side1 ヴィーガ
「ヴィーガ・ライラ、お前は解雇だ」
討伐者ギルドのギルマス室。
あたしは突然、そう宣告された。
「…え〜と、理由を聞いても?」
「此処には優秀な討伐者が沢山居る。お前のような小娘の出る幕は無い。…先代が連れてきただか何だか知らんが、なぜお前が重宝されているのか、俺には分からん」
先代に恩があるのもだけど、あたしが此処に居たのは事情があるんだけど…
まぁ、ギルマスが要らんと言うなら仕方ない。
「分かりました。今までお世話になりました」
あたしは儀礼的な挨拶だけ残して、部屋を後にした。
*
「さて、と。これからどうしようかな?」
あの後直ぐ荷物を纏めたあたしは今、旅の空の下。
澄んだ青い空と、爽やかな風が心地良い。
「ま、気ままに行きますか」
そう言ってあたしは一つ、大きな伸びをした。
*
ガタ…ゴト…
「ヴィーちゃんのかみのけ、ふわふわでかわいいね!」
「ありがとー!でもあたしはニーナちゃんのサラサラ真っ直ぐな髪が羨ましいなぁ」
乗り合い馬車の中、同乗者の娘さん−ニーナちゃん−とあたしはガールズトークで盛り上がっていた。
「…ニーナはこのかみのけ、すきじゃない。だって、かわいくないもの」
「そんな事ないよー。ニーナちゃんは髪上げるだけでも、キリッとして格好良くなるよ!…ちょっと髪、触っていい?」
「…ほんと?」
「うん!」
おずおずと背を向けたニーナちゃんの髪を、あたしは−ウエストポーチから取り出した−ヘアブラシで丁寧に梳く。
サラサラの髪をあたしと同じポニーテールに結い上げ
しゅるっ
あたしは自分の髪に付けていた青いリボンを外すと、ニーナちゃんの髪に結んだ。
「さ、出来た」
そして今度は小さな鏡を取り出し、ニーナちゃんに見せてあげる。
「うわぁ…!!」
ニーナちゃんが嬉しそうに鏡を覗き込む。
「あれ?このリボン、ヴィーちゃんの…」
「うん、ニーナちゃんにあげる。今日出会った記念ね」
「ヴィーちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
お揃いだね、と二人で笑顔を見合わせた、その時
ドンッ
突然の衝撃と共に馬車が傾ぐ。
きゃぁぁぁぁっ!
うわぁぁぁぁっ!
ばさっ
乗客の悲鳴を背に、あたしは直ぐ様馬車の幌を跳ね上げ、外の様子を伺う。
外には大猪が二体。
「空圧弾!」
間近にいた大猪を魔術で吹っ飛ばし
「風結界!」
風の結界で馬車を守る。
「みんな、此処から動かないで!」
「ヴィーちゃん…」
「大丈夫。直ぐに終わらせるから、待ってて」
心配そうに見上げるニーナちゃんにそう告げると、あたしは外に飛び出した。
ダンっ!
馭者席を踏み台にあたしは高く飛び上がる。
「雷」
バヂバヂッ
拳に雷の魔術を纏わせ、固く握り締めると、大猪の脳天目掛けて振り下ろす。
ドンッ!
…ドウッ
雷に脳天を貫かれた大猪は、断末魔の叫びを上げる暇も無く絶命した。
…フシュゥゥゥ
最初に吹っ飛ばした大猪が体勢を立て直し、こちらに向かって威嚇の声を上げる。
「…大渦撃」
ザザザザザッ
あたしが放った魔術の水流が、大猪の鼻面に直撃する。
「!?……!………!!」
ドカッ!
