乱戦
ヒロは南門の城壁の上に立っていた。
静かに。
戦場全体を見渡す。
まず目に入ったのは西門。
アルヴィンが両手を掲げる。
極大魔法。
天を覆うほどの巨大な魔法陣が展開される。
放たれた瞬間。
「うおおおおおお!!」
ガレスが大剣を担ぎ、その爆発へ飛び込むように突撃した。
ヒロは思わず笑う。
「相変わらず、無茶苦茶だね。」
視線を北門へ移す。
そこでは激しい白兵戦が繰り広げられていた。
ギルドマスターの大斧が大地を砕き。
女将マーサの大剣が敵陣を薙ぎ払う。
圧倒的な火力。
戦況は王国軍が押していた。
そして。
正門。
剣聖セバス。
たった一人。
レイピア一本で敵前線を切り裂き。
そこだけぽっかりと空白が生まれていた。
前線は、すでに壊滅している。
ヒロは小さく笑う。
「……ははっ。」
「本当に。」
「みんな強いね。」
しばらく戦場を眺める。
やがて。
静かに工具箱を閉じた。
「さて。」
「こっちも準備しないとね。」
振り返る。
親方をはじめ、職人たちが南門の補強を続けていた。
「親方!大丈夫ですか?」
親方は金槌を振るったまま笑う。
「こっちは大丈夫だ!」
「気にせず戦え!」
「南門は。」
「俺たちが、しっかり守ってやる!」
職人たちも一斉に顔を上げる。
誰もが笑いながら親指を立てた。
ヒロも笑い返す。
「頼もしいね。」
「まったく。」
もう一度、戦場を見る。
南門。
帝国軍の後方。
整然と並ぶ魔術師団。
「あそこか。」
ヒロは静かに息を吸う。
「……恨みはないよ。」
「だけど。」
「真っ先に。」
「君たちを倒さないとね。」
ゆっくりと目を閉じる。
完全詠唱。
長い詠唱が戦場へ響き始める。
ヒロの頭上へ。
幾重もの魔法陣が重なっていく。
同時に。
はるか遠く。
帝国軍魔術師団の真上へ。
巨大な魔法陣が静かに展開された。
西門。
アルヴィンはその魔力を感じ、思わず空を見上げる。
そして苦笑した。
「ああ……。」
「君は。」
「王宮魔術師団へ勧誘する必要なんて、なかったね。」
「最初から。」
「王国最高の魔法使いだった。」
次の瞬間。
雷鳴が轟いた。
天が裂ける。
無数の雷が、巨大な魔法陣から一斉に降り注ぐ。
狙われたのは。
南門攻略のため集結していた帝国魔術師団。
一瞬だった。
轟音と閃光が消えた時。
そこに立っている者は、誰一人としていなかった。
帝国軍本陣。
「ご報告!」
伝令が軍幕へ駆け込んでくる。
「南門攻略のため集結していた魔術師団!」
「壊滅しました!」
「何!?」
軍幕が騒然となる。
将軍たちが一斉に立ち上がる。
「誰の魔法だ!」
「王宮魔術師団団長アルヴィンは西門のはずだ!」
「西門からの長距離魔法か!?」
伝令は首を横に振る。
「違います!」
「発生源を確認しました!」
「南門です!」
「何?」
「南門城壁上!」
「黒髪の男!」
「工具箱を携えた職人です!」
一瞬。
軍幕から音が消えた。
「……職人だと?」
誰も、その報告を理解できなかった。
伝令は震えながら続ける。
「間違いありません!」
「剣も持たず!」
「鎧も着けず!」
「職人が完全詠唱を行い!」
「魔術師団を一撃で壊滅させました!」
将軍が机を叩く。
「馬鹿な!」
「そんな職人がいてたまるか!」
皇帝は静かに地図を見つめていた。
だが。
前線の将軍にそんな余裕はなかった。
「ええい!」
「突撃せよ!」
「魔術師は近距離戦に弱い!」
「城壁へ取り付き!」
「奴を真っ先に討ち取れ!」
号令が響く。
帝国軍は一斉に南門へ向けて駆け出した。
彼らはまだ知らない。
その「職人」のすぐ後ろに。
血の気の多い魔族たちが待ち構えていることを。
◇
◇
◇
南門。
魔族たちは、肩を回しながら武器を構えていた。
「くくっ。」
「千年ぶりか。」
「血が湧くな。」
「腕が鳴る。」
誰も怯えていない。
むしろ。
どこか嬉しそうだった。
その時。
城壁の上から、一人の影が飛び降りる。
ふわりと着地したのは、ヒロだった。
魔族たちは一斉に振り返る。
ヒロは帝国軍を見つめたまま、静かに口を開く。
「できれば。」
「血は、あまり流したくない。」
「味方も。」
「敵も。」
短い言葉だった。
しかし。
魔族たちはすぐに頷く。
「はっ!」
「心得た!」
誰一人として異論を唱えない。
それが主の望みなら。
その通りに戦うだけ。
ヒロは小さく頷いた。
そして。
右手を軽く前へかざす。
空間が静かに歪む。
その中から、一振りの剣を取り出す。
ゆっくりと腰へ差した。
柄へ手を添える。
ヒロは前を向いたまま、小さく笑う。
「……行くよ。」
その一言を合図に。
魔族たちは一斉に駆け出した。
◇
◇
◇
その日の夜。
王都の広場は、再び大勢の人で埋め尽くされていた。
大鍋からは湯気が立ち上り。
焼きたての肉の香りが漂う。
酒樽が並び。
笑い声が響く。
昼間まで戦場だったとは思えないほどの賑わいだった。
この日。
帝国軍は壊滅的な被害を受け、いったん退却していた。
王都は守り切った。
だからこそ。
誰かが言った。
「生きて帰ってきたんだ。」
「今日は飲もう。」
その一言で宴が始まった。
職人たちは互いの肩を叩き合う。
「親方!」
「城壁、持ちこたえました!」
「当たり前だ!」
「俺たちが作ったんだぞ!」
西門では。
ガレスが大ジョッキを掲げて大笑いしている。
「見たか!」
「俺の大剣!」
「あの魔法との連携、最高だったろ!」
アルヴィンは苦笑しながら酒を口へ運ぶ。
「君は、本当に前しか見てないね。」
北門では。
ギルドマスターとマーサが、昔話で盛り上がっていた。
「あの頃は無茶ばかりだったねぇ。」
「今も変わらん。」
広場中で。
人も。
魔族も。
互いの働きを称え合っていた。
「助かった。」
「ありがとう。」
そんな言葉が、あちこちで交わされる。
少し離れた席では。
リリアが静かにヒロの肩へ寄りかかっていた。
昼間とは違う。
何も言わない。
ただ。
こうして隣にいられることが嬉しかった。
ヒロも何も言わない。
そのまま肩を貸しながら、穏やかに笑っていた。
少し離れた場所では。
アンネローゼと魔王が、その二人を静かに見守っている。
アンネローゼが小さく笑う。
「幸せそうね。」
魔王も目を細める。
「ああ。」
「それで良い。」
二人は、それ以上何も言わなかった。
その姿を見ているだけで十分だった。
その夜。
広場に。
国王アルバスとセバスの姿はなかった。
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