久々の共闘
足音は一つではなかった。
闇の奥から、複数の気配がゆっくりと近づいてくる。ヒロは静かに目を閉じ、魔力の流れを探った。
「十人か。思ったより多いな、ガレス。」
ガレスは大剣へ手を掛けたまま眉をひそめる。
「王城に忍び込んで攫ったのは一人じゃねぇのか?」
「攫ったのは一人だろうね。その後、地下で待機していた仲間と合流したんだ。最初からここを逃走経路に使うつもりだったんだろう。」
ガレスは真剣な顔で少し考え、やがて大きく頷いた。
「なるほど。よく分からん!」
ヒロは呆れたように吹き出した。
やがて闇の奥から、黒い外套をまとった人影が次々と姿を現す。その中心には、気を失った王女アンを抱えた男がいた。
ヒロはゆっくりと一歩前へ出る。腰の剣へ手を添えたまま、静かに口を開いた。
「悪いけど、ここは点検中でね。通行止めなんだ。」
地下道へ静寂が落ちた。
◇
先頭の男は、目の前に立つ二人を見据える。
大剣を背負った青年は知っている。ギルド史上最年少の昇格記録を更新し続けるBランク冒険者、ガレス。事前に得ていた情報とも一致する。
だが、その隣に立つ青年は違った。
数日前、王女の広場訪問を屋根の上から監視していた時、こちらの存在に気づき、追跡してきた青年。途中で魔力の気配を断ち、完全に振り切ったはずだった。
その青年が今、逃走経路の先で待っている。
工具箱を背負い、職人のような格好をしながら、腰にはみたことのない形の剣を差している。帝国が集めた資料には名前も姿も載っていない。
男は無意識に目を細めた。
(何者だ……?)
◇
ヒロは目の前に立つ刺客たちを静かに見据えていた。
強い。
一目見ただけで分かる。
五年前、王女暗殺未遂事件で戦った相手とは比べものにならない。
こちらは二人。
相手は十人。
王女は眠らされ、人質にされている。
状況だけ見れば、圧倒的に不利だった。
それでも。
不思議と負ける気はしなかった。
今日は、一人じゃない。
ガレスがいる。
ガレスは大剣を肩へ担ぎ、嬉しそうに笑う。
「懐かしいな、ヒロ!」
その一言で十分だった。
ヒロも小さく笑う。
「ガレス!」
「僕が人質を解放する!」
「その後は任せるよ!」
ガレスは大剣を握り直し、大きく頷く。
「おう!」
「任せろ!」
ガレスの目は、少しだけ潤んでいた。
ヒロは静かに腰の剣へ手を掛ける。
一歩。
踏み込む。
居合。
一閃。
銀色の軌跡だけが地下を駆け抜けた。
アンを抱えていた男の身体が大きく吹き飛ぶ。
しかし。
男は木偶のように吹き飛ばされたわけではなかった。
剣を正確に合わせ、斬撃を受け流している。
(……防いだ。)
ヒロは小さく息を呑む。
(あれを防ぐのか。)
男は着地と同時に距離を取る。
その一瞬で十分だった。
ヒロは地面を蹴る。
眠るアンを抱えて、そのまま後方へ下がる。
「ガレス!」
「人質はもう安全だ!」
「やれ!」
ヒロが叫ぶのと。
ガレスが地面を蹴るのは、ほぼ同時だった。
地下道が揺れる。
大剣が唸りを上げる。
一振り。
それだけで、三人の刺客がまとめて吹き飛んだ。
壁へ叩きつけられ、地下道に鈍い音が響く。
ヒロは思わず苦笑する。
「……馬鹿力かよ。」
呆れながらも、その背中へ絶対の信頼を向ける。
その間にヒロは眠るアンを静かに床へ寝かせ、両手をかざした。
淡い光が広がる。
幾重にも重なる防御結界が王女を包み込んだ。
「これで。」
ヒロはゆっくりと立ち上がり、剣を握り直す。
「僕も戦える。」
刺客たちの殺気が、一斉に膨れ上がる。
地下道の空気が張り詰めた。
ヒロもガレスも、思わず身体を強張らせる。
その反応を見た刺客たちは、口元を歪めた。
「どうした。」
「怯えてんじゃねぇか。」
余裕だった。
十対二。
人質も失ったとはいえ、この人数差は覆らない。
そう確信している笑みだった。
ヒロは額を伝う汗をそのままに、小さく口を開く。
「……後ろ。」
その一言に、刺客たちは怪訝そうな表情を浮かべる。
誰も振り返らない。
振り返る必要がないと思っていた。
次の瞬間だった。
地下道から音が消えた。
何かが走った音も。
剣を振るう音も。
悲鳴もない。
ただ、一瞬だけ時間が止まったような静寂だけが流れる。
刺客たちはその場に立ったまま動かない。
やがて一人。
また一人と、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
十人。
誰一人として立ち上がる者はいなかった。
地下道には再び静寂だけが戻る。
ヒロはその光景をしばらく見つめていた。
そして小さく息を吐く。
「広場で見た時。」
「強いと思った自分を殴りたい。」
「……強いなんてもんじゃない。」
少しだけ笑う。
「ガレス流に言うなら。」
「バケモンだね。」
ガレスも苦笑しながら頷いた。
「ああ。」
「全く見えなかった。」
二人の視線の先。
白髪の執事は静かにレイピアを鞘へ納める。
まるで、最初から何も起きていなかったかのように。
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