陽だまり村
陽だまり村。
ヒロは静かに村へ足を踏み入れた。
最初に向かったのは、村外れの岩場だった。
幼い頃。
ガレスと毎日のように剣を振るった場所。
岩の前へ膝をつき、小さな花束を供える。
隣にはすでに花束があった。
(ガレス、もう来てたんだね)
静かに目を閉じた。
「……ただいま。」
風が優しく草を揺らす。
返事はない。
それでも、どこか懐かしい空気だけがそこにあった。
ヒロは立ち上がる。
ゆっくりと村を歩き始めた。
一軒の小さな家の前で足を止める。
「ここに住んでたんだよね。」
十歳まで暮らした家。
毎朝、まだ眠っていると。
「ヒロー!」
「剣の修行行くぞー!」
村中に響く声と共に、ガレスが扉を叩いていた。
ヒロは思わず笑う。
「あの頃から、声だけは大きかったな。」
そのまま歩き出す。
今度は、小さなパン屋の前。
「毎日、作りすぎたって言って。」
「僕たちにパンをくれたよね。」
店先を見つめながら、小さく頭を下げる。
さらに歩く。
鍛冶屋。
今は静かな工房の前で立ち止まる。
肩へ掛けた工具箱へ、そっと手を添えた。
「モルド。」
「大事に使ってるよ。」
工具箱は、今も変わらずヒロの仕事を支えている。
しばらくその場を離れられなかった。
やがて。
村の中央にある井戸へ辿り着く。
ヒロは静かに井戸を見つめた。
胸の奥が、わずかに痛む。
あの日の出来事は、今でも忘れていない。
怒りも。
悲しみも。
決して消えたわけではない。
それでも。
あの頃、自分を飲み込もうとしていた暗い感情は、もうどこにもなかった。
残っているのは、ただ一つ。
「……守る。」
その決意だけだった。
ヒロは井戸へ背を向ける。
陽だまり村には、今日も穏やかな風が吹いていた。
数日後。
ヒロは王都へ帰ってきた。
その足で、まっすぐギルドへ向かう。
扉を開く。
いつもと変わらない賑わい。
冒険者たちの笑い声。
受付嬢たちの慌ただしい足音。
そのどれもが、どこか懐かしく感じられた。
今日は依頼の報告ではない。
クエストも受けていない。
陽だまり村へ墓参りに行っていただけ。
それでも。
ただ、会いたかった。
受付へ視線を向ける。
いつもの場所。
黒髪を揺らしながら書類を整理していたリリアが、ヒロの姿に気付いた。
ぱっと表情が明るくなる。
「ヒロくん!」
周りの冒険者が振り返るほどの嬉しそうな声だった。
リリアは思わず受付から身を乗り出す。
「おかえり。」
その一言だけで十分だった。
ヒロは自然と笑みを浮かべる。
「……ただいま。」
旅の疲れが、ふっと消えていく。
ヒロにとって王都とは。
帰る場所ではない。
帰りたい人がいる場所だった。
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