声
ヒロはいつものように地下へ潜っていた。
工具箱を肩に掛け、魔力導管を一つひとつ点検していく。
異常なし。
異常なし。
今日も王都のインフラは正常に動いている。
それを確認するのが、ヒロの日課だった。
その時だった。
地下道を照らす魔力灯が、一度だけ小さく点滅する。
「……故障かな?」
ヒロは足を止めた。
球切れではない。
魔力の供給も安定している。
首を傾げながら見つめていると、今度は少し先の魔力灯が点滅した。
さらに、その先。
一定の間隔で。
地下道の奥へ向かって。
まるで道標のように。
ヒロは思わず目を細める。
「そういえば……。」
「前にも、こんなことがあったような。」
記憶の奥底に、小さな違和感が蘇る。
しかし、思い出せない。
理由は分からない。
それでも。
なぜか懐かしさを覚えた。
気付けば、足が自然と動いていた。
点滅する魔力灯を追うように、地下道の奥へ進んでいく。
十年間。
王都のインフラ整備クエストを受け続けてきた。
地下へ潜った回数など、もう数え切れない。
王都の地下は知り尽くしている。
そう思っていた。
だが。
目の前に広がる景色には見覚えがなかった。
「……。」
巨大な扉。
地下道の行き止まりを塞ぐように、静かに佇んでいる。
ヒロは一目見ただけで理解した。
「魔力炉……。」
鼓動が少しだけ速くなる。
好奇心。
知識欲。
胸の奥から湧き上がる。
ヒロは扉へ歩み寄り、そっと手を触れた。
開かない。
結界だ。
何重にも重ねられた強固な結界が、扉そのものを守っている。
視線を落とす。
中央には、王家の紋章が刻まれていた。
「……まあ。」
小さく苦笑する。
「そうだよね。」
「王都全域へ魔力を供給する魔力炉なんだから。」
「簡単に入れるわけがないか。」
未練はあった。
だが、それ以上に勝ったのは理性だった。
ヒロは静かに踵を返す。
その瞬間。
「……ヒロ。」
足が止まる。
静まり返った地下へ、もう一度。
「ヒロ。」
確かに聞こえた。
扉の向こうから。
誰かが、自分の名を呼んでいる。
ヒロはゆっくりと振り返る。
「……え?」
しばらく扉を見つめていた。
やがて工具箱を持ち直す。
迷いはなかった。
その足で、王宮へ向かう。
歩きながら考える。
(なんて説明しよう。)
(『魔力炉から声が聞こえました』なんて言って、信じてもらえるかな。)
そんなことを考えているうちに、王宮の正門へ着いていた。
衛兵が一礼する。
「ご用件をお伺いします。」
「セバスさんにお会いしたいんです。」
衛兵はヒロの顔を確認すると、すぐに道を開けた。
「どうぞ。」
「……え?」
あまりにもあっさりだった。
顔パス。
理由も分からないまま、ヒロは王宮の中へ入っていく。
◇
◇
◇
執事室。
セバスはヒロを見るなり穏やかに微笑んだ。
「珍しいですね。」
「今日はどうされました?」
少しだけ雑談を交わす。
そしてヒロは静かに切り出した。
「魔力炉から。」
「声が聞こえました。」
その一言だった。
セバスの表情が凍りつく。
椅子が大きな音を立てて倒れた。
「……何と、おっしゃいました?」
ヒロは戸惑いながらもう一度繰り返す。
「魔力炉から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえました。」
セバスは一瞬だけ目を閉じる。
次の瞬間には踵を返していた。
「謁見の準備を。」
「至急です。」
王宮中へ、慌ただしく人が走り始めた。
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