子殿下達は離棟にお住まいになっている。


 セヴァン殿下のサロンは設は上質だが、華美な装飾は少なく、上品な雰囲気の居心地よい空間だ。高等部に上がってからは招かれることは無かったが、子供の頃の殿下との思い出が沢山ある大好きなサロンだ。


 予想外だった。私が教育の為に登城してもセヴァン殿下はいつも忙しくてお会いしてくれることは無かった。まさか、このようないきなりの訪問でここに通されるとは思わなかった。


「ルファイナ? どうしたんだい、先触れ無しに登城するなんて珍しいね。久しぶりだね、ずっと休んでいたから心配したが、元気そうでよかった」


「……お久しぶりです、セヴァン殿下。ありがとうございます。はい、暫く伏せっておりまして、ご迷惑をおかけしました。体調は良いので御心配には及びません」


 殿下に優雅にカーテシーをして挨拶をする。こんなことなら、もう少し装いに気を遣ってくれば良かった。最近の私は美容やお洒落に気合が入らず、もっぱら昔のようなシンプルなドレスに髪も巻かずにおろしていた。淑女の戦闘服を着ていない私は心許ない。


「そうか、良かった。会いに来てくれて嬉しいよ。今お茶を用意させよう。さあ、こちらに座って」


 殿下がふわりと目元を緩めて、微笑んでくれた。長らく見せてくれることのなかった、私の大好きな優しい笑顔だ。

 殿下が以前の優しい笑顔を見せてくれている。それだけで、胸が一杯になって泣きそうになった。


 殿下がエスコートしてくれようとしたのは、以前このサロンに来ていた頃によくお茶をしていた殿下の気に入りの席だ。


「いえ、本日は少しでもセヴァン殿下のお顔を拝見できればと思って立ち寄らせていただいたので、すぐに失礼させていただきます」


「そうかい? せっかく来てくれたのに残念だな」


 殿下は寂しそうな顔をして笑った。そんな表情しないで欲しい。私がいなくなることを寂しがってくれていると、愚かにも勘違いをしてしまうではないか。私の態度にとっくに愛想を尽かしている筈なのに、まだ少しでも私に気持ちが残ってくれているのではと希望を抱いてしまう。


「はい、すぐにお暇しますので......あの、殿下......」


「なんだい?」


「......今まで、すみませんでした。私は殿下の婚約者として相応しくありませんでした」


「エリス嬢のことを言っているのかい? ルファイナはよく頑張っているよ。僕の方こそ謝らなければならない、辛い思いをさせて申し訳なかった」


「いいえ! 殿下は何も悪くありません! セヴァン殿下、私は初めてお会いした日からずっと大好きです。いつも優しくしてくれて、私は幸せでした。私を婚約者にしてくれて、ありがとうございました」


 殿下はいきなりの告白に少し驚いた表情をしたが、少し照れたように嬉しそうに表情を緩めて笑ってくれた。

 殿下が以前のように優しく笑ってくれるから、これが最後になるのだと思うとつい欲が出た。本当は遠くから一目見るだけでよかった。こんなことを伝えるつもりではなかった。このままでは涙が出てしまいそうだ。涙の膜が決壊する前に、早くこの場を立ち去りたい。


「すみません! 伝えたいのはそれだけですので、これで失礼しますわ」


「あ! 待ってくれ! 今度時間が空いた時、君に会いに行くよ。どうしても伝えたいことがあるんだ」


「......伝えたいこと、ですか」

 その言葉に急に手足が冷えた。婚約破棄だろうか。もしかしたら休んでいる間に運命の人に出会ったのかもしれない。だから、以前のような穏やかな笑顔をしているのだろう。


「そう、また今度伝えるね」

 この笑顔でそんなことを告げられては、耐えられない。やはり早めに逃走計画をしておいてよかった。


「......。あの、失礼いたします。さようなら、セヴァン殿下」


 私は再度綺麗なカーテシーをして、逃げるように足早に馬車への戻った。馬車のカーテンを閉めると、我慢していた涙が滝のように溢れてきた。館に戻ってからも過去を洗い流すように。


 出会った時からずっとお慕いしていました。大好きな優しいセヴァン殿下。セヴァン殿下が笑顔いてくれるなら、どんな努力でもできるし困難でも乗り越えることができる気がする。たとえ隣にいるのが私でなくても、いつもの優しい笑顔で幸せそうに笑っていてくれればそれでいい。


 殿下の幸せの為に、明日の逃亡は失敗する訳にはいかない。

 私は決意を新たに気合を入れた。


 


 


読んで頂いた読者の皆様に感謝いたします。


誤字脱字、読みにくい表現がありましたらご指摘いただければと思います。


自分に甘いメンタルプリンなので、厳しい言葉は避けてももらいたいです。凹みます。


拙い文章力ですが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。

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