大猪は呼吸を奪われ、水流に押し流され、錐揉みしながら背後の大木に激突して沈黙した。
「…もう、大丈夫だよ」
風の結界を解き、馬車の中に声をかけると、わっ、と歓声が上がった。
「やるなぁ、嬢ちゃん!」
「ありがとう!」
乗客たちが安堵と喜びを露わにする中
…とすっ
軽い衝撃と共にニーナちゃんがあたしにしがみつく。
「…ヴィーちゃん、けがしてない?」
「うん、大丈夫だよ。…ニーナちゃんも頑張ったね」
「ううん、…たすけてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ふふっ、とあたしたちは再び顔を見合わせて微笑う。
すると
「おーい、嬢ちゃん!こいつらはどうするんだ?」
マッチョな男性があたしに問うた。
「肉と素材に分けたいけど…あたし、解体は不得意なんだよね…」
「なんだ、じゃあ、俺に任せてくれ。俺は肉屋で働いていた」
「いいの?」
「おうよ!」
小気味よい返事を返し、マッチョさんは他の乗客から人手を募り、解体を始めた。
*
ガヤガヤ
ザワザワ
解体に時間がかかりそうなのと、日暮れも近づいてきたということで、今日はこの辺りで野営をすることになった。
危機を共に乗り越えたという一体感なのか、乗客たちは皆一気に仲良くなり、各々出来ることをテキパキと準備している。
「嬢ちゃん、一体解体出来たぞ」
マッチョさんが解体済みの素材と肉を持ってきてくれた。
「ありがとう!」
「…しかし、嬢ちゃんスゲェな!毛皮も牙も殆ど傷ついてなかったぜ。良い値で売れるぞ!」
「あたし、討伐者なの」
チャリッ
マッチョさんの言葉にそう答えると、あたしは首元のペンダントを摘み上げて見せた。
コイン大のプレートにあしらってあるのは、ドラゴンのモチーフ。裏には名前。
討伐者の身分証だ。
「…ほぅ。嬢ちゃん、その年齢でもう討伐者なのか」
「うん、討伐者のおじいちゃんの元で育ったからね」
「そうか。…今日は嬢ちゃんのおかげで助かった。ありがとよ」
マッチョさんの言葉にあたしはニッと微笑い、サムズアップした。
マッチョさんが解体してくれた大猪の肉一体分を夕食用として提供した。
ハンナさん−ニーナちゃんのお母さん−始め、女性陣が夕食を作ってくれている。
あたしも手伝うと申し出たんだけど、これは助けてくれたお礼だから、とやんわり断られてしまった。
残りの肉と素材は、これまた同乗していた商人が買い取ってくれるとのこと。
牙は使えそうなので、あたしが貰っておく。
商人さんが相場より色を付けてくれたので、肉に氷結の魔術をかけて、日持ちするよう、サービスしておいた。
*
「えー!すごい!美味しい!!」
料理を口にした途端、あたしは感動の雄叫びを上げた。
猪肉のジビエスープは、肉も野菜もほろほろ。
スープの優しい風味がお腹と心を満たす。
猪肉の焼肉はカリッとジューシー。
ピリリと効いたペッパーが食欲を唆る。
「お口に合って良かったです。喜んでもらえて嬉しいわ」
明かり取りと獣避けの焚き火から少し離れた丸太に腰掛け、共に食事を摂っていたハンナさんがふわりと微笑む。
ニーナちゃんは食事に夢中だ。
「ハンナさん、最高だよ!」
…他人が作ってくれた食事を食べるのはいつ振りだろうか?
あたしは嬉しさに滲みかけた瞳を、料理の感動の中にそっと隠した。
*
焚き火の周りで酒を煽り、どんちゃん騒ぎをしていた男性陣がゴロゴロと転がっている。
「…寒くない時期で良かったよ」
彼らはこのまま寝かせておいても大丈夫だろう。
「あたしが見張りをするから、安心して寝ていいよ」
女性陣にそう伝えると
「でも…」
「あたしはこれが本業だから大丈夫。そのかわり、明日は馬車で寝かせてね」
心配する彼女たちにそう答え、ウインク一つ。
「ふふっ、わかりました。では、お願いします」
彼女たちは納得したのか、素直に馬車の中へ入って行った。
パチ…パチ…
焚き火の火が小さく爆ぜる。
夜の静寂の中、ふと思い出したのは、共に戦い続けた好敵手のこと。
「黙って出てきて、悪い事しちゃったな…」
彼は今、どうしているだろうか?
***
翌日
二日酔いに苦しむ男性陣を何とか起こし、朝食を済ませた後、馬車は再び出発した。
昨夜の宣言通り、あたしは馬車の片隅で仮眠を取っている。
その近くで
「…うう、痛ぇ…」
「…うえっ」
昨夜、羽目を外し過ぎた男性陣が
「…全く、皆さん飲み過ぎです!」
「昨夜はヴィーガさんが一晩中見張りをしてくれてたんですよ!」
「昨日も昨夜も、私たちが無事だったのは、ヴィーガさんのおかげなんですからね!」
と、女性陣に詰め寄られ
『…面目ねぇ』
小さくなっていたのを、あたしは知らない。
*
日暮れ前
馬車は終点の村に到着した。
村の名前はサンダウナー(夕暮れ)。
ハンナさんとニーナちゃんが住む村だ。
名前の通り、夕暮れの暖かな橙色が、長閑な景色を優しく染め上げている。
その様子に見惚れていると
「ヴィーガさん、今夜はどうされますか?」
ハンナさんが問うてきた。
「…そうだね、今から宿を探して…」
「だったら、うちへ来ませんか?」
「へっ?」
「大したおもてなしは出来ませんが…ニーナもまだ貴女と一緒に居たいと言うので」
「ヴィーちゃん、うちにとまって?」
「いいんですか?」
「ええ、是非!」
「じゃあ、お世話になります!」
「やったぁ!」
あたしはぺこりと一礼し、ハンナさんたちの後に続いた。
***
…ハンナさんのお家が居心地良すぎて、三日も滞在してしまった…
ご飯は美味しいし、ベッドはふかふかだし、ニーナちゃんは可愛いし、至れり尽くせりお世話になった。
しかし、そろそろ出発の準備をしなければ。
このままでは沈没する…
*
村の店を巡り、旅の準備をする。
先ずは武器屋。
先日の大猪の牙を、ナックルダスターの殴打部分に埋め込んだ武器を作ってもらった。
言うなれば、ナックルファング、といったところだろうか?
そして雑貨屋で生活用品や携帯食料の補充。
買い物を済ませ店を出ると、商人−ニコラス−さんとばったり会った。
「おや、ヴィーガさん。お買い物ですか?」
「こんにちは、ニコラスさん。…うん、そろそろ出発しようと思って」
「そうですか、丁度良かった。実は我々もそろそろ発とうと思っていまして、宜しければヴィーガさん、我々の護衛を引き受けてくれませんか?」
「護衛?別に構わないけど…」
「日当七千Gゴールド、三食付き!」
「乗った!」
こうしてあたしの次の仕事と行き先が決まった。
*
「ハンナさん、ニーナちゃん、何日もお世話になりありがとうございました。次の仕事が決まったので、明日、村を出発します」
夕食時、ハンナさんの美味しい食事をいただきながら、あたしは話を切り出した。
「明日、ですか…淋しくなりますね…」
「えー!?ヴィーちゃん、いっちゃうの?やだー!!」
「ニーナ、我が儘はいけないわ。ヴィーガさんにも予定があるのだから…」
「うう、ぐすっ…」
ああ、ごめんよ、ニーナちゃん。
泣かせたい訳じゃ…ないんだよ…
その後、ニーナちゃんは部屋に籠もってしまった。
あたしに会うのが嫌になったのだろうか…
***
翌日
村を出発するあたしとニコラスさんたちを、ハンナさんとニーナちゃん、マッチョさんが見送りに来てくれた。
マッチョさんはこの村が気に入り、腰を落ち着けることにしたそうだ。
ニーナちゃんがハンナさんの後ろに隠れ、心なしかモジモジしている。
「…ほら、ニーナ」
ハンナさんに促され、ニーナちゃんがおずおずとあたしの前に来る。
「ヴィーちゃん、これ…」
ニーナちゃんが差し出した小さな両手に乗っていたのは、紺色のヘアリボン。
リボンの端には銀色の糸で流麗な“Hanna”と、少し辿々しい“Nina”の刺繍。
「これは…」
「ばしゃでリボンもらったの、うれしかったから…それに、たくさんたすけてくれてありがとう、ヴィーちゃん」
「昨日、部屋に籠もってたのは、このため…?」
「今日に間に合わせたくて、頑張ったのよね、ニーナ」
嫌われた訳じゃ、なかったんだ…
「ありがとう…」
鼻の奥がツンとする。
「ヴィーちゃん、ニーナたちのこと、わすれないでね」
「うん、…また、会おうね」
彼女たちとの縁が切れてしまうのが惜しくて、あたしは未来の約束をした。
*
ガラガラ…
ニコラスさんが手配した馬車に乗って、街道を行く。
…きゅっ
ニーナちゃんに貰ったリボンをポニーテールに結ぶ。
「ヴィーガさん、良くお似合いですよ」
「ふふっ、ありがと」
ニコラスさんの言葉にあたしは短く答え、ニカッと微笑った。
ニコラスさんが目指す辺境都市まで約五日。
夜は見張りをし、魔獣を間引き、昼間は馬車で仮眠を取る。
あたしはそんな風に、ニコラスさんたちの護衛生活を過ごした。
***
五日後
無事に辺境都市に着いたあたしたち一行は、ニコラスさんの希望で商業ギルドへと向かった。
ギルドの入り口でニコラスさんがあたしに問う。
「ヴィーガさん、貴女の“青”を使わせていただいてもいいですか?」
「?構わないけど…」
あたしの“青”を使う?
どういうことだろう?
疑問の答えは直ぐに出た。
「商人のニコラスです。屋号の変更手続きをお願いします」
ニコラスさんがギルドの受付嬢にそう告げる。
「新しい屋号は何と?」
「“青い荷車”でお願いします」
「かしこまりました。手続きに少々お時間いただきます」
受付嬢が席を外す。
「“青い荷車”って…?」
受付嬢が去った後、あたしはニコラスさんに問いかけた。
「今回の旅では貴女に沢山助けていただきました。その助力と、何より貴女との出会いに感謝を込めて、貴女の青髪水色瞳の“青”を私たちの屋号に冠させていただきました」
「“屋号”って、商人さんにとって、重要なものなんじゃないの…?」
「ええ。だからこそ、貴女と出会った証を屋号に残したい、と我々も思ったのですよ」
ニコラスさんの決断に、あたしの心は驚きと戸惑い、照れがない混ぜになっている。
「…え、と…あの、ありがとう…」
あたしはそう言うので精一杯だった。
*
「これにて依頼は完了です。ヴィーガさん、本当にありがとうございました。…また、貴女と御縁があることを願っています」
「…御縁はあるんじゃないかな」
だって、あたしの“青”を屋号にまでしてくれたんだから。
「今、何か…?」
「ううん、なんでもない。ありがとう、あたしもこの旅は楽しかったよ!」
そう言ってあたしは依頼料を受け取り、ニコラスさんたちと別れた。
*
そんな風に依頼を無事に終え、都市の大通りを歩いていたら
「ヴィー!!」
背後からあたしを呼ぶ声。
ん?この声、聞き覚えがあるな…?
不思議に思い振り返ると
「アル?」
此処に居る筈のない人が居た。
「なんで此処に…?」
がばっ
あたしの疑問を素通りし、彼はいきなりあたしを抱きしめる。
「ん?アル?どうした?」
ポンポン、と彼の背を叩く。
「…心配した!」
「大丈夫だよ。あたしが強いの、知ってんでしょ?」
「どんなに強くても…お前は女の子なんだぞ!」
…へっ?そっち?
予想外の心配にあたしが戸惑っていると
ぎゅううっ
「…っ、アル、苦しい…」
力が強まり、どんどんあたしを締め付ける彼の背を、今度はバシバシと叩く。
「!ご、ごめんっ!」
自分の行動に気付いたアルが、慌ててあたしを離す。
締め付けから解放されたあたしは、ほっ、と一息つき
「それでなんで此処に…?」
改めてアルに問いかけた。
「お前を追いかけて来た」
「えっ?」
アルのストレートな言葉に、あたしは僅かに顔を赤らめる。
「俺たちは“好敵手”だからな」
“好敵手”…そっか、そうだよね!
「何?あたしが居なくて、淋しかったの?」
ちょっとときめいてしまったことが悔しくて、あたしはアルへの揶揄いの言葉に照れを隠す。
「そうだよっ!」
「………っ!」
再びのストレートな返事に、あたしは次の言葉を見失った。
「………じ、じゃあ、これからは一緒に、旅、する?」
今度は照れを隠し切れずに、少々どもりながら発したあたしの問いに、彼は
「当然だ」
なんの迷いも無く言い切った。
なんだか気持ちがムズムズするけど、彼はあたしが最も信頼する“好敵手”だ。
彼が共に居てくれるのなら、心強い。
「うん。…次は何処に行こうか?」
旅は道連れ、世は情け。
最高の“好敵手”と共に、今日もあたしの旅は続く。
fin.




